表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

(更新8)

【クラウス】


ヴァンパイアの嬢ちゃんが早々と眠りについた。


ヴァンパイアの歳は見ても判らんが、多分若いじゃろ、嬢ちゃんと呼んで差し支えなかろう。


……不寝番の順番を決めてから寝て欲しかったんじゃがのう。


ゾンビなぞ作られても不寝番は必要じゃ、ザップに儂は順番をどうするかと訊ねてみた。



「そうだな……なぁ旦那、それはまだかかるのか?」


「もう一体あるからな、暫くかかる」



旦那と呼ばれたオーガが鳥竜を捌きながら言った。



「じゃあ、クラウスとガンズで最初の見張りをしてくれ」



次はザップとドラス、最後にヴィーシャとノラと決まった。



「じゃ、親父さん、先に休ませてもらうぜ」



ザップがそう言うと他の者も横になった。



「焚き火はどうするね?オーガどん」


「……点けておいたままがいいだろう、真っ暗じゃ襲われた時面倒だ」



火の勢いは要らんじゃろう、灯りの役に立てばよい。


暫くの間、儂はパイプを吸い、ガンズとやらは肉に塩を擦り込んで下拵えをしていた。


辺りを眺める。


焚き火の周りで休む雑多な異種族の仲間。


部屋の隅に転がされた死体。


湿り気と血糊に濡れた床。


薄暗い壁。


焚き火で闇が赤く揺らめく天井。


扉を見張るゾンビ。


そして儂ら。


なんとも楽しい状況じゃな、ヒューマンのパーティーではまず起こらん。


前のパーティーは皆、光神教の信徒じゃったからのう。どうにも居心地はよろしくなかった。


特に僧侶、儂を見る目がよろしくなかった。


奴の機嫌を損ねる訳にはいかんかったから、パーティーの皆もよそよそしかった。


儂も出ていく大した理由がなかったもんだから長居してしまったがの、一緒に居ていい気分ではなかったわい。


ザップに誘われたのは儂にとってわたりに船じゃった。


ガンズの手捌きを眺めながらパイプの煙を吐き出す。



「……なんだい?」


「なに、手慣れたもんじゃと感心しとったのよ」


「まぁオーガは狩猟種族だからな、誰でもやるよ」


「あんたの腰に巻いとるの、何の毛皮かね?」


「これか?雪虎だ。以前住んでいた所に極たまに現れる。オーガは自分で倒した獲物の皮だけを身に付ける」


「強かったかね?」


「強かったとも。俺達は弱い獲物を身に付けない……まぁ、見栄だな。とはいっても見栄の為に狩る訳じゃないが」



狩りをしてる時たまたま出会った、幸運だった。とガンズは笑った。



「俺は今やりたい事がある訳じゃないから探索に付き合ってる様なものだが、あんたは?」


「儂か?儂は店を開きたいと思ってな」



鉱山町に住むドワーフの鍛冶師なら皆、工房で働く。


工房では皆が同じ物を作る。


例えば剣。同じ長さ、同じ厚み、同じ装飾。


出来の悪い品は論外じゃが、突出した性能の物も作れん。


売る際には小売の店か行商に預けるから、自分の作った品が誰に買われたのか解らん。


鍛冶師なれば己が技の粋を鎚に込め、良い物を作りたいと願うもの。


良い物を作りたければ、そしてそれに見合う使い手に渡したいと願うなら、自分の店を構えねば。


……鉱山町では出来ん相談じゃ。鉱山町の工房は鍛冶師ギルドに占められとる。


じゃからギルドの無い王都に店を構える。工房を構える。


店を構えたとして軌道にのるかは正直難しかろう。鉱山町から鉱石を仕入れ、また出来合いの品も店に並べねばならん。


儂らドワーフに客商売は向いとらん。だから店番も必要じゃし、儂の工房では同じ志を持つ者を雇いいれたいとも思う。


その為の資金ぐり、それがダンジョンに潜る儂の理由じゃ。


深く潜ればそれも叶うはず。じゃから儂はヒューマンのパーティーに入っとった。


しかし……



「……報酬額の配分がの、光神教への御布施を払う分、儂以外の面子に回さねばならんかった。回復代じゃな、結果的に僧侶がゴッソリ持っていきよる。儂が一番配分が少なかった。じゃがまぁ御布施を差し引かれる分、他の者も然程変わらんかったがの」


「じゃあ、金はろくに貯まっていないのか。大変だな」



解体を終えたガンズが焚き火の加減をみながら言う。



「なに、このパーティーなら報酬の配分は等分になる。僧侶が居らんから御布施もなしじゃ」


「違いない」





【ノラ】



「皆さん、起きて下さい。そろそろ朝になる頃です」



皆を起こしてまわる。


主人は早々と先に寝ていたので、私との不寝番が回ってきた時には魔力も回復していた。


皆が起きた時に合わせて湯を沸かし、ガンズさんから休む前に教わっておいた鳥竜の煮込みを作った。



「……ぃい匂いがするな……お早うさん」



ザップさんが頭を掻きながら、寝床から起きだしてくる。



「おはようございまス。食事の用意感謝シまス、ノラ殿」



ドラスさんはじめ他の方々も起き出し、朝食をよそいはじめる。



「ダンジョンの中で温かい飯が食えるってのはありがたいもんだ」


「ところでザップ、今回の探索は何処まで進むつもりだ?」


「……元々は五階層までと考えてたんだが、ガンズの旦那が食材を増やしてくれるからな」


「じゃあ行けるところまで行ってみる?私は構わないわ」



主人の言葉を聞いてザップさんは暫し思案する。



「……とりあえず、六階層まで。腕前の確かな事は判ったが、ガンズとノラは初探索だ。無理はしないどこうや」



探索の方針が新しく決まり、食事を済ませた私達は部屋を出る。



「ゾンビの後ろをついていくってのは、あんまりいい気分じゃねぇなぁ」


「……その分安全性が高くなるんだら文句言わないでちょうだい」


「へいへい」



何事もなく四階層までを抜け、五階層。


最初の到達予定だった階層だ。



「ほとんど洞窟だな」



ガンズさんが辺りを珍しげに眺めた。


ここまでの階層が石組で出来た人工的なものだったのに対して、この五階層は奇妙な姿をしていた。


大部分は石組なのだが、あちこち石組の上を鍾乳石が覆っている。


天井からも氷柱の様に鍾乳石が伸びていた。


普通、鍾乳石とは永い永い時間をかけて育つと聞いている。このダンジョンがそんな旧くから存在しているはずがない……



「不思議でしょ?」



主人が私の顔を見て微笑む。疑問が顔に出ていたのだろう。



「公爵様は時間と空間を超越されているわ。だからこんな階層も作れるのよ」


「またヴィーシャの公爵様自慢が始まったな」


「……うるさいわね」


「ガンズ、ノラ、ここからの階層は暫くこんな感じだ。物陰が多くなるから気を付けてくれ」



確かに鍾乳石のせいで見通しが悪い。


松明の炎一つでは心許なさを感じる。


でも光源を増やす訳にもいかない、自分達の周りを明るくすればそれだけ魔物に襲われやすくもなるからだ。


暗い通路を進む。


天井から水滴が滴り首筋を濡らす。


石組と鍾乳石が混ざった壁を水が流れ落ちる。


皆の足音が響く。時には水をはねる音が混ざる。


黴臭く湿った空気は澱んでいて、水の中を歩いている様な気になってくる。



「暑い訳じゃないが喉が渇くな」



ガンズさんが喉元をこすりながら言った。


確かに、身体中湿気で濡れているのに妙に口が粘つくせいで水が欲しくなる。


この不快感は故郷の森では感じた事がない。



「まぁここらはこんなもんじゃ、慣れるしかないの」


「お、最初の部屋だ」



ザップさんが扉に手をかける。なんでも五階層から宝箱の中味が良くなるのだとか。



「だから五階層からは宝箱があるかどうか、部屋を確かめながら進むからな……どれ……ツイてるな、最初の部屋から当たりだぜ」


「まずゾンビ達を中に入れて様子をみましょう」



主人の命令を受けたゾンビ達がゾロゾロと部屋へ入っていく。


……戦闘音はしない。


私達も続けて部屋に入った。



「全く運がいいな、魔物と鉢合わせしないで宝箱にありつけた」


「そのかわり罠があるかもしれない、気を付けろよ」



ザップさんが宝箱を探る。



「……これか……これをこっちに……あぁ、大丈夫だ……よし」



罠を解除して宝箱の蓋を開けると、中には銭袋と短刀が入っていた。



「多分誰か死んだ冒険者の持ち物だったのね……」


「まぁそうだろうが……銭袋の中身は増えてるぜ、きっと」



ザップさんが銭袋を調べると、金貨八枚に銀貨二十枚、銅貨は十枚入っていた。



「ほらな、探索に金貨銀貨持ち歩く訳がない。公爵さまさまだな」



私達のダンジョン探索は、主である公爵様にとって掃除の様なものらしい。


宝箱を置いているのは代金がわり、という事なのだろうか?


なら、宝箱に罠など仕掛けなければいいのに。


そんな感想を洩らすと主人は様式美だと答えた。


……意味が解らない。


公爵様は酔狂な人物という事だろうか?


次の部屋、さらに次の部屋と覗いていく。



「調子がよかったのは最初だけね……今度の部屋はどうかしら」


「……宝箱はある……が、魔物もいるな」



ザップさんの言葉に皆が武器を構える。



「まだこっちに気付いちゃいない……どうする?ゾンビ使うか?」



ゾンビ達は動きが鈍い。先制の機会を逃すかもしれない。



「全員で突っ込んだ方がいいかもしれんぞ?」


「……よし、扉を開けたら一気にいくぞ」



ザップさんが扉を蹴り開けると男達が一斉に部屋へ飛び込んだ。


続けて主人と私、ゾンビ達が入る。


私の目に、魔物達に襲いかかる皆の姿が映った。


魔物は四体、二メートル以上はある。立ち上がった熊の様な、それでいて手には棍棒らしき物を持っている。


ガンズさんが降りおろされた棍棒を籠手をはめた左腕でいなすと、カウンターで右腕を魔物の腹に突き立てた。


勢いで魔物の両脚が浮き上がり、持っていた棍棒が手から落ちる。


次の頭部へ撃ち下ろす一撃で魔物は床に叩きつけられた。頭蓋が凹んでいる。


ザップさんとドラスさんがそれぞれに向き合った魔物達を牽制し、時間を稼いでいた。



「ノラ、ザップの方を狙って」



主人はそう言って術式を展開し、ドラスさんが相手をしている魔物へ魔法を放つ。


私も弓を引き絞り、魔物の頭部を狙う。ザップさんの身長より魔物の方がずっと大きい。


矢を放つ。続けてさらに放つ。


一本は魔物の右目に、次の一本は喉元に突き刺さる。


仰け反り、咆哮をあげる魔物の腕にザップさんが切りつけ、棍棒が床に落ちる。


主人が放った氷槍の魔法がドラスさんが相手をしていた魔物の顎から後ろに突き抜け、倒れたのを見てドラスさんがザップさんの援護にまわる。


クラウスさんは……


斧で魔物に切りつけたものの、ドワーフの身長では差が有り過ぎだ。魔物の膝に斧を当てた次の瞬間、横凪ぎに振られた棍棒がクラウスさんを吹き飛ばした。


咄嗟に放った矢で追撃しようとした魔物を牽制する。


魔物の注意がこちらに向いた。


次の瞬間。


ガンズさんが飛び掛かった。背中を弓の様に仰け反らせ、空中、魔物の頭上から組んだ両手を降り下ろす。


鈍い、頭蓋の砕ける音。


ゆっくりと、魔物が床に落ちた。


ザップさん、ドラスさんが最後の魔物を連携して倒したのはその数秒後だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ