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(更新10)



「……それで?何の用かしら?」



ヴィーシャは冷やかな口調で訊いてきた。



「そうとんがるなよ、ほら二人の分け前持ってきたぜ」


「……ありがと。とりあえず座って」



俺は床に座った。この部屋にある椅子には座る訳にはいかない、華奢過ぎる。



「どうぞ」



ノラがお茶を勧めてきた。丁寧な口調になっているのはザップがいるからだろう、俺だけなら気をつかわないはずだ。



「……それで?ここに来た本当の理由、やっぱりアレかしら?」



ヴィーシャの言葉にザップが頭を掻きながら答えた。



「まぁそうだ……お嬢、ヴィーシャ、ちぃっと教えちゃくれねぇか?」


「回復魔法……何故私が使えるか?って事ね」



溜め息を一つつくとヴィーシャは語り始める。



「まず、魔法の術式について知らないと理解しにくいと思うんだけど、二人は?……知らないわよね」



そう言ってヴィーシャは両手の間に光る模様の様なものを作り出した。



「視覚化しながら説明するわ……まず今見てるコレ、コレは元素魔法の基礎式」



丸い輪郭を持った基礎式というやつは、その外側にいくつかの突起の様な部分がある。



「基礎式単体では何も起こらない。建物の土台みたいなものね。これに……」



細長い光の模様が一つ増えた。



「……コレが付属式。『火』の付属式を出してみたわ。この付属式を基礎式に繋げると」



丸い基礎式の突起に付属式の端が繋がる。



「これで火の魔法の完成」



ヴィーシャの指先から蝋燭が燃える様に火が出た。



「これに他の付属式……投射とか爆発とかを加えていくと火球の魔法になる訳」



ヴィーシャは俺達を見て、理解出来たか様子を探った。



「魔法は基本的に基礎式と付属式を繋げて魔力を流し込む事で発現するわけよ」


「ノラの使う精霊魔法もこうなのか?」



ふと疑問に感じてノラに訊いてみた。



「私はこういう術式を使わないです」


「ノラの精霊魔法は契約した精霊が魔法を使うのよ。契約者は魔力を与えるだけ」



ヴィーシャが説明する。



「もっとも、精霊の召喚と契約には術式を使うわ。ノラは契約者だけど、術式の知識が無いって事は召喚者は別人ね」


「はい、召喚の技は父が……」


「という訳で、術式を全く使わないのは私達ヴァンパイアの精神魔法だけ。魔法と言ってもこれはヴァンパイアに元々備わっている能力であって厳密には魔法ではないのだけど」



魔法っぽいから精神魔法なんて呼ばれてるのよ、とヴィーシャは鼻で笑う。



「さて、と。魔法の基本的な話はここまで。ここからは貴方達が知りたい話」



そう言うとヴィーシャは先ほどとは模様の違う基礎式を空中に浮かび上がらせた。



「これは私の専門、死霊術の基礎式。そして……」



細長い付属式が浮かび上がる。



「こっちは付属式の『腐蝕』。傷口とかを腐らせて敵の行動を阻害する」


「ぅわ、えげつな」


「……まぁ、そうね。これって掛け続けないと役に立たないから実戦ではまず使われないけど。でもこの『腐蝕』を逆向きにして基礎式に繋ぐと……」



付属式がくるりと反転して基礎式に接続する。



「……『回復』になる」



俺達三人が目を丸くするのを見てヴィーシャが一瞬たちの悪そうな笑みを浮かべたが、すぐに溜め息を洩らす。



「ただ、これは未完成と言うべきね。光神教みたいに上手くいかないわ」


「どこがどう違うんだ?それに何故光神教は発表しないんだろうな?」



俺は思っていた事を口にした。



「まず最初の疑問に答えると、光神教の『奇跡』と私の『回復』では魔力の効率が違い過ぎる。私の魔力全部使ってもクラウスの骨折は完治していない。光神教の僧侶はヒューマンよ、魔力量はたかが知れている。でもパーティーの一員としてダンジョン探索をしてるって事は、何度も『奇跡』を行って、そのたびに完治させているはず」



一旦口を閉ざすとヴィーシャは考え込む。俺は思っていた疑問を口にした。



「何で今までこのやり方に誰も気付かなかったんだろうな?ひっくり返すだけなんだろう?」


「それは簡単、死霊術の研究者が極端に少ないからよ……光神教が敵視してるから」



またたちの悪そうな顔でヴィーシャが続けた。



「そしてそれが二番目の疑問の答え。神聖な宗教が実は死霊術使ってるなんて、公表出来るかしら?それに『奇跡』は彼等の既得権益、守るなら同業者を排除するわよね?自分達は宗教やってるんだから、死霊術は邪悪だって言うだけで排斥しやすいし?」



なるほど。



「現状は『回復』の消費魔力量をどう効率化するか?なにしろ継続消費型の魔法だから……難しいわ」




─────────



「ヴィーシャ、随分喋ったな」


「あれだ、マニアってのは自分の趣味の話をさせると止まらないってやつだ」


「趣味か?」


「ヴァンパイアは魔力量は凄いが魔法の研究やる奴は殆んどいやしないぜ?」


「何でだろうな?勿体無い気がするが」


「殴った方が早いからじゃねぇか?」



ヴィーシャの部屋を出て、食堂へ向かう。



「旦那はこの後どうする?」


「そうだな……街をぶらついてみるか。王都に来てからあまり出歩かなかったし」



ザップとは食堂の前で別れた。てっきり昼飯を食うのかと思えば、たまには他所で食うと言う。


外食に心引かれるものはあったが、次のダンジョン探索はクラウスとヴィーシャが本調子になってからだ。収入が安定しているとは言いにくい。またの機会にするとしよう。


食堂に入ると客の姿はない。


おそらくザップの様に外へ食べに行ったか、もしくはダンジョンに潜っているのか。



「いらっしゃい」



いつもは厨房にいるドラゴニュートの娘が一人でカウンターにいた。



「珍しいな、他の娘は休みか?狐とか呼ばれてたが」


「狐……チャルさんですか?彼女なら今日は王宮です」



王宮?



「知りませんでしたか?彼女は女官長なんですよ」


「……女官長って王宮で働く侍女のトップじゃなかったか?何でここで給仕なんかしてるんだ?」


「この宿屋は王立ですから。誰か雇えばって言ってるんですけど、チャルさんは私の世話をするのが仕事だからってきかないんです」



あぁ、そういえばドラゴニュートのお姫様だったか。だったら女官長がついていても不思議じゃないのか。




ドラゴニュートは成長の際に脱皮する。


そして脱皮の際に『自分の姿形』を自分の思い描いた、こうあるべきと考えた姿へ少しずつ変えていくと聞いた事がある。


そのせいでドラゴニュートは角と翼と尻尾がある以外、個人毎に共通点が見当たらないという。


目の前の彼女の場合、まだ幼年期だが、人型にだいぶ寄せている。


顔は爬虫類っぽい人型。耳の辺りまで口になっている。こめかみから後ろ向きに短く伸びた角と、毛髪の無いつるりとした頭。


翼は薄く、体つきも真っ白な鱗が細かくさほど目立たない。尻尾だけは細くかなり長いが。


陛下がヴァンパイアだから姿をそっち寄りに?



「お姫様がここにいるのは仕事がしたいからだって仲間から聞いたんだが」


「えぇ、私がこちらに身を寄せているのは、王宮が……つまらないものですから」


「つまらないって……」


「ヴァンパイアとドラゴニュートは旧くからの競争相手でしたわ。で、お互いの友好の為に族長の娘を婚約者として送り出しましたの。政略結婚ならぬ政略婚約ですわ。それが私」



でも、と彼女は続ける。



「王宮って暇なんです!する事が無くて。故郷では同じドラゴニュートの年下の子やリザードマンの子達の世話とかしてましたけど」



次期王妃様はニコニコと故郷の話をする。子供達で泳ぎの練習をしたり魚を捕ったり……



「それで殿に仕事を下さいって御願いしましたの」


「この間陛下がお忍びで来ていたのは様子見かい?」


「殿はよくいらっしゃいますよ。でもそれは料理長、チャルさんの旦那様ですけど、この食堂をやってますから。殿がこちらにいらっしゃいますのは食事の為で、私の事は付け足しですわ」



なんだ料理長まで宿屋に詰めていたのか。


……つくづくこの国は変わり者が多い。


思わず溜め息をつきながら俺は昼飯を頼んだ。



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