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戦列歩兵裏話

小説に戦列歩兵養分が足りなくて禁断症状が発症してしまった!


と言うことで全編コメンタリーというか四方山話。

忙し過ぎて小説書く暇がなかったので、読者が興味のありそうなネタを披露しておく。


戦列歩兵スキーなら有名なフォントノワの戦いについて。


イギリス、フランスこんにちは。お先にどうぞ、いえいえ、そちらから。それでは失礼してのドカドカ、ズドンに死屍累々。

マスケット銃射撃の効力を褒めるべきか、イカレている礼儀正しさを笑うべきかは人それぞれ。

そんなイベントな訳ですが、これ全部ヴォルテールによる嘘っぱちという説もあります。


代表的なのがwiki https://ja.m.wikipedia.org/wiki/フォントノワの戦い_(1745年) にあります。

悪名高いウィキですが、この項は英語版を元にしているために、結構良質。役立ちます。とは言え、実際、ほんとに嘘なのか。


ウィキが依拠しているスターキーの著書を読むと、まず、挨拶のやり取りに関しては、あんまし嘘とは断言していない。

そもそもヴォルテールはフランス側資料に依拠しているが、同じ話の別バージョンが戦いの4日後の当事者ヘイ卿によって書かれている。

(内容は、お上品な挨拶交換ではなく、酒の入った小瓶を掲げて逃げんじゃねぇぞと粋がった自慢話がメインです)


ヘイは変人で情緒不安定なので嘘つきかもしれないが、それにしたってヴォルテールが全部創作したと言うのは言い過ぎだろう。スターキーは両論を併記した上で、おそらく、挨拶のやり取りはまったくなかったと書いている。


次にスターキーの著作で問題なのは、どっちが先に撃ったのかと、platoon firingが実施されたのかどうかという点。


当時の雑誌では挨拶の逸話は書かずに、イギリス近衛が近接し、フランス軍が先に射撃したとあるわけで、イギリスが先に射撃したというヴォルちゃん、ヘイちゃんとは真っ向対峙なのです。


なお、当時の多くの記録ではフランス軍が遠過ぎる間合いで先に射撃し、再装填に手間取る間にイギリス軍が近づいて近距離斉射という事例が多数。個人的には雑誌記述が正しそうな予感。


そしてフォントノワの前にあった会戦、ディッティンゲンの戦いを例にして、秩序だった射撃なんて無理無理というのがスターキーの説。ディッティンゲンは各自バラバラの連続射撃をしたことで有名。それをもって、platoon firingなんて絵に描いた餅と良く言われている。


果たしてヴォルちゃんは、ここでも嘘つきとなるのだろうか。


しかし、実はスターキーは書いていないが、ディッティンゲンにおいて秩序だった射撃を行った連隊の記録も残されている。


加えてディッティンゲンにおける不面目な無秩序射撃を重視して、フォントノワ戦の前にイギリス歩兵隊はみっちりと実弾射撃訓練が施された記録もある。だから個人的にはフォントノワのこの場面で、platoon firingは実施され得たと思っている。


次に目を引くのが伝わってる死傷者の数。これは、はっきり言って凄まじい。誰だよ命中率コンマ以下とか言った奴というレベル。


具体的に数値を記すとフォントノワの戦いにおけるイギリス近衛三個大隊の総戦力は兵卒約1,970名。ヴォルちゃんの記述に従うと、二巡の斉射をしたっぽいので、約3,900発のマスケット銃弾がフランス軍戦列に注がれたことになる。

そして、ヴォルちゃん曰わく、フランス軍側の死傷者数は900名そこそこ。つまり銃弾の約23%が何らかの被害を敵に与えたことになる。

この時の交戦距離は50歩。


さて、問題は何処まで信憑性があるのか、という所。


当時の射撃場命中率から見ると50歩という距離はかなり近い。シャルンホルストらの実験結果を見ると80ヤードで平均65%の命中率を示しており、1歩を1ヤードと大雑把に換算して50ヤードとして線形近似をとると射撃場命中率は80%近い値となる。


つまり実戦で約23%と言う数値は、これ単体では何らおかしくない。

問題は他の実戦記録は異なるという所である。


例えばフォントノワの勝利者となったサックス元帥は、「私は全般的な斉射によってすら4名しか殺せなかったことを見たことがある」とか「(30歩の距離での)2個大隊の全力射撃でも、たったの32名しかオスマン兵を殺すことができなかった」とか述べているし、ナポレオン戦争における弾丸消費量と死傷者数の調査では、死傷者1名当たり200発から500発という計算結果が出されている。


こうなってくると、ヴォルちゃん大嘘吐き説が濃厚になるんだけど、今度は別の実戦記録が出てくる。フォントノワでヴォルちゃん曰わく23%の命中率を誇ったイギリス歩兵がカロデンで実現した記録で、こいつがまたイかれている。


交戦距離は平均50mで、撃ち放たれた銃弾数は6000から7000発。相手した突撃一辺倒のスコットランド高地地方兵が戦場に残した死傷者数は1600名。つまり命中率は22%から26%。負傷したまま後退した連中は含めてないのだから凄まじい記録である。


おまけに、相手のスコットランド高地地方兵は非西欧式戦術をとる輩なので、良く言われる所の、ルールに則っていないと戦列歩兵は役に立たない的なお話も通用しない。この連中は長剣を手にしての突撃で、古くはplatoon firingをイングランド軍に導入したマッケイ将軍の戦列歩兵を撃破し、当時においてはプレストンパンツとファルカーク・ムーアでイギリス軍戦列歩兵隊を撃破していた猛者どもである。


そしてこの記録は直近のヴォルちゃんの数値と良く合致してしまうのだから、さらに面倒くさい。


大概、話が両極端に振れると議論が成立しないものだが、実は命中率論争もその類。

僕はこの論争が始まると、相手に合わせて、どっち派でも否定しないことにしている。だって答えは戦場の霧の中に消え去ってしまっているんだからね。


最も、これだけだと不親切過ぎるだろうから、一般的意見を書いておく。


まず、交戦距離100m以下から50m程度における、最初の数回だけで終わる斉射、特に練度良好な部隊の最初の一回目の命中率は、ダラダラ続く射撃戦における命中率とは明確に区別しなければならないということ。その一方で決戦射撃距離の概念が示す通り、逆に近づき過ぎると命中率は格段に下がるということ。


二つ目に、大半の射撃戦は馬鹿げた程の遠距離から行われていたということ。


三つ目に、会戦における弾丸消費量には使われることなく遺棄されたものも多分に含まれていたということ。


四つ目に、どんな逸話であっても、誇張が含まれているということ。


(例えばサックス元帥の話はその前後を読むと、銃の斉射には価値がないので長槍を復活させようと言う時代錯誤な考えを述べる方向に自分の目撃談を実例として入れ込んでるし、ヴォルちゃんの数値は、大損害を出す結果を生むことになっても礼節と誇りを忘れないフランスの勇気を称揚する文脈の中で使われている。どっちも、自分の言いたいことを言うために、好き勝手しているのだ。額面通り受け取る方が阿呆である)


これらを踏まえれば、何となく当時の射撃戦のイメージがつくと思う。


さて、最初の疑問に答えて、駄文を締めるとしよう。

ヴォルちゃんは嘘吐きだったのか?


答えは簡単、テレビと同じ。

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