異世界と白い変な生き物と俺
時間がひらきすぎましたが、二話投稿です!
落下した俺の手がついた先には、太陽に暖められた机で、目が覚めたらいつもの教室の風景があるんだろうなって思っていたのに。
俺の手が触れたのは乱雑に生えた雑草だった。
視界を埋め尽くすのは、なだらかな凹凸のある草原と遠くに霞んだ山。てっぺんは雪で覆われているのか、白くなっている。
草木の青臭さと、僅かに花のような甘い香りが鼻孔を刺激する。
さっきまで、真夏の太陽の熱さと湿気を含んだねっとりとした空気に辟易していたのに、肌を撫でる風は乾燥していて涼やかだ。
なんだろうなぁ……これ。
月並みながら自分の頬もつねってみるけど、痛い。さらに力を入れてつねったらもっと痛かった。そりゃそうだ。
俺はただ、茫然と周りと見回して得る情報全てに『夢だ!』って思える要素はないか探そうとしていた。
でも、心のどこかではこれは現実なんじゃないかと思いはじめてもいたりする。
教室からこんなテレビでしか見たこともない大自然の中に放り出されてるなんて、俺の常識の範疇を越えた現象だけど。
手のひらに感じる湿った土の感触は、あまりにもリアルだ。
「いやぁ……まじ、夢だろ?」
と、呟いたところで。
夢だと思い込みたい俺を嘲笑うかのように、穏やかな自然溢れる風景は変わることなくそこにあり続けるのだった。
どれくらい経ったかわからないけど、日が傾く様子がないので、数分程度だと思う。そこで、俺はやっとこさ大いなる問題に気がついた。
めちゃくちゃヤバい問題だ。
俺、これからどうしたらいいんだっ!?
たった一人、大自然の中、人里もわからない!!
迷子とかそんな次元ではなく、これは
遭難だ。しかも連なってる積雪山の風景があまりにも日本っぽくない。行方不明だからって助けてくれるひともいない。
ヤバい。ほんとヤバい。
こんな心地よい気候なのに、むちゃくちゃ嫌な汗が汗腺からぶわりと溢れ出てきた。喉も急に渇きを覚える。しかし周りには渇きを癒やすようなものなんてない!草だ!草ばっかりだ。
たった一人っきり。水もない。食料もない。ないものばかりすぎてどうみたって命の危機という事実に俺は愕然とした。
ガサリ
両手両膝を地面についてうなだれてる間に、背後から草が踏みしめられる音がした。
風に吹かれた草が擦れる音ではない。体重のある生き物が草の上に降り立った音だ。
先ほどからだらだらと止まる気配を見せない汗をかきながら、俺はさらなる危機的状況に、早くも死を感じた。
いや、だって考えてもみてほしい。
知らない土地……どころか世界に、身一つで放り出されたんだよ?
そんな状況で背後からに獣の気配だよ?
振り向いたら可愛いらしい兎さんがこんにちは☆なんて小首を傾げてる、なんて甘い。甘すぎる。
どうしたらいいのか分からず、緊張からかがっちがちに固まった俺は、視覚以外の全神経を使って後ろの様子を伺った。
ここで振り向く勇気は俺にはないっ!!
ないったらない!!!
カサカサ
ひいっ!
また音がした!しかも、なんか、近づいてる気がするっ!!!
いやーーーーっ!!!
母ちゃん助けて!
今日の朝、部活の時間早いからって起こしに来てくれた母ちゃんに、うるせーババァとか、暴言吐いてごめんなさーーーーい!!!
ガサガサガサ
わーーーーっ!!近づいてきたーー!?
俺は頭を抱えてうずくまった。防御力0でこんな事をしても、なんの解決にもならないとわかっていても身を守る体勢になるのは、本能的な反射なんだろう。
トン
何か軽いものが背中に触れた。
「うわぁああっあっ!!!」
「!?なななななんだいっ!?」
思わず口から飛び出た悲鳴に、悲鳴混じりの問いかけが返ってきた。
ひ、人だ。
獣じゃない?
俺はほっと胸をなで下ろす。未だふるふると身体は震えているが、理解できる言葉が聞こえてる安堵感は半端ない。情けない話だけど、安心しすぎて腰に力が入らなかった。
俺が理解できるのは日本語だけなので。
いや、英語の授業も受けてるけどね?けど、まぁ、なんというか、とにかく。
ここは神野郎がいうところの異世界じゃなくて、俺が知らないだけの、日本のどこかの未開の地なのかもしれないなんて希望がでてくるわけだ。
同じ人里がない自然でも、日本と知らない世界じゃ恐怖感がマリアナ海峡ばりに違うよね!いや、マリアナ海峡がどれくらい深いのかも忘れたけど!すげぇ深いってことは覚えてる。
俺は声の主を見ようと、くるりと上半身と首回して後ろを振り返った。
声の質からは男女の区別がつかなかったけど、成人してなさそうなのはわかる。
まずは挨拶と、それからここがどこか聞こうそう思いながら向けた視界の先には。
なんか、白い、もふっとしたものがいた。
「え?」
もふっとしたものから視線を逸らして辺りを見回すけど、人らしき姿はない。周りに生えている草は、人を隠すほどには背丈もなく、俺が声を聞いてたら振り向くまでに数秒。その間に人が隠れそうな木も、岩も、丘もない。
え?なに?
幻聴??俺っては既に心病んじゃったのっ!?
「あのー」
ほらっ!またっ!
子供のような、幼い声がこんな草原のど真ん中で!
「こっちですよー」
あーー!聞こえないぞーっ!
幻聴なんて。
いや、
今は昼間だけど、
まさか、まさかの心霊現象ーーーーっ!?
「いや、そういうのいいですから。とにかく下見てください。下っ!」
立ち膝の俺の太ももを、何かがテシテシと叩いている。ふっと言われた通り下を見れば、そこには先程から視界をちらつく白いもふっとしたものがいる。
「やっとこっちを見てくれましたね。この姿では初めまして」
猫のように尖った三角の形をした耳に、丸々な黒い瞳、イタチのような細長い胴体。しっぽは長く先にいくにつれてリスのようにふわふわとしている。大きさは小さめな猫ぐらいだろうか?
俺の中にある、資料の少ない動物図鑑には該当する動物はいなかった。
「色々と説明したいことがあるんですが、とにかく立ってください」
なんだ。
俺は耳だけじゃなくて頭もおかしくなっちまったのか。明らかに人の言葉が話せるとは思えない生き物から、人の声が聞こえる。
「ぼんやりしている時間はあまりありませんよ?ほら、立って!」
またもやテシテシと脚を叩かれ、俺はのろのろと立ち上がった。たぶん立ってと強めに言われたから、反射だったんだろう。
「えっと」
会話は、できるのだろうか?
俺の頭がおかしいか、現実がおかしいのかは全くもって不明なんだけど。
俺は目の前の出来事が、あまりにも非現実的すぎて受け入れるのに抵抗があった。
齢十五歳。
現実と非現実の区別は付く年齢だと、自分では思ってる。
箒は蒼空を飛ばないし、恐竜も現代にはいない。神様は信じる者にしか存在しないし、隣の席に美少女な宇宙人が座る事もない。
悪魔とか、幽霊だって感じた事も見たこともないから懐疑的。
動物が人の言葉をいくつか理解できたとしても、会話するなんて。
ある意味、既に妄想や勘違いの産物だって思ってる。
ただ、
ただ心のどこかで、そんな妄想や勘違いが現実だったら面白いよな。
ぐらいのゆるーい希望はもっていた。
んだけど。
「さて、早速あちらに向かって歩きながら話をしましょう。そうですねー何からお伝えしたらいいのか、まずはワタシの事から説明しましょうか。この姿は『ミロフ』という肉食の小動物なのですが……」
白い毛に覆われた口元が、話す言葉に合わせてパクパクと動いているところを凝視した。
やっぱり、こいつ、話してる。よな?
ピンク色の肉球がちらりと見える前脚を何もない草原の向こう側を指す。
仕草すら人っぽい。
俺は一度目を閉じて、ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けようとした。
そう、とにかくこの謎の生き物が俺に話かけてきてるってところは、紛れもない事実なんだ。
と、心の中で確認してから、俺は瞼を上げた。
「?説明、しても大丈夫ですか?」
様子を気にかけてくれたのか、俺の膝に手をかけて小首を傾げて見上げてくる姿は、随分と愛らしい。
「うん、大丈夫。大丈夫なんだけどさ」
「なんです?」
「そもそも、知り合いみたいな感じに話かけてくれてんだけど」
「ええ、ええ。そうですよ」
「お前誰なの??」
返事はなかったし、未知の動物の表情なんて読み取れないだろうなって思ってたけど。
あ、今、こいつ。
俺のこと「はぁ?」と声に出してないのが不思議なくらい、心底馬鹿にした様な顔しやがった。