第六章事件解答
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アレイス邸 別邸
早朝の時間帯。
ラルドは通常の装備である剣の他に、斧を持ってその場所へと向かっていた。
この屋敷での調査の終わった後。
めぼしい資料や証拠を押収されたその建物の内部には、人の気配はまったくなく、静寂が満ちていた。
その中をラルドは、別邸の見取り図を元にあるいて進んで行く。
別邸の構造はほとんど本邸と同じ物だったが、唯一異なる場所が存在していた。
部屋と部屋の間。
そこに、出入りする扉もないのに、不自然な空間が出来上がっていたのだ
普通の建築法方をとっていれば、まず出来上がる事のない場所。
ラルドはそんな不自然な空間があるだろう場所へ向かい、その前に立ち止まった。
目の前には、一見すればただの壁があるだけ。
「ふむ……」
数秒ほど思案したのち、ラルドは斧を手に取り、その壁を壊す。
シュナイデル城の兵士達にとっては、未だにこの屋敷は重要な調査対象である。
その屋敷を自分勝手な判断で傷つけるのは、調査を進めている者達にとって迷惑極まりない事であろうが、差し迫った城の襲撃の問題が控えているので、気になる事を後回しにしている余裕はなかった。
そもそも……。
先日偶然出会った何も事情を知らないはずの旅人の男に『アレイス邸の別邸の見取り図を調べてみろ』とやけにピンポイントな助言を聞かされなければ、ここには来なかった事なのだが。
『俺がいても、絶対に間に合わないから……』
その時に発した彼の言葉の真偽は分からずじまいだ。
気になって後を追おうにも巧みな行動で撒かれしまって、それ以来姿を見かけるどころか、情報一つすら手に入らないのだから。
そんな過去の出来事を回想している内に、ラルドは壁を崩し終えたようだ。
思った通り。壁の向こう側には、空間ができていた。
一見して、灯りが無い事から窓は無さそうだったが、かすかに空気の流れを感じるので、換気はされているのだろう。
ラルドは薄暗いその空間に踏み入る。
内部を照らす明りとなるものは何もない。
廊下から差し込む光を頼りに一歩、二歩と歩いていって、足元に無数の死体があるのが分かった。
「なるほど、戦闘があったようだね」
そこへ歩くまでにも、血や腐敗の匂いがしていたので、もしやと思っていたが、やはり死体が転がっていたようだ。彼等は一様に白い装束を身に纏っている、明星の真光の人間だ。一連の事件で、何人か行方が分からなくなっている者がいたが、ここにいる者達がその中の一部なのだろう事は明白だった。
思考を重ねつつも、部屋の中央に向かう。
そこには部屋に差し込んだ薄明かりに照らされる少女がいた。
上等な服を着たその少女は椅子に拘束された状態で、座ったままの姿勢で微動だにしない。
「死んでいるのかな?」
確かめてみるまでは正確な事は分からないが、一見して生きている様には見えなかった。
ラルドの言葉にも反応を示さない。
そんな少女の近くには、白装束達とは違う姿の、一人の女性が倒れていた。
知っている人間だった。
数えるほどしか言葉を交わした事は無いが、容姿ははっきりと覚えている。
亜麻色の髪に、月の光を思わせる様な琥珀色の瞳をした女性。
女性は息があるようだった。
だが、かなり衰弱していて、虫の息といった風だ。
「シトレさん。一体どうして貴方がこんな所にいるんです」
楽な姿勢をとらせて、話しかければ言葉が返って来る。
ただしそれは返答ではなく、伝言だった。
「に……もの、城にいるのは私の、偽物……」
彼女はそれきり言葉を発しなくなってしまった。
「しっかりしてください。……失敗したか、一人で来るべきではなかった」
ラルドは己の判断を後悔する。
目の前の女性シトレは明らかに瀕死だった。
この状態では、急いで病院に運び込んでも間に合わないことは迷惑だった。
それに、少女の方の確認がまだだ。
彼女も生きているのなら、置いてはいけない。
二人を同時にこの屋敷から運び出さなければならなくなる。
そうなると、移送が遅れてシトレの生存はほぼ絶望的となってしまうだろう。
「私が兵士だった頃なら、部下の何人かは連れて来られたのだが」
ともあれ、嘆いていた所では何も変わらない。
無駄だと思いつつも、一応病院への搬送を急ごうと意識を切り替えた時……。
「その声、古戸? ……違うか」
イスに座っていた少女が身じろぎした、今まで眠っていたのか意識を失っていたのか分からないが、会話できる状態だったのは行幸だった。
「シトレさんの怪我は治せなかった。いつ救助がくるか分からなかったし、力を温存しておく必要があったから」
そう述べる少女の声からは後悔の色が滲んでいる。
何となくだが、瀕死の状態をそのままにしておく事は、怪我をしていたシトレ本人も同意していたのかもしれない。
「救助がくる確率ははっきり言って一パーセント未満だったけど、あの人が上手くやってくれたのかな」
少女が口にするあの人というのは、おそらくラルドに意味深な事を言って去った旅人の事だろう。
「とにかく、君と彼女を病院に運ぼう、説明はそれからだ」
「そ」
「そ?」
「そう、の略。気にしないで」
妙な言葉の略し方をする少女だな、とその時ラルドは思った。
イスの拘束具を外して、「動けるかい?」と尋ねると、「自分の腕で捕まるくらいは」と答えられる。
彼女を背負って首に腕を回してもらってそこにつかまってもらう。
そしてシトレを腕で抱き上げ、ラルドは部屋から出ていった。
「まぶしいね。久しぶりだ」
ずっと暗闇の部屋の中から出ていなかったからか、外に出た少女がそんな反応を示した。
「しっかり捕まってててくれ、少し急ぐ」
「おけ」
「おけ?」
「了解の略」
シトレの傷はかなり深い屋敷から出て人を呼んだら、動かさない方が良いかもしれない。
病院に運び込むまで、これでは持たない。
光に照らされてよく見えるようになった彼女の傷は、それがはっきり分かる程ひどかった。
回復魔法が使える人間が近くにいるならば……だが、運ぶよりはその人物に来てもらった方が傷に触らないだろう。
ラルドは急ぎつつも背にいる少女に質問する。
「君に聞きたい事がる」
「いいよ。でも……アンタから、呪いの匂いがする。それは殺意だね。アタシのとは別の匂いだ」
「そんな事が分かるのかい? いや、それより……君はなぜあんな所にいたんだい?」
「町で後夜祭が終わった後、すぐにアレイス邸に連れて来られたから。分岐生命の四番として」
「分岐生命? 四番?」
「詳しい事は知らない。知りたいとも思わない。アタシの体はずっと別邸にあった。そこから動いてない。数日経ったら、騒ぎが起きたみたいだけど、詳しく知らない。その時のアタシは壊れかけだったし。シトレは……その後にあの閉鎖部屋に連れて来られたよ。アタシとシトレはずっとあの部屋にいたけど、どうにかシトレだけは拘束を外して、何日か後にその部屋に来た白装束達と戦った。でも傷を受けて倒れてた。何とか脱出しようとしたけど、あの部屋、中からは壊せなかったから」
次々と語られる話を、忘れないように記憶していく。
ラルドは少女から聞いた話を整理していった。
この背中にかついでいる少女は、あの後夜祭の日に、コーヨデル・ミフィル・ザエルと方城未利と同じように誘拐され、アレイス邸へと運び込まれた。
そして、救出作戦後も屋敷の内部(別邸)に隔離され続け、後に新たに誘拐されてきたシトレと共に今まで耐え忍んできたらしい、というわけらしい。
そんな彼女の説明にはかなり興味深いものが多量に含まれていたが、その話を途切れさせてまでも、ラルドには聞きたい事があった。
「ところで、君は一体誰なんだい?」
少女の容姿を見れば、そんな疑問を抱かないはずがおかしな事だった。
似ているのだ、ある人物に。
双子とかそういう話の次元ではなく。まったくのそっくりで。
そのラルドの問いに、少女は疲れたような声音で答える。
「星の塔の主。この器が壊された時に、やるべき事をこなしておく為に存在する人間……って言えば良いかな。悲しいかな。かなり高い確率でこれ……この体の人格が壊れるから」
欲しかった意味での返答は得られなかったが、少し悲しくなった。
自分の体をこれ呼ばわりする少女に、ラルドは色々な意味でかける言葉が見つからない。
話をしながらもラルドは屋敷から出た。
その頃には腕の中の女性の意識はすっかりなくなっていたが、それを諦める理由にする程、ラルドは非情ではなかった。
背中の少女に問いかける。
「聞こう、君のやるべき事とは?」
「アタシの事は皆に伝えなくて良いから、シトレの事だけ伝えて。アタシは、もう死んでる。そんで……」
少女がそう述べた瞬間、背中が軽くなった。
『これをアタシと同じ顔をしたあの子に渡してほしい』
可視できる程となった魔力光が背後から広がり、振り返れば地面に落ちた石。
小さな白の魔石のみ。
少女は、自分の生命力を魔力へと変換して、その力を魔石へと変えたのだ。
シトレを腕で支えながらも、その石を器用に拾ったラルドはため息をついた。
「確かにこの顛末は伝えにくいね」
ラルドは一瞬だけ、背後のアレイス邸、別邸を振り返る。
視線を巡らせれば離れた所には本邸の姿も見えた。
あの場所で起こった一連の事件の事はそれなりに詳しく知っている。
この身は兵士でもない一般人の身だが、例の旅人の件を報告した際に聞いた話や、迫る城の襲撃にともない、城の者達に協力する事が多くなった際、兵士達の雑談などで推測できた。
そうでなくとも、独自の情報網から得た事柄もあるので、そこらを歩いている一般人よりは遥かに詳しいと言えるだろう。
あの事件では関係者からの証言を集めて、起こった状況の推測が二通り立てられている。
ほとんどの人間が認識している推測は以下の通り。
――
後夜祭にて誘拐されてきたコヨミ姫と子供は、初めは別邸へと連れていかれていた。
だが、救出作戦の直前に、自然の睡眠か人為的な魔法の行使、または何らかの薬物により本人に気づかれずに、別邸から本邸へと移送させられた……。
それは敵組織に協力していたギルド組織の者達が、別邸の構造に詳しかった事と、別邸で子供と面会していた事から推測した事実。
だが、ラルドが推測するのは全く別の可能性だ。
彼女等は最初から本邸にいたのではないだろうかと言う事。
いかに夜の暗闇の中とはいえ、建物の外を大勢の人間が移動すれば、偶然の目撃者を生んでしまうリスクがある。
(あまり考えたくない事だが)人間を荷物に偽装して運ぶにしても、通行人にあえば不審な印象をあたえてしまう可能性がゼロではないはずだ。
浄化能力者を引きずり降ろす行為とは違って、姫と子供の扱いにはかなり綿密な計画が練られ、準備が行われていた。
目撃者が発生するような可能性を許す人間達とは思えなかったのだ。
ここで、明星の真光側として動いていた「ホワイト・タイガー」ギルドメンバーの証言を思い返す。
彼らは、本邸へは向かわず、救出作戦の当日に特務騎士達と乗り込む時まで、別邸しか立ち寄っていないと言っている。(だからこそ、屋敷が二つあるという可能性に最後まで気が付かなかったのだろうが)
だから、
姫と子供の二人は、誘拐されてから救出されるまで本邸から一歩も動いていない。
そして、フォルト・アレイスはほぼ本邸に詰めていて、「ホワイト・タイガー」と子供の面会の時だけ、別邸に立ち寄った。
その代わりに、別邸にいるのは「分岐生命四番」と言った少女となる。
そこで自発的にしたのか命令してやらせたのか、二パターンしかない一辺倒の会話を少女にやらせて、フォルトは「ホワイト・タイガー」に屋敷の構造を把握しておくように指示。
子供と「分岐生命四番」の記憶の整合性は、様々な人からの話を聞くに、外部協力者「アジスティア」という少女がとったと考えられる……。
おそらくフォルトは、救出作戦の前夜に明星と約束を交わしたはずだ。
最後まで明星に協力すれば、彼等が「分岐生命四番」でやるべき事(実験か研究か、他の何かか)を行った後に、それを譲り受けるという約束を。
あれはそういう人間だ。
ラルドは、良く知っていた。
取引に応じているはず。
昔はどうだったかは知らないが、確実にフォルト・アレイスは善人などではない。
悲しいまでに寂しい……孤独な人間だった。
しかし実際のフォルトは、何があったのか約束を違えて明星に反抗。
姫と、そして子供を逃がした。
約束通りに明星に協力していたと仮定するならば、彼はこう行動したはずだ。
己が書いた日記を使って自分の過去を明かし、子供の同情を引く事を。
その場合子供はどうしていただろうか。
遺跡攻略後の時期と、救出作戦の戦力を考えれば、明星が人質を連れて撤退する事はできなかったはずだ。
保護された子供は、日記を読んだ影響に寄って、フォルトの罪が軽くなる様に庇う事ぐらいはしていたかもしれない。
さすがにフォルトを庇って死ぬくらいの事まではしないとは思うが。たぶん。
そんな事をされたら、フォルトは罪悪感と後悔で死ぬほど苦しむかもしれない。
善人ではないが、自分の望み以外はまともな思考の持ち主だったから。




