18.シスコン悪役令嬢、バレる
妹についてならいくらでも話すことができた。
「だからね、妹っていうには何者にも変えられぬ、崇高な存在でね、そこにあるだけで数多の人々を幸福へと──」
だって大好きだから。妹属性もだし、今この世界でなら当然フィアナだって大好きだ。まだまだ一方通行だけど。
「貴女も妹なんでしょ? っはぁ、いいなぁ! フレイド先生が羨ましいなぁ!」
そんな想いが爆発したのは、目の前にいるのが攻略対象の妹だからという点もあるのかもしれない。
そんな私の暴走は、アクシアをヘロヘロにしていることにも気づかず、レールのない地面をひたすら走る快速特急だった。
「あのー、お嬢様?」
ただ、そんなところに思わぬ横槍が入った。アイカだ。ええい、今良いところなのに!
ついでだ、巻き込んでしまおう。
「あら、アイカじゃない! 折角だから貴女も聞いていく? 今妹についての情熱を遺憾なく発揮してるんだけど!」
そう私が言うと、アイカは勘弁してくれと言わんばかりにひとつひとつ息を吐いて口を開く。
「いやー演説もいいんですけど、もう暗くなってきましたよ。そろそろお屋敷に戻られた方がいいんじゃないですかー」
その言葉に私はバカな、と思った。だってまだ話始めたばかりで太陽は高く……
「あれ、空が薄暗い……? まだ……昼じゃ……あれ……?」
そこで漸く自分が何をしでかしたか理解した。それと同時に異様なまでの興奮が冷めて血の気がサーッと引いていくのを感じた。
アクシアは、俯いている。
「アクシア様もずっとお話を聞いてお疲れみたいですし、そろそろお開きにしてもいいのではー?」
私はその言葉にギギギと錆び付いた機械のようにギクシャクに頷いた。まずい、完全に今まで朝倉美幸でしかなかった。何も考えていなかった、これでバレてませんようにと願うのはあまりにも神様に失礼だろうか。
いや、もしかしたらの可能性もある!
「そ、そそそうね! もうこんな時間だし今日は──」
何とか有耶無耶にしようと、情けないほど声を震わせながら私は席を立った。しかし
「待って」
お開きにしようとした私の手を小さな手が握り混んだ。あ、これはダメなやつですね。
「ちょっと話したいことがある……」
アクシアにハッキリとそう告げられ、私はこの期の及んでどうにか誤魔化せないかと悩んで悩んで悩んだ挙げ句、「はい……」と罪を暴かれた犯人のように縮みこまって返事をした。
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自室にて、私はアクシアにジトーッと睨まれていた。
幾度となく誤魔化そうとしたのだが、どうやら完全にバレているらしく私は遂に白状することになってしまった。
「それじゃ……貴女はセリーネじゃない……?」
「いや、セリーネなんだろうけど、記憶がないというかごちゃ混ぜというか」
それでも話す内容は慎重に選んだ。例えばここがゲームの世界だとか私が異世界から来たとか、そういう医者を呼ばれそうな言葉は極力避けて、別の人間の記憶があるとだけ説明した。
「そんなの、聞いたこともない……」
「私だって、何が何だか……しかも、記憶を探ろうとすると頭痛がするんだよ……」
一応ミユという名前は名乗ったが、アクシアはまだ府に落ちていない様子だったが、彼女は表情を少し険しくすると私に尋ねてきた。
「じゃあ、私とのことも覚えてない……?」
「……うん、ごめんなさい」
「……そう」
そう言うと彼女は悲しそうに俯く。でも他に言葉が選べなかった。嘘をついたってどうしようもないことはわかっていたから。
しかし、俯いたまま喋った彼女の言葉は私にとって予想外のものだった。
「本当は気づいてた、最初から」
「え?」
気づいてた、とはどういうことだろうか。アクシアは続ける。
「私がセリーネ様を呼び捨てにしたら、きっと彼女はすごく怒るはずだもの……」
「……ええっ!? あれってただ仲が良かっただけじゃないの!?」
どうやら呼び捨ての仲ではなかったらしい。あの時のは探りだったのだ。というかよく考えれば立場上呼び捨てはおかしいし、私の知っているセリーネならそんなことさせるはずないのだ。何とも情けない。
「だから、私もそうやって貴女のことを試したのは、ごめんなさい」
しかも何故か気まで使わせてしまった。
それから聞いたのだが彼女は私の四つ下で何とフィアナと同い年らしい。学園ではクラスが違うのだとか。
「あの、セリーネ様……」
「ん、なに? あ、というか様はいいよ。そういうの慣れないし」
「そう……? じゃあえっと……セリーネ。一つ聞きたいんだけど……貴女はこれからどうするつもり……?」
私はそう聞かれて返答に迷った。どうするといったって、何か目標があってこんなことになったわけではないし、それどころか絶賛どうしよう状態だ。
あ、でも、一つだけ、このことだけは決めていたことがある。
「あのさ、私……妹が好きなんだよね」
「っ……! ちょっと待って、それ長くなる……?」
「あ、ちがっ、ちょ、そんな警戒しないでよ!? 語りたいわけじゃないから! 語りたいけど!」
話そうとしたら滅茶苦茶警戒されてしまった。悲しいことにこの様子では妹語りの相手にはなってくれなさそうだ。
「そうじゃなくて、なんで私がこうなってるかはわからないけど私はセリーネとして生きている。だから、先は見えてないけど出来るだけ楽しんでみようと思ってるんだ」
「…………」
「折角可愛い過ぎる妹もいるし、よくわかんないけど立場は上だしさ! もうこうなったらとことん楽しむしかないじゃん! ね!」
「…………」
「うっ、ダメかな……?」
ずっとこちらを見ていたアクシアの瞳はジト目から変わっていなかった。流石に図々しいことを言い過ぎたか、それとも変人みたいに思われただろうか。
そんな不安に囚われていたが、彼女はクスリと小さく笑った。無表情の子が少し微笑むとそのギャップが凄い。
「……わかった。色々と納得できないこともあるけど、今はそれで良いと思う、うん」
「そ、そう!? よかったぁ。本当は誰も頼る人がいなくて困ってたんだ……」
「それこそセリーネの大好きな妹に聞いてみればいいんじゃ……」
「フィアナに情けない姿は見せたくないのぉ!」
「あぁ、はい……」
「あ、待って! 引かないで! 椅子ごと引かないで!」
まだ完全には打ち解けてはいないのだろうが、それでもアクシアは頼もしい味方になってくれるだろう。そんな予感がした。
「ところで……聞きたかったんだけどさ、アクシアって人見知りなの?」
「……うん、たぶんそうだと思う。お父様もお母様も、それにお兄様も「お前は人見知りだな」って」
少し不思議ちゃん入ってたような気がするが、思えば私の方がちょっとアレな気がするのでそこの言及は避けた。
「そうなんだ、でもさ私は大丈夫なの?」
「え?」
「だってセリーネと仲良いって言っても今は中身は違うようなもんだよ?」
「んん~~……」
私がそう言うとアクシアはウンウンと唸りだした。どうやら考えているらしいが……そう思っていたらパッと顔をあげる。
「いや、セリーネはセリーネだし、不思議と気にはならないかも……それに言葉遣いとかに気を付けなくていいから、割と心地いい」
「あ、それわかる! 学園行ったときもさ、令嬢らしい言葉遣いって何だろうと思って一日中黙ってたもん!」
「ふふ、何それ……」
それから外が暗くなるまで談笑した。私はこの世界で目覚めてから初めてちゃんとした友人を得た気がする。
攻略対象であるフレイド先生の妹アクシア。今度は是非とも妹語り一日バージョンをじっくりとお話ししたいものだ。
「それだけは本当に勘弁して」
そう言ったら割とマジな感じで拒否された。私の『妹ラブ伝記』を伝える戦いはまだ続く。
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