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(更新2)

【ヴィーシャ】



「配給希望者はお並び下さ~い」



王宮の侍女や役人達が配給作業を進めていた。


ありがたいこと。


ジョッキを受け取り列に並ぶ。憂鬱。


まるで物乞いの様。


旧き血統たるヴァンパイアが血を貰う為にジョッキ片手に並んで待つだなんて。


陛下の『万民協和』の理念は高い志である事は認めるけれど、おかげで『血狩』は出来なくなった。


誰かを襲っての吸血は重罪、自由人相手の場合許可を取らない限り噛み付くことも出来ないなんて。


私達が飲む量なんて月にマグカップ一杯程度なのだから、そこまで他種族に遠慮しなくちゃならないのかしら。


どうせ『催眠』の魔法で相手は覚えちゃいないのに。



「はい、どうぞ」



にこやかにライカンの侍女がジョッキに血を満たして渡してきた。多過ぎ。


日にちが経ってるから少し臭い。


陛下その人が同じものを飲んでいるのだから、とみんな我慢している。


でなければ暴動ものよね。



「今日はハズレだなぁ」


「先週並んだ連中はアタリだったって」



周りで飲んでいる人達がそんな事を話している、アタリとは新鮮な血だったという事。


私達ヴァンパイアは造血能力が低い。それを補う為の吸血行為なのだから、鮮度は大事だ。


古くなった血では意味がない。血は生きている。



「……ごちそうさま」



食事でもないのに、おかしな言い回しだわ。


配給用のジョッキを返す。



「はいありがとうございます……あら?お口にあいませんでした?」



ジョッキを受け取った侍女が怪訝な顔をする。ジョッキに半分程残してしまった。



「……ねぇ、この配給係、いえ、採血囚の世話係まで含めて、ヴァンパイアは一人でも携わっているのかしら?」



死刑判決となった重罪人から希望者を募り、罪一等減じて無期限の採血囚という独特の囚人がこの国にはいる。


採血囚となった者からこの血は提供されている。



「いえ、私の知る限りヴァンパイアの御方は従事されておりません」


「だからなのね。この配給作業のトップに言って誰かヴァンパイアを入れた方がいいわ。少しは改善されるでしょう」


「……そんなに美味しくないんですか?」



やはり食事と勘違いしている。



「あのね、ごはんじゃないの。身体を巡る血が足りないから、貧血になるから飲むの。解る?この血は」



卓に置かれた血の残るジョッキを揺らしてみせる。



「これは私達の身体に直接流れる。これの行く先は胃袋ではなく心臓。古い血は死んだ血、役に立たないわ」



いつの間にか私の周りに人だかりが出来ていた。


賛同する声が聞こえるけど、何故自分で提案しないのか。



「基本、採血した血はその日の内に配給して。保存が必要なら……氷室に入れて、配給時に温める。人肌に。でないと私達の心臓が止まるわ」


「あ、ありがとうございます。そういった事に皆知識がありませんでした」


「ヴァンパイアを役職に付けるのは……味見役、保存した血が傷んでないか調べるのに必要でしょ」



そう言って私は踵を返した。もう充分。これで何も変わらないならこの人達の無能のせい。



「あ!あの!貴女様が御役になられては?」



声をかけられるが、知った事ではない。


お役所仕事が悪い。あの侍女は私の提案を上役に報告するだろう。それは間違いない。誠実そうだし。


でもそこで終わり。


その気になれば明日から出来る話。でも改善されるとしたら

何年後?何十年後?


『万民協和』素敵だけれど、陛下の理想の実現はいまだはるか。というところね。




配給所を後にして数歩進んだところで胸が気持ち悪くなってきた。


路地の脇にさっき飲んだ血を吐き出す。


飲んだ半分程が出てしまった。


他種族に知られていない事だがヴァンパイアには飲んだ血を選別する器官が存在している。ここで生きている血を心臓へ送り、死んだ血は吐き出す。


吸血するなら吐き出す事はまずない。


月にマグカップ一杯の血、これが基準だが半年くらいまでなら血を飲まなくても生きられはする。


もっとも、手足も顔も皺が寄るし、身体能力が激減するけれど。


流行りのH基準でいうならば、ヒューマン二十人に匹敵する筋力とそれに見合った俊敏さをヴァンパイアは持つ。


ただしそれは十全な体調によって発揮されるものだ。


身体能力はまだいい。私にとっては魔力量、こちらがより重要だ。


体内に保有される魔力量もやはり十全な体調により保障される。


つまりどちらにせよ血は必要なのだ。


その為、ヴァンパイアは物心つく頃、親から子へ精神魔法を伝授される。


血を狩るのに必須な魔法だ。必要な少量の血を得るだけなら他種族を殺す事はない。相手の意識を跳ばし、夢を見たと合点させ、忘れさせるのが安全だから。


でないと襲った相手に返り討ちに会う。


吸血中は相手と密着状態なのだから、たとえ二十人力だろうと命の危険は存在するのだ。


私の場合、いわゆる魔法使いとして暮らしている。主に冒険者として、ダンジョンに潜る暮らしを。


配給のおかげで精神魔法を使う機会はほとんどなくなった為に、他のヴァンパイアにとって魔力量は重要でなくなっただろうが、私にとっては死活問題。


当然、魔力量は多いに越したことはない。


配給の血があれではダンジョンに潜るどころか魔法研究にも差し障る。とは言うものの血狩は今や重犯罪、死刑確定だ。


ヴァンパイアでは採血囚を希望する事も出来ない。


打てる手は一つ。



「気が進まない」



『万民協和』が完全なものでない今だから打てる手。



「気が進まない」



『万民協和』の理念に真っ向から反する手段。



「本当に本当に気が進まないわ」



自由人を、相手の許可無く吸血してはならない。



「……でも自分が所有する奴隷はその限りではない」





─────────


市場へ向かう。


活気ある表通りから脇道に逸れると、そこは怪しげな店が並ぶ裏通り。


ほとんどの店は昼間閉まっている。


その中で昼夜の区別無く開けている一軒の店。奴隷商の店。


魔国のみならず、大陸全ての国は奴隷無しに経済が成り立たない。


『万民協和』が完全にならないのはこれが理由。


大規模農園から、海運業では荷揚げに漕ぎ手、炭坑掘り。ドワーフやサイクロプスは金属鉱脈や宝石鉱脈は掘っても危険な炭坑は掘らない。


個人的になら家政・雑用。性奴にはしない。寝首をかかれるのが落ちだから。娼館の娼婦は自由人だ。


もし一気に奴隷解放となれば今まで低予算で済んだものを雇用で賄う事になる。物価はどれだけ高騰するだろう。これは時間をかけるべき問題なのだ。


店に入る。


並ばされているほぼ全てがヒューマン。


犯罪を犯した者、貧困と借金の果てに売られた者、魔国以外の外国で狩られた者……


因みに魔国で人狩は重犯罪、『万民協和』は少しづつ奴隷解放へと向かっている。


ヒューマンの列を眺めながら進む。


ヒューマンは魔力量が少ない。吸血の際実は魔力も多少吸収出来る。ヒューマンでは補える程の魔力は見込めない。


……結構酷い事を考えているな私は。


ヒューマンしかいないのであれば、止めるか。新鮮な血は魅力的だけど。





「どの様な者をお探しで?」



店の主が私に声をかけた。



「……私はヴァンパイアなの。見ての通り」



私は店主に顔を向ける。紅い瞳はヴァンパイアの証。



「そして魔法使いでもある。血と魔力を補充出来る種族がいたら良かったのだけど、ヒューマンではね」


「成る程。……お客様にお似合いの者がおります」



お似合いとは靴やアクセサリーみたいな言い回しだわ。


店主の後に続いて奥に進む。



「この者ならばお客様のご要望に叶うかと」



引き出されたのはエルフ。それも蒼灰色の肌、黒エルフの娘だった。


昔、ビーストマンやライカンを造る以前に、ヴァンパイアは吸血用の種族を造った。


それがエルフ。


後の時代、ヒューマンが自然に進化した事でエルフは解放されたのだとか。


ヒューマンを狩りの対象にするまではヴァンパイアに家畜として飼われていた種族。


当のエルフ達はその事を忘れさった様だけど。



「……素敵だわ」



思わず口をついて出た。


エルフの血は完璧と言っていい。ヴァンパイアの先祖が自分達にぴったりな血を求めて品種改良したのだから。


エルフ特有の細身の身体には鍛えられた筋肉が見てとれる。


蒼みがかった灰色の肌、紫の瞳、白銀の髪……は、とかさないと。ボサボサだわ。



「この者は部族闘争に敗れ、ここに居ります」


「戦士なのね」


「はい。この者ならばお客様にお似合いの従者となりましょう。いかがですか」


「話をしても?」



会釈をして店主が下がった。


どこかの執事の様だわ。



「さて」


「……ヴァンパイアがエルフを造った事は知っている。だから貴女が私に目をつけたのも解る」


「あら、珍しい。ほとんどのエルフが忘れたのに」


「一族の族長は次の族長へ代々伝えてきた。」


「貴女は族長?」


「その娘だった。私の夫になる者が族長に、この話は将来産まれただろう我が子に伝わるはずだった」


「……なら、私に仕えなさい。伝えられた様に」


「家畜になれと?」


「従者としてよ」



私は店主のところへ行った。


金額は思った程ではなかった。訳を訊くと、エルフを買う気になる者は少ないという。プライドが高く反抗的だから。



「ですがお客様とでしたら良い主従となりましょう。そう思い紹介しました」



彼女を連れて店を出る。



「まずは買い物ね、服に弓矢?剣は使えて?鎧は革がいいかしら?」



今はみすぼらしい麻袋に穴を空けた様な代物。


彼女は困惑した顔を私に向けた。



「待て主人、いきなり私に武器を与える気なのか?自分で言うのもなんだが、信用し過ぎでは?」


「信用ではないわね、油断でもない」


「……なら何故?」



私は彼女……ノラに微笑みながら言った。



「私がヴァンパイアだからよ。知らなかった?」



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