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ハッピーエンドは偽りの仮面の先に

作者: 真咲 透子

ちょっと堅物そうな女の子といつもふざけた感じだけど本当は葛藤だらけの男の子の話です。

 どこまでも、走る。あてなどない、ここではないどこかへ。できるだけ遠くに──。 


 薄暗い視界にはもう慣れた。頬をかすめる風は鋭利な刃のように鋭く、冷たさよりも痛さを感じた。腕に抱えているものは、時間が経つごとに重くなっていくように感じ、どんどん腕がだるくなってゆく。それでもこれを手放すわけにはいかない。


 どれだけ仲間が犠牲になったのだろう?


 今思いだすだけでも腸が煮えくり返る。絶対に、奴らにだけは渡してはならない。その気持ち一つで、ここまで走ってきた。


「──っつ」


 何かに躓いてしまった。足が限界だったのか、無様に転んでしまう。一度止まってしまうと感じる体の痛みに思わず顔をしかめた。だが、こんなところでじっとしているわけにはいかない。腕にあるものを抱え直す。


「見つけましたよ」


 何度も聞いた声だった。誰よりも近く、信頼していた──今一番聞きたくない彼の声。聞き間違えるはずがない。最初は驚きと迷いで剣を鈍らせてしまったが、もうためらいはしない。


 私はゆっくりと刀を抜いた。



「そこまでだ。アモリディ・ネバーソン、ジョン・ハーヴィー、アルナウト・ファルハー。貴殿らを国家反逆罪で拘束する」

「なっ」


 とある屋敷の一室にて。私は国からの通知書を広げ、目の前の貴族だった男に通達した。周りは木々に囲まれており、町からも遠い。密談にはうってつけの場所だった。そこには数人の男がおり、顔に動揺が走っていた。


「私を拘束する、だと?……はっ。私を誰だと思っている。一介の軍の犬に何ができるというんだ」

「この無礼者め」

「お前なんか私たちのさじ加減でどうとでもなる」

「現場を押さえている上に何をまだ申すのか。これ以上に証拠が欲しいというのなら、ここに」


 口ぐちに罵った男たちの前に、私は手元にあった手紙を広げた。


「何が書いてあるのかは、ご存じのはずだ。貴殿のサインも家紋も入っている」

「どうしてそれを!!」


 アモリディ・ネバーソンは吠えた。その反応だけで事実だと認めているようなものだ。


「それは貴殿には関係ないことだ。これで理解していただけたか」

「……くっ」


 反論するには証拠も状況もそろいすぎた。悔しそうに拳を握る男の目には、それでも諦めの色はなかった。


「ええぃ、お前らやってしまえ!相手は一人、しかも子供だ。こいつさえ処分してしまえば後はどうにでもなる!!」


 男たちの合図で部屋には彼の私兵が入って……こなかった。


「私がどうやってこの屋敷へ入ってきたと?彼らはすべて倒した」

「そ、そんなわけあるか!こんな子供に何が……!」


 そのとき、緊張感のかけらもない声とともに軍服を来た青年が入ってきた。


「隊長ーまぁたコート忘れてってますよー」

「……エラルド、どこへ行っていた」

「いつも言ってるじゃないですかー。こういうときは絶対コート着ていかなきゃダメだって」

「だから君、今までどこへ行ってたのかって」

「隊長がわがまま言うから最軽量のものをオーダーで作ってきたんですよ!褒めてください!!」

「話きけって」

「いたっ!隊長の素晴らしい剣さばきに見とれていたら、倒す奴らいなくなってしまったんですよー」

「サボってたのか貴様ふざけんな」


 ついうっかりいつもと同じ口調で話してしまい、先ほどまでの緊張感がなくなってしまった。大事な場面だと思うんだけど。


「そ、その軍服!まさかオオタカか!?」


 青年を見てアモリディ・ネバーソンは驚いた声をあげた。軍には2つの組織がある。その青い軍服はこの国最強の──。


「あ、まだ反抗します?お相手しますよ、隊長が……いてっ」

「…………」


 もう逃げ場はない、そう思った男たちはがくっと力尽きた。窓の外を見ると、応援に駆け付けた部下たちが屋敷へと入ってくるのが見えた。



「隊長ー。今回もお手柄でしたね」

「君が働かなかったせいでな」


 執務室で今回の報告書類を作成していると、部下であるエラルド・メランドリが紅茶を持ってきてくれた。


「僕がいなくても隊長一人で大丈夫だったでしょー。隊長ったら鬼が憑りついたみたいに強いんだから」

「なんで上司と同行しているのに別行動、しかも見ているだけなんだ。理解に苦しむんだけど」

「じゃあ次から僕だけで行きますよー。あ、でも執行はペアじゃないとダメでしたっけ?誰か連れてってもいいですか?」

「……もういい。不安だ」


 エラルドはこの軍の中でも相当な実力の持ち主だ。しかし、このふざけた口調と態度でなかなか上の階級にあがれていなかった。ほんの少しでも真面目になればすぐに一つの隊を任せられるというのに。思わずため息がもれてしまった。

 私はジュリア・ウィルクス。ラヴァンディ王国の軍人をしている。別に軍人になろうとして入ったわけではなく、私を育ててくれた人が軍人だったので成り行きで軍に入ってしまった。まぁ、後悔はしていないけれど。


「それにしても、最近多いね。他国とつながっていたとか、情報を売った、とか」

「しかもけっこう身分の高い方々ばかりですよね。何か理由でもあるんでしょうか」

「それは私たちの仕事じゃない」


 私はこの『オオタカ』隊の隊長をしている。この『オオタカ』は特殊部隊の一つで精鋭があつまる隊で知られている。この国の最強部隊と呼ばれているがここ数百年は平和であり、踏み込むことが難しい国の重鎮、貴族、ときには王族の不正取り締まりが主な仕事になりつつあった。取り締まった後のことは私たちの管轄外だ。『ソウヨウ』という『オオタカ』とは別の部隊が尋問するとごく一部の者が知っている。


「何を起こそうとしているのかなんて私も知らないけどな」

「もしかして軍の中にもそういう輩がいるかもしれませんね」

「……かもな」

「どうします?隊の中に裏切者がいたら」


 なんで明日の天気を聞くみたいに物騒なこと聞くんだ。私はじとっとエラルドを睨んだ。しかし彼は笑顔を崩さず小首をかしげていた。……全くこいつは何を考えているんだ。


「もし私の部下が全員裏切っていたとしたら、迷わず貴様から追いかけてやるわ」

「わぁ、完璧に私怨はいっちゃってますね~」

「安心しな。いつでも刀の切れ味は最高だ」

「全く安心できませんから、それ。ちなみにこれ、『ソウヨウ』からの結果らしいですよ」


 なんの脈絡もなくエラルドは、一つの封書を差し出した。私はそれを開き、文字に目を通す。ある一つの名前が書かれているのを見て、私は息が止まった。


「な、なんで……!」

「尋問したうちの1人がその名前を吐いたそうです。まだ確証はとれていませんから、次の仕事はその方の調査になりそうだってハナルス様が言っていました。──あなたの師匠ですよね」


 封書に書かれていた名前は、エラルドの言っていた通り、私の師であるロベール・ルドワイヤンだった。


「師匠が国を売るようなことするはずがない!」

「でもあなたの師匠は現在行方知れずですよね」

「……」


 私の師匠は軍人にもかかわらず自由奔放な方だった。時々軍を抜けだしては旅に出ている。そして誰にも見つけられないから帰ってくるのをこちらが待つしか方法はない。帰ったときにそれなりの情報や成果を上げたり、高貴な出身であることからある程度は目をつぶられていた。


「僕だって間違いであることを望んでいます。ですが、もしかしたら敵対する日が来るかもしれません。あなたは師に刃を向けることができますか?」

「私は……」

「ハナルス様は次の仕事ではあなた以外のメンバーを選ぶつもりだそうです。生半可な覚悟ではあの方に対峙するのは危険ですから」


 眩まいがする。師匠がいなかったら今の私はいない。精神的にも身体的にも殺されそうになっていた私を救ってくれたのはあの人だけだった。たとえそれがあの自由な人の気まぐれだとしても、私のあの人を尊敬する気持ちは変わらない。師に対する想いと私の役割は相いれない。私は目を閉じ、開いた。


「──私を外す必要はない」


 エラルドは驚いたように私を見た。


「ですが……」

「もしあの方と剣を交えなければならないとしたら。戦力的にも私がいたほうがいい。君も言っていたように、生半可な覚悟では逆にやられてしまう。私は部下をむやみに失いたくない」

「隊長」

「弟子を導くのは師匠だ。だが、師が過ちを犯していたとしたら。その不始末をするのは弟子の役割だろう? 誰にも譲りはしないさ。……ハナルス様にもそう伝えてくれ」


 尊敬している師だからこそ、私の手で。第三者にそれがなされるなんて考えたくもない。それに今の私には隊が、部下がいる。


「……まいっちゃうなぁ、だから俺はあなたが──」

「エラルド?」


 彼は俯き、小さな笑みとともになにかを呟いたが、私の耳には聞こえなかった。


「わかりました。ハナルス様にお伝えしておきますね。では、僕はこれで」

「あぁ」


 エラルドは一礼して執務室を去って行った。私はそれを見届けると、椅子に身をもたれかかりゆっくりと息を吐く。仕事も一区切りしたところだし、ちょっと眠ろう。少し休んでもばちはあたらないはずだ。次に目覚めたときは迷いなど断ち切っているから。



「報告は以上です」

「ふむ……」


 俺は先ほどのジュリア隊長のことを報告した。先ほどいた執務室より広く冷たい執務室。華美な飾りはなく、少ない調度品は威厳を見せるためだけに置かれている。その張りつめた空気と厳めしさは目の前の男に似合っていた。


「ジュリアはロベールとつながってはいないということか」

「おそらく。反応を見た限りそうであるかと」

「それは好都合だな。もし奴のしようとしていることを知っていたのなら、こうはいくまい」

「……そうですね」

「引き続き、ジュリアの監視を頼む。もし彼女の動きが変だと感じたらすぐ報告するようにしろ」

「承知致しました。──ハナルス様」


 ハナルス・ダリア──軍の司令官の一人。ジュリア隊長の師匠とは旧知の仲であるため、彼女にも俺にもよく目をかけてくれていた。俺のしている行為は2人に対しての──裏切り行為だ。


 まだ冬に入っていないというのに、ハナルス様の執務室を出たときには身も心を凍えるようだった。隊長──ジュリアが真実を知ったらどうなるだろう。彼女は立ち止まるような人ではない。武器を手に取り自分の信念を貫く。どれだけの犠牲を出しても、きっと。


 でも、俺は深く傷つけてしまうだろう。あの純粋な心を持ったうつくしい人を。己の心と葛藤していた時期はとっくに過ぎた。俺の選択は変わらない。


「そのときは真っ先に俺をみつけてくださいね」


 終わらせるなら彼女の手で。これほど幸せな結末はないのだから。

登場人物紹介

ジュリア・ウィルクス

ラヴァンディ王国の軍人。特殊部隊の一つ『オオタカ』の隊長をしている。ちょっと融通きかない堅物な女の子。部下(特定の1名)が仕事サボるのでちょっと切れ気味。エラルドはそろそろ絞めようと思う。


エラルド・メランドリ

『オオタカ』隊所属。実力はあるが勤務態度その他に問題がありなかなか上の階級へ上がれない。本当は裏で別の仕事をしている。最近ジュリア隊長の目がビーム出しそうな勢いで怖い。


ロベール・ルドワイヤン

ジュリアの師匠。自由奔放で放浪癖がある。国に背いているのではないかという疑惑が上がっている。


ハナルス・ダリア

軍の司令官の一人。ジュリア、エラルドのことをよく目にかけていた。


読んでいただきありがとうございました!

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