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魔神 が 生まれる 日

真上に登った太陽の陽光が、程よく肌に照りつける晴天。


活気に溢れる城下町の商店街などでは度々、その場に似つかわしくない、軽装鎧を纏い、腰に剣を下げている兵士達が慌ただしく駆ける様子が見られる。

これは城下町の、この国に住む者には、もう見慣れたお馴染みの光景である。そのためこの国に初めて来た旅人など以外は、さして驚いたりはしない。


この兵士達はとある人物を探し、城下町を駆け巡る。建前上、誰を探しているのかは、隠している。しかし、実際のところ、城下町の住民に身体的特徴ーー腰まで伸びる艶やかな金髪、碧い瞳、真珠のような白い肌、などーーを詳しく話し、聞き込みを行うため誰を探しているのかは国民、周知の事実と言っても過言ではなかった。



その人物とは、 ペルリシア・アンドロイディ・セッテ・アウレリウス。


アウレリウス王国が王位継承権第七位 第四王女その人である。











「不味いよ、ペルー」


薄暗い路地に身を隠し城下町を駆ける兵士をやり過ごしながら、頭にターバンを巻いている少年は、隣で同じく身を隠している、ペルーと呼ばれた金髪碧眼の少女に話しかけた。


「ええ。以前から思っていたけど、日に日に私の行動範囲が特定されつつあるわね。関心関心」


「そんな事言ってる場合?見つかったら僕も怒られるんだからね!?」


「ふふ、ごめんなさい、ネロ。でも息抜きにちょっと城下町に遊びに行くくらい許してくれたって良いとは思わない?エルスの頭でっかち!」


抜け出す度に、いつも自分に永遠とも錯覚してしまう説教をする、女性を思い浮かべながらペルーは言う。


「エルスってあの優しそうな顔の人でしょ?」


「そうよ。私のお母様は亡くなられているから、私にとっては母親のような人なのだけれど、怒ると怖いのよ」


「はぁ…まあいいや。それで今日はどこに行くの?」


ネロはこのままペルーが潔く帰ってくれることを願ってはいたが、その願いは今回も聞き届けられないと悟り、開き直って聞いた。


「今日はね、『ベルギイウスの占いの館』に行ってみようかなって思っていたの!」


「はぁ!?」


「ちょっと!声が大きい!」


「ご、ごめん。でも、あそこがどのくらい危険か分かってるの!?」


「もちろん。でも、そんな場所だから城を抜け出すに相応しい興奮が得られるはずでしょ?」


ベルギイウスの占いの館。

それは領土、軍備、財政などが、数ある国家の中でも高い水準で纏まっていると言われるアウレリウス王国でも、犯罪者集団や盗賊、無職などがたむろする未だに手付かずなスラム街と城下町の間に位置する。

別に一般庶民であれば気軽にいける店ーー占いの料金が少々高いが払えない程でもないーーだが、"ペルーのような人物"がスラム街近辺に赴く事は、言うに及ばず、完全に論外である。身分が知れた途端何をされるか、何が起こるか分かったものではない。


「やめといた方が良いよ。やめよ?他のところで遊ぼうよ?」


親友を危険な目に合わせたくない一心で説得を試みる。


「嫌よ。それに今はあの鬱陶しいドレスも着てないし、そうそう身分を特定されないわ」


ペルーはこれまで何度も脱獄、もとい抜け出して、一度も見つからずに遊んで帰ることが成功している経験上、自信満々に答えた。


「うーん、だと良いけど…。しょうがない、僕が絶対守ってあげるから、僕から離れちゃダメだよ?」


「あら、頼もしい」


そう宣言した親友の自分より小さい身体を見て、ペルーは微笑みかける。

嫌々ながら、最終的にはいつも我儘な自分に付き合ってくれるネロを心の底から感謝した。




アウレリウス王国のアウレリウス城は城を中心に高さ数十メートルの厚い石壁に囲まれている。そして、その壁の内側に城と共に城下町、スラム街などが存在する。

スラム街は、本来であれば舗装されているはずだが土が剥き出しとなっている、4人が両手を横に伸ばして歩けるほどの幅の広い道で城下町と隔てられている。

そして、ベルギイウスの占いの館はその隔てている道のスラム街側に建っていた。


「あれだよ」


ネロは城下町を抜け、城下町とスラム街を隔てている道の向こう側に見える館を指差して言う。


「あら、思っていたより小さい館ね」


その館は、館というより、大きめの小屋といった印象だった。壁や屋根が至極色。窓には漆黒のカーテンが引かれ中は全く窺う事が出来ない。館の後ろに見える、スラム街の住民の手入れもされず寂れた家々によってとても浮いて見える。


「もう一度言っておくけど、館より奥はスラム街だから絶対に踏みこんではだめだよ?」


「それもう5度目よ?大丈夫、心配しないで。そこまで愚かではないわ」


2人は幅の広い道を横切り、館の玄関前に到着した。

館を近くで見ると壁や窓には少しも汚れが見られない。まるでつい最近建てられたかのような雰囲気を醸し出しているが、この館は数年間この場所に佇んでいる。

ネロはかなり以前にここに来た時と外観が全く変わっていない事を不思議に思いながら、ペルーに尋ねる。


「そういえば、この館の事をどうやって知ったのさ」


「数日前に抜け出した時に、ご婦人達の立ち話を聞いて、それで興味を持ったのよ」


ペルーが聞いた話では、ベルギイウスの占いは的中率が100%であり、ベルギイウスは未来からやって来たのではないかとの専らの噂だ。


「ふーん」


「お喋りはここまで。さ、行くわよ」


ペルーは、興奮から緩んだ口を引き締める事も忘れ、至極色のドアに映える、金色のドアノブに手をかけ、引いた。

館の中は、分厚いカーテンによって陽光が遮られているため、とても暗かった。2人の目が慣れるまで相当な時間がかかった。目が暗闇に慣れるまでその場で留まっていると、十数歩先の暗闇から嗄れた老婆のような声が聞こえてきた。


「ようこそ、占いの館へ。ペルリシア王女殿下」


「なっ!?」


「え!?」


ペルーは、名乗ってすらいない、【(自称)一般庶民と何ら変わらない見すぼらしい服】を着ている自分の身分を、この占い師が会って早々完璧に言い当てた事で、全身に鳥肌がたった。

そして、これは未来から来たという噂を体現する瞬間でもあった。


「…ネロ、この占い師は本物のようね…」


「うん。…さすがは未来からやって来た占い師ってだけはあるね…」


ペルーは、その占い師の迫力に押されながらも期待と興奮によって一歩一歩、占い師の下まで進んで行く。ネロはそのペルーの後ろに半身を隠しながらついて行く。

その占い師の目の前まで進めたペルーは、ようやくその姿を見る事ができた。

その占い師は、如何にもといった印象の老婆で、漆黒のローブを纏っていた。

そして、目の前には深紫のテーブルクロスがかけられた机があり、机上には人の顔より少し小さい水晶のような玉が紫紺のクッションの上に置かれている。


「今日は何を占おうか?」


老婆は外見通りの嗄れた声でペルーに質問する。


「そ、そうね…。私の未来でも占ってもらおうかしら」


ネロは、ペルーがただここに来たかっただけであって、占い目的ではなかったことをこの瞬間、察した。


「そうかい。そうかい。では金貨1枚そこに置きな」


以前来た時は白銀貨1枚だった気がするが、気のせいの可能性もあったので、ネロは何も言わなかった。と言うより、例え言ったとしてもペルーは「金貨1枚くらい、気にしないわよ?」とか言いそうだな、と思い至る。


「金貨1枚ね。分かったわ」


ペルーはポケットから金貨を1枚取り出し、机の角に置いた。


「では、お主の未来を占うとしよう」


先程のデモンストレーションを思い出し、2人は、期待と不安、興奮を抱え、唾を飲み込む。


「ほう…。お主は、想像以上に壮絶な人生を歩むこととなるだろう。…というより、もう歩み始めとるな」


「え?壮絶な人生をもう歩んでる?そうかしら?」


ペルーは、今までの人生を振り返り、それほど壮絶なことは無かったことを確認する。強いて言えば、ペルーを産む時に母親が死んでしまったことだろうか。未来から来たという割にはえらく的外れな結果に感じた。


「まあ、壮絶だよね。お城を抜け出して、こんな場所に来るお姫様なんて、壮絶以外の何者でもないよ」


「ネロ〜???」


「お前達、2人の背景には暗黒の星が見えとる」


「暗黒の星?それは一体?」


「直に、お前達2人の運命が大きく変わる事を暗示する星さ」


「運命が…変わる?」




「身を引き締めよ。運命からは決して逃れられん」









太陽が沈み始め、空が燃え上がるような夕刻。ペルー達一行は帰路に着いていた。

占いが終わったら興奮が収まるかと思っていたペルーは、占いの結果を聞いて未だに興奮が冷めていない状態であった。


「ねぇ、ネロ。"直に"っていつかしら?明日?明後日?それとも来年?」


「うーん、案外、数分後かもしれないよね」


「一体何が起こるのかしら?ワクワクするわ」


「あのさぁ、ペルー。必ずしも…………………」


「ネロ?」


ペルーは、すぐ後ろを歩いていたネロが急に静かになった事が気になり振り向いた。


「あなたたち!何者!」


ペルーが振り向くとそこには、布で口を塞がれぐったりとする、ネロがスキンヘッドの男に身体を支えられていた。


「おい、こいつで間違いねえか?」


「ああ、間違いねえな。最近やった新国王王位継承式典で見た女とソックリだ。それに兵士達が探してるらしい王女殿下の特徴と一致してやがる」


「じゃあ、このボウズはどうする?」


「そうだなぁ…こいつも連れ帰って、"いつものやつ"やるか?」


「あなたたち!ネロに何したの!」


「あー、うるせえ!黙れ!」


もう片方のオールバックの男はペルーの鳩尾に拳を捻り込む。その衝撃でペルーはすぐさま気絶してしまった。








ペルーが目を覚ますと、岩肌が剥き出しになっている天井が目に入った。

体を起こすと、今自分がいる場所が牢屋の中である事が理解できた。

鉄格子の前まで行き、鉄格子の向こう側で椅子に座って居眠りをしている肥えた身体の男に話しかける。


「あなた!そこのあなた!ここから出しなさい!」


「んんぁ?」


「私が誰だか分かっているの!?こんな事をしてタダで済むと思わないでよ!」


「知ってるよ、おーじょさまだろ?」


「なら、早く出しなさい!」


「そいつは無理なそーだんだ。ボスに言われてんだ。どんな事があっても開けんなってな」


ペルーは一先ず、別の逃走経路を考え出す。幸いにも脱獄に関しては得意中の得意だった。

ペルーが別の脱獄手段を模索している中、鉄格子の向こう側、肥えた男の横の木製のドアが開いた。そして、モヒカン頭の筋肉質な大柄な男が姿を現した。


「ボス!」


「目が覚めましたかな?王女殿下?」


その男は、牢獄の壁に備え付けられている松明の明かりによって脂光る、日焼けた焦げ茶色の顔に不敵な笑みを浮かべながらペルーに話しかけた。


「あなた…何が目的?」


「簡単に言うと、あんたを人質に使って、デカイ商売やるんだわ」


「そう…でも無駄よ。私が人質になっていたとしてもお父様はあなた達なんかには屈しないわ」


「まあ、そこはおいおい。あんたの指でも献上すれば良い返事が聴けるだろうよ」


ペルーは自らの白く綺麗で長い指に目を落とす。そして、今まで疑問に思っていた事を口した。


「ところで、ネロはどこ?」


「ん?ああ、あのガキな」


男は待ってましたとばかりに、にやりと笑った。そして、開けっ放しになっていたドアの向こう側の暗闇に大声で命令した。


「おい!"アレ"持って来い!」


ペルーは、男の表現に嫌な予感を感じつつも、この予想が的中しない事を祈った。


「悪りぃな、これしか残ってねえや」


男がドアの向こう側にいた人間から手渡されたモノは、"腕"だった。

その腕は、身体から刃物などで切断された断面などではなく、相当な力で引っ張り無理やり引き千切られた断面だった。切断面からは血はとうに止まり、肌は蝋燭のような白濁に変色していた。


「それは?……なに?……」


「まだ寝ぼけてんのか?どう見たって、あんたのツレだろ」


「は?」


「欲しけりゃくれてやるよ。ほらっ」


男は腕を鉄格子の隙間から牢屋の中にソレを放り込んだ。



ベチャッ



それは、まるで肉の塊が硬い地面に落ちたかのような音だった。


その瞬間、ペルーは怒り、悲しみ、憎しみ、ありとあらゆる負の感情が入り乱れ、発狂し叫び出した。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


鉄格子を掴み前後に揺さぶり、頭突きをする。

男達は、そんなペルーを見て、肥えた男と共に、腹を抱えて笑い出す。





ペルーはその日、深い、深い怒りと哀しみ味わう事となった。






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