2.シスコン悪役令嬢、メイドと話す
悪役令嬢、それは乙女ゲームにおいて障害として現れる人物であり、その殆どが主人公のお邪魔キャラとしての役割を持つ。そして最後には今までの悪事がばれて断罪されて良くて追放、悪くて……というのが基本的な流れだ。
そんな人物に私はなっている。
「いやいやいや、おかしいでしょ。おかしいよね?」
病んでいたのは本当らしく、まだ体は重くだるい。活発には動けそうにもなく、とりあえずベッド横に用意されていた水差しからグラスに水を注ぐと一気に仰いだ。
「もしもゲーム通りだって話なら、私はフィアナを虐めないといけないってこと?」
水を飲んだおかげか、少しだけスッキリした頭でゲームのことを一から思い出す。
現在私がなっているこのセリーネという人物も、例にもれずその悪役令嬢という役目を全うしていた。家族として迎えられたフィアナに冷たくあたり、無視するのは普通、口を開けば貶し、時には取り巻きと一緒になって虐めたりと、まあ本当によくやるものだと思うぐらいには悪役だ。
一応理由としては、転入してきたフィアナに学園の王子達が夢中になってしまうという理由だ。セリーネは公爵家の令嬢で、その身分も高く将来は学園に通っている権力のある誰かと婚姻を結ぶ予定だった。それがフィアナのせいで崩れてしまい、強烈な嫉妬と焦りからそんなことをしでかすのである。
「いやいやいや、ありえないから」
ゲーム中、セリーネに対して何度も言ったセリフを私はセリーネの姿で唱える。妹大好きな私としてはセリーネの行動に一つも共感できないからだ。
何故わざわざ突き放す言動をとるのか? 何故わざわざ嫌われるようなことをするのか? どれもかもが理解不能で、もし私が姉だったら溺れるくらいの愛を贈るのに! とセリーネに対して酷く嫉妬したぐらいである。というか普通フィアナみたいな可愛い妹が出来たら万歳三唱するでしょ! しろよ!
「ンン、待てよ?」
そこで私に天啓が降りた。
よくわらかないけど私はセリーネだ。
納得は出来ないが理解はできる。つまり、私は姉だ。フィアナの姉だ。お姉ちゃんだ!
それが意味するのはゲーム通りのシナリオではなく、私の意志で自由に妹を可愛がることができるということじゃないか! 幸いにも私の意識がゲーム内のセリーネに引きずられていることはなさそうで嫉妬や憎悪の感情は微塵もない。それどころか現状私からの好感度はとっくに勝手に最高潮だ。
「そうと決まれば一刻も早くフィアナと……あー、でも一応病み上がりだし明日かなぁ」
三日も寝込んでいたようだし、さっき両親にも言われた通り安静にしておいた方がいいか。
窓の外は暗くなり始めていた。そういえば明かりってどう付ければいいんだろうと部屋の中を見渡すがスイッチみたいなものは見当たらない。流石にゲーム内で明かりの付け方まで説明されているわけもないので困ってしまった。
そんなタイミングで部屋の中にノックの音が響いた。
「はーい?」
「セリーネお嬢様、シグネでございます」
「シグネ!?」
私はフィアナを認識した時と同じように素っ頓狂な声を上げた。
シグネとは「一輪の花」でフィアナのお付きメイドで、日々虐げられていたフィアナにとって頼もしい味方で良き理解者となる人だ。
終盤では全てを投げうってセリーネに反抗し、フィアナサイドに立つという彼女だが、しかし何故ここに来るのだろう。彼女はとっくにフィアナのメイドのはず。
「……セリーネお嬢さま? 入ってもよろしいでしょうか」
「え、あ、ええ、大丈夫、よ」
私にとっては初対面で思わず敬語になりそうなところを制御する。一応セリーネとして立ち振る舞いはすべきだろうという判断だ。
私の声に反応して扉からシグネが入ってくる。シグネは綺麗な銀髪で左右にお下げを作っているザ・メイドだ。身長もスラっと高く大人らしい雰囲気を持つ美人さんである。
「えっと、どうしてシグネが?」
「食事の用意が出来たのですが、今日はアイカが少し手が離せない状態でして、代わりにお伝えに上がりました。お部屋に運び込んでもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、そういうこと。それでいいわ、ありがとう」
セリーネお付きのメイドはアイカというのか。当然ゲーム内はフィアナ視点で動くのでそれは知らない情報だった。情報提供ありがたいありがたい。
とここで、シグネが物凄く怪訝な顔をしていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「えっ、あ、その、いえ、失礼しました。すぐにお持ちします」
一瞬、私の問いに戸惑った彼女だったがすぐに調子を整えて、優雅に礼をすると部屋から出て行く。とりあえず今は食事を済ませよう。
すぐに運ばれてきた料理を口にする。といっても三日寝込んだ身を配慮してか食べやすく消化によさそうな柔らかい具の入ったスープだけだった。
病気だった記憶はないけど、身体はまだ少しだるいのでありがたくそれを頂戴する。
「温まるわー……」
あっさり目だが温かいスープがじんわりと浸透していく。これなら胃もびっくりすることはないだろう。
「はー、ご馳走さまでした」
「…………」
さて、それでさっきからフィアナお付きのシグネが部屋に控えているのだがさっきから私の所作一つ一つに驚いているように反応しているのだが、どういうことだろう。
「シグネ?」
「は、はい。何でしょうセリーネお嬢様」
やっぱりだ。返答にもどこかぎこちない。ゲーム終盤ではセリーネにとって敵となる彼女だが最初から険悪なわけはなかったはずだ。
「いえ、ちょっと様子がおかしいような気がして……思い違いかしら?」
「別に、何もありませんが」
やっぱりちょっと引っかかる。まあそういう時もあるのだろうかとそう思って、そこでピンと閃いた。
彼女はフィアナが我が家に来てからすぐにお付きのメイドになったはず。つまり彼女からフィアナについて色々と聞く絶好の機会ではないか!
「それならいいんだけどさ、それよりもフィアナはどうしているのかしら」
「え?」
私の言葉にシグネがピクッと反応したが、それに気づかぬまま話を続ける。
「いや、色々あって私の家に来たわけだし、苦労とか居づらさとかそういう不満とか大丈夫かなーって」
「…………」
「何かそういう様子があれば是非とも教えて……シグネ?」
若干早口で捲し立てるように言っていた私はそこで気づく。シグネの様子がおかしい。顔を俯かせ拳を震わせているように見えるのは気のせいじゃない。
何となくそれが「怒り」だということぐらい察した。でも何故?
「セリーネお嬢様は本気でそう言ってらっしゃるのですか?」
あれ、既にゲーム終盤の反旗を翻したシグネみたいな口調になっているぞ? 展開早くない?
「ほ、本気って……だってフィアナが心配で」
「心配なのにあんなことを言ったのですか!?」
「あ、あんなこと……?」
私は何もわかっていなかった。きっとセリーネになったという事実だけしか見ず、考えが及んでいなかったに違いない。
「初日、フィアナお嬢様がこの家に来られたときに何をしたか覚えていないんですか!?」
シグネは本気で怒っていた。そしてそのおかげで私は全てを理解した。
してしまった。
「シグネ……」
「……なんですか」
シグネはつい怒りに任せて声を荒れさせたことに気づいたのか、少し声量は控えめになっていたが、今更引っ込むわけにもいかないと思っているのか、その目は変わらず強い。
でも、それも仕方ないことだと理解できる。
ゲームをプレイしていた私なら……
「あの子、フィアナが来てから何ヵ月経ってるの……?」
「……? 質問の意図がわかりませんが、今日で大体一ヶ月、です」
「いっかげ……!?」
そしてその答えで私が何を仕出かしてきたのかそれが全てわかり──
「びゃああああああ!?」
「お嬢様!? セリーネお嬢様!?」
私は発狂した。
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しばらくしたらもう一話投稿致しますので、良かったらお付き合いください!