(更新6)
【ザップ】
翌日。
俺達は西門を抜けダンジョンの入口に来た。
「……本当に目の前なんだな」
ガンズが呆れた声を出す。
ダンジョンの入口は岩を積み上げた小山の真ん中にポッカリ空いた穴。
穴には魔法の障壁が張られていて、そのままでは出入り出来ないつくりになっている。
「儂はいつも思うんだが、もうちょっと見た目をなんとか出来んかったのかのう」
クラウスがダンジョンの入口を見て洩らす。
ダンジョンとはいっても仮にも公爵様の領地なんだから、これは確かにテキトー過ぎるとは思う。
「さて、皆準備はいいか?買い忘れた物とか大丈夫か?」
一応確認の為に皆に声をかける。ガンズとノラはダンジョン探索が初めてな訳だしな。
「あぁちょっと待ってくれ」
ガンズはそう言うと肩に担いでいた袋を広げる。
「そういえばお主、得物はなんじゃ?」
クラウスがガンズに訊いた。見たところガンズは武器の類いを持ってきていない様にみえる。
「俺達オーガはこれだ」
そう言って拳をみせる。
「素手?マジか?」
俺はギョッとした。ガンズは鎧も着ていない。いくらオーガが頑丈でも大丈夫なのか?
「まぁ実際はコレを着けるがな」
そう言って袋から出したのは籠手。
それも分厚い。腕の形をした鋼の塊だ。
「……なんだか凄いわね……内側に紋章魔法が彫ってある……これは何?『身体強化』かしら?」
紋章魔法?あの籠手はマジックアイテムなのか。凄ぇな。
ヴィーシャの問いにガンズはニヤリとする。
「これか?『錆止め』だ」
「……」
……なんだそりゃ。得意になって言う事か?
ガンズは籠手をはめ終えると皆の荷物持ちを志願してくれた。
力持ちだな。まぁヴァンパイアの方が怪力だが、ガタイが小さいからなヴィーシャは。
「よし、じゃあ行こうか」
俺は入口を警護している骸骨兵に合図を送る。
骸骨兵がなにやら操作して入口の障壁が消えた。
暗い穴が開く。
「さ、急いだ急いだ」
ゾロゾロと穴へ入っていく。
パーティー結成最初の探索が始まった。
─────────
入口を抜けると真っ暗な空間が広がっている。明かりは今入ってきた穴から射し込む日の光くらいだ。
「ちょっと待ってな、松明に火を点ける」
「あ、私が」
火口箱を出そうとすると黒エルフが指先から火を出した。
ありがたく松明を灯す。魔法ってのは便利だな。
「取り合えず松明は一本でいいな」
辺りが見える様に松明を掲げる。
「入口より広くないか?」
ガンズが辺りを見渡して言った。
「……魔法よ。本当はこのダンジョンって入口から4~5キロ離れた場所にあるの。魔法で繋げてる訳」
ヴィーシャがガンズの疑問に答えている内に、入口の障壁が閉じて日の光は消えた。
松明だけが光源になる。
「ほら、入口の穴が塞がれて周りの壁と見分けがつかなくなったでしょ?」
入口だった穴のところに骸骨兵が数体立っている。内側と外側両方に配備されているのだ。
そうやって冒険者だけを通して中の魔物を出さない様にしている。
「ガンズ、ノラ、この場所はパーティーが打合せとか出来る様に広くとってるんだ。という訳で、隊列を決める」
まず前列、俺・クラウス・ドラス。
探索の為に俺達斥候二人と突発戦闘に備えてクラウスを配置する。
中列、ヴィーシャ・ノラ。
遠距離戦闘用の配置だ。
そして後列。
「ガンズの旦那には殿を頼むわ。で、戦闘が始まったら前列まで出てきてくれ」
「なるほど。通路は入れ替われるだけの幅があるんだな?」
「あぁ大丈夫だ。それじゃあ出発するか」
奥へと続く真っ暗な通路を進む。
足元や壁、天井のそこかしこに、発光する苔や茸が生えているが、通路の輪郭が辛うじて判る程度。光源と呼ぶには程遠い。
「どこも石組みなんだな、このダンジョン全てこんな造りか?」
「……そういうわけでもないわよ。何故?」
「造るのにえらく時間がかかりそうだ」
「……魔法よ。公爵様は偉大な魔法使いよ?」
ガンズとヴィーシャのやつ仲いいな。
初めてのダンジョンにガンズは興味津々で、おかしな質問に呆れながらもヴィーシャが答えている。
まだ一階層だ、お喋りもいいさ。
「魔物ってのはなんでここにいるんだ?」
「このダンジョンは公爵様の魔力で満たされているの。その魔力で自然発生したり、公爵様が実験で造って放したりしてるからよ」
「放す?何故だ?」
「ちゃんと生きていけるかとか、どれだけ強いかとか、要は実地試験ね」
「そんなものを造る理由が解らん」
「あら簡単じゃない、戦争に使えるかどうかよ。骸骨兵だって公爵様が陛下に出荷してるんだから」
おぉ怖い。そんな理由だったのか、知らんかった。
「ヴィーシャ殿、お詳シいでスね」
ドラスも話に混ざってきた。
「公爵様は死霊術を極めたリッチですもの、同じ死霊術師として一番の目標なの。詳しくもなるわ」
「叔父さんだしな」
ガンズが言った。叔父さん?
ヴィーシャが口に指を当てる。
なんだ?二人だけの秘密か?
それっきり会話が途切れ、暫く足音だけが暗い通路に響いた。
─────────
運よく魔物には出くわさず、二階層に降りる階段に着いた。
「何もなかったな、拍子抜けだ」
ガンズがつまらなそうにこぼす。魔物と戦うのが自分の仕事と考えている様だ。
「ガンズ、貴方の仕事は護衛なんだから何事もなくてよかったのよ」
「……あぁ、それもそうか」
クラウスが言った。
「一階層は大概他のパーティーが掃除しとる。魔物なんぞ基本居らん」
そうして足元から何かをつまみ上げてみせた。
「居ってもホレ、まだ育っておらん」
拾ったのは手のひらに乗る様な小さなスライム。小さ過ぎて俺達に怪我をさせる事もない。
「じゃあ一階層は歩くだけか?」
「いや、たまに下の階層から上がってくる大物も居る。じゃから油断はせんようにな」
実際、ごくまれにだが一階層でパーティー全滅なんて事も話には聞く。下の階層から餌のろくに無いこんなところに迷い込んだ魔物が、油断しているパーティーを襲ったりするからだ。
ちびたスライムを放り捨てるとクラウスは階段を降り始め、俺達も後をついていく。
長い階段を俺達は降り、二階層へ着いた。
「さてと、ここからが本番だ」
俺は皆が気を引き締める様に促した。
一階層は曲がりくねった通路だけだが、ここからはあちこちに部屋があり、そんなところから急に襲い掛かる魔物がいたりする。
「意味の無い間取りじゃないですか?」
それまでろくに口を開かなかったノラが不審げに辺りを見る。
「人が住む事を前提にしとらんからじゃろうな。ホレ、この扉なぞ」
クラウスが扉を開けてノラに見せる。
「……この通り、開くと壁じゃ。馬鹿にしとるじゃろ?」
バタン、と閉じる。
「ここに来た頃、何か意味があるのかザップ殿と調べまシた」
ドラスが目を細める。腹を立てている時の癖だ。まったく無駄骨だったよな。
「壁に張り付いた扉は二階層名物だと思ってくれ」
俺はノラにそう言って地図を広げる。二階層は完全に調査済み、さっさと進もう。
階層の中程まで来た時、ぷん、と臭った。ヴィーシャも臭いに気付いたらしい、鼻をひくつかせていた。
……血の臭いだな。
左右に別れる通路の右から臭ってくる、地図によればどんづまりに部屋がある場所だ。
進むべき道は左側だから、無視して行きたいところ。
しかし無視して後ろから襲われるのも嬉しくない。
こういう時こそ斥候の仕事だ。
角まで進み、手鏡を使って角の先を覗き、耳をそばだてる。
通路の先、どんずまりの部屋は扉が半ば開いていて、薄明かりと微かな物音が漏れている。
「ドラス、頼めるか?」
ドラスは壁に手をつけると、両手両足で壁にへばりつきスルスルと登っていく。
天井に張り付くと逆さになって音もなく通路を進む。
「ヤモリみたいな真似が出来るんだな」
ガンズが感心した様につぶやいた。
リザードマンは爬虫類のいいとこ取りをした様な身体をしているからな。
ヤモリと同じ指をしてるし、ワニの様な平たい尻尾で泳ぎも達者だ。
おまけにカメレオンみたく鱗の色も変わる。
そんな訳で斥候向きな種族だ。これで鼻が利くなら俺は斥候廃業だな。
少ししてドラスが戻ってきた。
「部屋に鳥型の魔物、鳥竜が三頭いまス。食事中」
鳥竜は胴体に羽毛の生えた二足歩行の蜥蜴……恐竜みたいなやつだ。
ダチョウに腕を付けた姿をイメージすると近いだろう。
ドラスと二人だった頃は遠慮していた相手。なにしろ向こうは群で行動するからな、分が悪かった。
「三頭なら……やれるか?」
ガンズやノラの腕前を見たい、というのもある。パーティーの初戦をここらでやって、調整をはかっておけば、以降の探索も何処まで行けるか目星もつくだろう。
「……よし、ガンズ、クラウス、ノラの三人で攻撃を頼む。他はバックアップでいこう。こちらから部屋に突っ込むよりあっちを部屋から誘き寄せた方がいいな」
「呼び寄せればいいのか?なら俺がやろう」
俺の作戦を聞いたガンズはそう言うと大きく息を吸い込んだ。
次の瞬間、大きな雄叫びをあげる!
……おいおい、他の魔物まで来ないだろうな?
少しだけ開いていた扉がゆっくりと動き、禿鷹を思わせる鳥竜が首を覗かせる。
仲間に知らせる為の鳴き声をあげ、扉を体当たりで開くと全速力で突っ込んできた。
残り二頭も後を追いかける様に現れた。
キリキリと弓を引き絞る音。
先頭を狙ってノラが矢を放つ。
吸い込まれる様に鳥竜の胸、心臓があるだろう位置に矢がつきたった。
先頭の鳥竜が矢を受け、もんどりうって転がった。
その身体を跳び越えて二頭の鳥竜が襲い掛かる。
その片方にクラウスがバトルアクスを振り上げながら迎え撃った。
鳥竜の腕を斬り払い、懐に飛び込むと胴体を二分する勢いで横凪ぎにする。
腹から血を撒き散らし鳥竜は床に沈んだ。
残る一頭は……と見れば……
鳥竜は首根っこを掴まれ宙に浮いていた。
ガンズの太く長い腕が鳥竜を吊り上げている。
ジタバタと振り回す鳥竜の腕も脚も、鳥竜を吊り上げたガンズの身体に届かないでいた。
「……まぁ、食えるかな」
鳥竜をしげしげと眺めながら呟くと。
……コキリ
鳥竜は首をひねられてガンズの腕にブラリとぶら下がった。