(更新7)
【ヴィーシャ】
今の戦闘はやり過ごす事も出来ただろうけど、ザップは戦闘を選んだ。
各々の技量を測る為の小手調べってとこね。
ザップにしてみればクラウスはともかくノラとガンズの力量を見たかった様ね。
こちらから部屋に飛び込む方法も一興だけれど、そこは斥候らしく慎重な迎撃戦を選んだみたい。
ノラの放った矢はピンポイントで心臓を貫いたわ。そこはさすがエルフよね。
クラウスはパーティー経験者だけあって、自分が倒すべき相手をすぐに選んだ。戦士としての技量を感じたわ。
そしてガンズ……
ザップは見逃した様だけど、私は見せてもらったわ。
襲い掛かる鳥竜の首を捕まえると、鳥竜の勢いを利用して床に叩きつけた。
自分の力を使う事無く流れる様な動き。
おそらく力を入れてたら鳥竜は粉砕されていたわね、文字通り。
初見の相手だったから観察したかった?
「さて、ザップ。部屋を覗いてみるか」
掴んでいた鳥竜の首を捻って、残りの鳥竜も担ぎ上げるとガンズは部屋へ進んでいった。
「おい旦那、三階層は反対側だぜ」
「あの部屋には明かりがある。確かめた方がいい。それに飯時だ」
「……まぁ明かりは確かめた方がいいわね」
先に進みたがっているザップを促して、ガンズの後を追う。
「鳥竜が食べていた死体があるだけでスよ、ガンズ殿」
部屋の様子を既に見ているドラスがガンズに声をかけた。
けど、ガンズはどういう状況なのか知りたいらしい、扉をくぐる。
ガンズの後ろから私も部屋に入った。
「……寝込みを襲われた、かな?」
ガンズが言った。
部屋の真ん中に焚き火が燃え残っていた。
その周りに五人。
ヒューマンの冒険者達が焚き火を囲む様に絶命していた。
「あ~あ~酷ぇな、全滅か」
部屋の中に入ったザップが顔をしかめる。
他の者もザップ同様、嫌なものを見たという顔だわ。
「……まず、扉を背にしているこの男、これが不寝番だろう」
そう言ってガンズが死体の脇にしゃがみ込みながら指を差す。
「一ヶ所しかない出入口に背を向けて不寝番、その時点で間違っているが、居眠りもしていた様だ」
「よく判るな」
「首を後ろから咬まれている。起きていたら鳥竜が入って来て首を咬まれるまでぼんやりしていないだろう」
ガンズは立ち上がって他の死体も検分する。
「残りのうち三人、多分同時に襲われた。寝ている状態で。不寝番は殺られた時、声を出す事も出来なかった。だから三人は襲われるまで目を覚まさなかった」
ガンズは残る一人の所へ近寄る。
「三人のうち、誰か一人は叫び声を出したんだろう。この男は起き上がった。そして反射的に剣を取ったが、状況を把握する前に三頭いっぺんに襲われた」
死体の、剣を持った手をつまみ上げて私達に見せる。
腕がちぎりかけている。真っ先に武器を抑えられたらしい。
この男の身体が一番酷い状態だわ。お腹が裂けて中身が出ている。
「……踊り食いだな」
「おぇ!言うなよ」
「私達も気をつけないと。ガンズさん、この後どうします?」
ノラは結構胆がすわっているわね。
「そうだな……クラウス、こういう時どうするんだ?ダンジョンの外に運ぶのか?」
「ん?何故そう思う?」
「光神教の神殿に運べば蘇生してくれるんじゃないのか?」
あら、意外に優しいのね。
「そうさな、こやつらの懐具合によるが。光神教の連中、御布施と称してかなりの額をふんだくりよるぞ」
「全員の有り金集めても一人蘇生してくれるか疑わしいなこりゃ」
ザップが一人の死体をあらためながら言った。
「じゃあ放置か?また魔物に喰われるのも哀れだな」
ガンズの言葉にクラウスが答える。
「なに、その内骸骨兵が片付けよるよ」
「……じゃあ部屋の隅に列べておくか」
死体を担ぎ上げようとするガンズに私は声をかける。
「待って、ここで休むつもり?」
「駄目か?戸締まりすれば悪い寝床じゃないが。あぁリーダーは先に進みたいのか」
「いや、確かにもう遅い時間だろうな。休むには丁度いいか」
ザップが休息と決めたので私は魔法の準備を始める。
「何をするんだヴィーシャ?」
「不寝番を増やすのよ」
一人の死体に向かい、術式を展開する。
死霊術基礎式
付属式
『仮魂挿入』
『仮魂操作』
『腐敗不活性』
基礎式に付属式を繋ぎ合わせ、魔力を注ぐ…
……むくりと男が起き上がる。
「ぅわ、ゾンビ作るかよ!?」
ザップの悲鳴は無視。
残り三人にも同様に魔法をかけた。ズタズタになっている最後の一人は使えないだろう。
「ガンズ、この死体だけ隅に置いて」
ガンズにボロボロの死体を隅に片付けてもらい、私は四体のゾンビを扉の前に立たせる。
「とりあえず侵入してきた魔物に対して盾にはなるわ」
それから焚き火の前に座って薪をくべる。
「ノラ、お水を頂戴」
ノラの右腕には赤い蜥蜴、左腕には蒼くて鰭を持つ蛇状の痣……精霊魔法を使う為の契約紋がついている。
それぞれサラマンダーとウンディーネを象徴した紋様。
この紋様の中に精霊が住んでいる。
荷物から鍋を渡すとノラは左手の指先から水を溢れさせ、鍋を満たした。
他の仲間もそれぞれ床に座る。
ガンズが鳥竜の羽毛をむしり始めたのを見てノラが言った。
「ホントに食べるんですか?」
「あぁ、携行食は残しておきたいしな。羽根をむしったら血抜きをしないと」
「そこのヒューマンを食べていたんですよ?」
ノラを見てガンズがわずかに口元を綻ばせる。
「……鳥竜がヒューマンを食い、俺が鳥竜を食う。いつか俺も食われる。そうやって命は巡る」
「面白い哲学じゃな」
クラウスが燃えさしからパイプに火を点ける。ドラスがガンズの手伝いをしている。ザップは地図を取りだして明日の予定を考えているらしい。
「ヴィーシャ、血抜きするが要るか?」
ガンズとドラスが鳥竜を逆さに吊るしながら訊いてきた。
「折角だけど遠慮するわ。爬虫類とか鳥類とかの血は体質に合わないの。でも……ありがと」
「そうか」
ガンズは頷いて、クラウスが倒した鳥竜を捌き始めた。
クラウスに腹を裂かれて血が残っていないからだろう。
ぶつ切りにして鍋に放り込む。
袋から岩塩と鑢を出すと鍋の上で削り、続けて香草を千切って入れる。
「……手慣れているのね?ちょっと意外」
手際の良さに感心するとニヤリと笑う。
「軍隊生活の賜物だ。野戦演習でよく作ったもんだ」
「結構いい匂いだ、魔物を食うなんて初めてだが」
ザップが鼻をひくつかせるとガンズが言った。
「これから先、ダンジョンの奥深くを探索する様になったら携行食だけで済ます訳にはいかないだろう?」
「それもそうか、今まで浅い階層だけだったからなぁ。携行食だけだと持っていく量が凄い事になるな」
こいつは盲点だったとザップが笑う。
「どれ……良さそうだ、皆食ってくれ」
鳥竜の肉は意外と柔らかく美味しかった。ノラは少し抵抗感が残っていた様だけれど、食べ始めると気に入ったみたいだった。
ザップは食事の美味しさよりもゾンビ達が気になるみたい。食べながらもチラチラと扉の前に立つゾンビ達の方へ向かっている。
「……どうも落ち着かねぇなぁ、あんなところに突っ立ってられると」
「気にする事はないわ」
「よぅヴィーシャ、アレどうするつもりなんだ?」
「明日から私達の前を歩かせましょう、壁役にはなるから」
ゾンビ達は私の命令に忠実だ。
独りでダンジョン探索をしていた時、壁役だけでなく、罠を確かめるのにも使えた。
パーティーを組んだのだから、これからは使うとしても予備戦力扱いだけど。
「以前は倒した魔物をゾンビに使ってて、壊れたら新しいのに入れ換えながら進んだものよ」
「おっかないのう、儂は死んでも使わんでくれよ」
食事を済ませたクラウスがパイプを燻らせながら苦笑する。
夕食を終えて皆ごろ寝をしたり雑談したりと、自由時間の様になる。
皆が休んでいる間、ガンズは血抜きされた鳥竜の解体をしている。
ガンズにしてみれば皆より食事の量が多い訳だから、食糧確保は優先的な問題よね。
そんなガンズが私に声をかけてきた。
「そのゾンビ達、ダンジョンを出る時どうするんだ?光神教の神殿には連れていかないんだろう?」
神殿に続く道をゾロゾロと歩くゾンビ。
……ちょっと面白いかもね。
「たとえ御布施があっても光神教はゾンビを治したりしないわよ。死霊術を敵対視してるんだから……帰る時骸骨兵に預けるわ。ダンジョンで引き取り手の居ない死体は骸骨兵の素材になるの」
「公爵様が利用する訳か。無駄が無い、と言うべきなのかな」
そう言ってガンズはまた解体作業に専念した。
ガンズはさほどでも無い様子だけれどザップやクラウスなんかは生命の禁忌を死霊術に感じているかもしれない。
二人はヒューマンの冒険者と多少なりと繋がりがある。ザップは情報源として、クラウスは元同僚として。
ヒューマンの冒険者は形式上、光神教の庇護下にあるから多少の影響はある。なら彼らと付き合いのある二人もその影響を受けるだろう。
まぁ、そんな影響がなくても禁忌と感じる者は多い。死霊術を研究する魔法使いは極小数だという事実がそれを裏付けている。
私の歩む道の遠いこと。
死霊術の隠された秘密、このパーティーに開示するべきか……
……そんな事を考えながら私は横になり、眠りについた。