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世界最高峰の劇団

 翌日、僕は学校を終えてから彼女――レティシア・ベルクールに指定された建物に向かった。その建物は彼女の劇団が普段稽古に使っているものらしい。


「……意外と普通だ」


 聞くところによるとベルクール家というのは古くから続く名家中の名家で、とにかくとんでもない金持ちだという話だった。だから稽古場もとんでもなかったりするのかと思っていたけど、特にそんなことはなかった。

 まあ演劇の稽古に必要なのは防音設備とそれなりの広さだ。それさえあれば他に必要なものは自分たちで持ち寄るのが基本。言ってしまえば自分たちの体とそれを動かせる空間があれば演劇の稽古は出来てしまうのだから。


「………………」


 稽古場に入ると、目の前に立っていたメイド服を着た女性が睨みつけるような目で僕を見た。


「僕はタクト・コムラです。ベルクールさんにここに来るように言われたので来ました」


 あらかじめ準備していた言葉を告げる。しかし僕の言葉を聞いたはずのその女性は、僕から興味を失ったように視線を別の場所に移した。

 僕は彼女の視線の先を追う。そこには稽古中の男女数名がいた。その中にレティシアの姿もある。


「だから違うって言ってるじゃない! そこはそんなに自信満々に言うセリフじゃないの。他に選択肢が無くなったから、仕方なくやってやるって感じなのよ」

「いや、レティシアの言うことは分かるけどな? だからって欠員の代役で台本読みに入っているだけの裏方に多くを望むなって。俺たちの稽古が進まないだろ?」

「けど! そこでリズムが狂うとその後の演技にだって支障が――」


 稽古をしているのかと思えば、レティシアと少し年上な感じのイケメンが何やら言い争いをしていた。とりあえず落ち着くのを待った方がいいだろうか。

 そんなことを思っていたのだけれど、レティシアたちの口論をぶった切る形で、さっきのメイド服を着た女性が発言する。


「レティシア。この子、貴方が呼んだの?」

「ん? あっ、タクト!」


 美しい金髪を揺らしながら、レティシアが駆けてくる。


「ねえタクト、早速だけど稽古に混ざってくれない? 台本読みながらでいいから」

「え、いや、ちょっと――」

「ちょっと待ちなさいレティシア」


 突然のことに僕が面食らっていると、メイド服を着た女性が彼女を制止する。


「貴方、もしかして欠員の補充ってこの子なの?」

「そう。タクト・コムラ、わざわざ日本から演劇の勉強のために留学してきた勤勉な学生よ」

「学生って……貴方、ここにいる連中のレベルが分かって言ってるの? 大体、貴方はこの子の演技を実際に見たことがあるの?」

「無い!」

「自信満々に言うことか! ……あのね、レティシア。リックの事故は不運だったと思うわ。今回の記念公演がキャンセルできない大事なものであることも分かってる。でもね、何でもやればいいってものじゃないのよ」


 あっちで口論があったと思えば、今度は僕のことでまた口論が始まってしまった。僕はまだ状況が理解できていないから口を挟むことも出来ない。

 ただ一つ、この現場がピリピリしているということだけは分かった。おそらくは本番まで日にちもない状況で役者に欠員が出てしまったのだろう。それはどんな役柄であれ大ピンチであることは間違いない。


「私の目が信じられないって言うの!?」

「実績もない、実力も分からない。そんな人間にこの舞台の主役を任せるなんて、正気じゃないって言ってるのよ!」


 ……主役? レティシアはそれを僕にやらせようというのか?

 あの日、たまたまレストランで料理を運んできただけの僕に?

 ――ああ、それは確かに、正気じゃない。


「いいじゃねぇか。留学できるこのあたりの演劇学校って言えばあそこだろ? あそこのレベルについていけるってなら、少なくとも素人ではないんだしよ。今は口論している時間すら惜しい。俺たちだって忙しい身だ、そうだろモニカ?」


「……ええ、そうね。代案があるわけでもないし……それにしても、分の悪い賭けね」

「まあそう言うなって。えっと、タクトだったか? 俺はアンリだ。普段は映画を主にやってる。よろしくな」

「タクト・コムラです、よろしくお願いします」


 返事をしながら差し出された手を握る。アンリさんは10歳くらい年上のようだ。成熟してきたイケメン俳優という感じで、もし日本で知名度が高くなったら奥様方が放っておかないだろうという雰囲気。


「そっちのメイド役の性格きついのがモニカ・オールドリッチだ。イギリスの女優だが、タクトも名前くらいは知ってるんじゃないか?」

「モニカ・オールドリッチ!?」


 確か最年少で各国の映画賞の主演女優賞を総なめにした伝説の子役だ。100年に一人の大女優とまで謳われたほどの人物だけど、最近名前を聞かないと思っていたら舞台女優に転向していたのか。


「別に舞台女優に転向したわけじゃないわよ」

「え、今って僕、声に――」

「声には出してなかったけど、分かるのよ。そういう目で見られすぎたせいでね。最近名前を聞かなくなったけど、舞台に表現の場を移していたなら納得だ……ってね」

「単に映画の声がかからなくなっただけなのにね!」

「黙りなさいレティシア!」

「きゃー、モニカが怖―い!」

「………………えっと、この二人は」

「仲が良いだけだ、気にするな」

「誰がモニカと!」

「仲が良いものですか!」

「……な?」


 アンリさんが同意を求めてくるので、僕は無言でうなずく。

 その後も他の役者や裏方さんたちが順番に自己紹介をしていった。今ここにいるのは僕を含めて総勢13名。どういった規模の劇をするのかは知らないけれど、決して多いとは言えない人数だ。


 もちろん、ここにいるのが今回の舞台に関わる全員というわけでもないだろう。少なくとも当日になれば音響や照明など裏方の人員には助っ人があるはずだ。


「そして最後になったけど、私がレティシア・ベルクール。今回のベルクール劇場200周年公演の企画立案者にして出資者、舞台監督、脚本、演出、役者、その他もろもろを担当しているわ。今回集まった役者とスタッフは、私が自分の目で選んだ超一流のプロフェッショナルばかり」

「一人を除いてね」


 モニカが僕を見ながら笑う。

 レティシアはそれを無視して続けた。


「主役のリックが運転中の交通事故で全治三カ月という不運はあったけど、天は私たちをまだ見放していなかったわ。リックの代役は、タクトに任せる。異存はないわね?」

「あったって他人の意見なんて聞く気ないでしょ、貴方」

「だから貴方はさっきからうるさいのよモニカ!」


 また口論が始まりそうな雰囲気を察知して、アンリさんが口を開く。


「まあここまで来たらやるしかないだろう。あとはタクトが俺たちを驚かせるほどの実力を見せれば丸く収まるって話だ。なあタクト?」

「え、僕?」

「ふん、間抜けな顔」

「タクトなら出来るわよ、なんてったって私がビビッと来たんだから!」

「何の根拠にもならないわね、それ」

「モニカうるさい」

「はは、まあそういうわけだ。……頼むぜ、今回の公演はお前にかかってるんだ」


 何というか、気付けばずいぶんな重責を背負わされてしまった気がする。

 レティシアが集めたというこの劇団は、間違いなく世界最高峰のレベルに位置するはずだ。

 そんな場所で、果たして僕は上手くやっていけるのだろうか?



 ――なんて、そんな不安さえ感じる隙もないほどに、今の僕は自分が身を置くこの環境に胸を躍らせているのだった。


ここまで読んでいただいてありがとうございます。書き溜めが全くないので以降は不定期更新となります。毎日は無理でも週に何度かは更新していきたいのでよろしくお願いします。

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