支配できなかった感情
「この前の試合で勝ち残ってまた試合が1ヶ月後にありますがひとまず1週間は休めそうです。」
私が先生に伝えると先生はわずかに顔を困らせていった。
「1週間じゃ完治は難しいと思うよ。」
その言葉を聞いたとき私の心にわずかなかげりのようなものを感じた。また痛いままでテニスをプレーするのかと思うと、少し嫌な気持ちになった。
「じゃあ、試合が完全に終わるまで休まないで終わり次第休みます。」
この時の私に都大会に出ないなんて言う選択肢はなかった。
「分かりました。では、テニスの後は必ず冷やしてテニス以外の時は極力右手に負担を書けないようにしてください。それとテニスの時はサポーターを必ず」
「分かりました。」
先生に言われた事をしっかり胸にとめて家に帰った。私の家で飼っている犬のが走って甘えてきた。お腹をなでると気持ち良さそうに目を細めた。正直頭の中は手首の事で一杯だった。都大会、一回戦負けはしたくなかった。今日行く予定でなかったテニスのレッスンの準備をしなくてはならないのに、身体が動かず、精神的にテニスを拒んでいた。それでも、私が踏みにじった思いを無駄にしてはならないと思い直し身体を無理矢理動かしテニスへ向かった。クラスの中では女の子は誰もおらず、いつも男の子とテニスをしていた。顔見知りの佐々木コーチのレッスンはいつもテクニック重視だからあまり身体は疲れないが、頭と精神が疲れる。手首の事でボールを打つたびにぶれてしまう精神を取り戻すのは、なかなか大変だった。いままで大好きだったテニスがこの時は少し嫌になってしまった。今思えば、佐々木コーチは私の気持ちのぶれに気付いていたかもしれない。
そしてある日、毎日痛いのを我慢をしてテニスをやっていた私は、最もやってはならない事をしてしまった。あれは事故と言えば事故で済んだ事だった。学校の部活動中にボレーを友達の目に当ててしまったのだ。感覚のぶれと精神のぶれにより招いてしまった最低のミス。練習は一時中断。友達のもとへ走って謝りにいった。私のボールは一緒に練習している人たちの中で最も早い。友達の目には涙と、当たって赤くなってしまったまぶたが見えた。急いでコートから出るのを手伝い椅子に座ってもらった。近くにいた後輩にアイスバッグと先生を呼びにいってもらった。狙った訳じゃなかったが、当ててしまった事にはかわらない。自分のテニスで相手を傷つけた。その事実が苦しかった。気付くと第二顧問の春先生がきて友達に事情を聞いていた。
「本当にごめん。」
友達に心から謝った。
「気にしないで。大丈夫だから。」
友達は優しく笑ってくれた。しかし、友達はその日帰る事になった。病院に行く為だ。もう自分は同じコートに立てないと心のなかで思った。というより、また誰かを傷つけてしまいそうで怖かった。先生に特に何も言わず、さようならと言って部活を帰ろうとした。というのは先生が私を追いかけてきて呼び止めたのだ。
「勝手に帰ったらだめでしょ。」
そして先生がたくさん慰めてくれたが私にはすべてが苦しかった。日は傾きあたりが暗くなったころ第一顧問の南先生が出張から帰ってきた。涙を流して春先生に呼び止められている私に近づいてくると一言言った。
「何してんの。」
それから長い話がまた南先生から始まってしまった。今はもう先生が何を言っていたかなんて覚えていないけれど、あの時から私は部活動にあまり行かなくなった。毎週水曜日、木曜日、土曜日のみだったテニスを月曜日から土曜日までびっしりいれ、日曜日には自主練もしくは試合、そしてたまに部活に行った。毎日家に帰ってくるのは10時を過ぎた。手首の負担もどんどん大きくなった。しかし始めは嫌だった練習も都大会が近づくにつれ、負けたくないという思いが勝っていき、練習もかなりやり込んだ。私には長くお世話になっているコーチが二人いた。佐々木コーチと山田コーチだ。二人には手首の事を伝えていたので少し心配されてしまったが、私は練習をやめなかった。
そして迎えた都大会。結果は2回戦敗退。なんとか1回戦は勝てた。2回戦は完全な実力不足だった。でもくいは残らなかった。それがきっと神様が与えてくれたご褒美だと思った。痛いのを我慢してテニスしたんだから、それだけの見返りをもらえたつもりだった。そして私はテニスを一時的にやめる事になった。本当はまだまだしたかったが、これ以上は危険だと思い諦めた。1ヶ月の休み。その一ヶ月は今まで急がしすぎた毎日から突然時間ができてしまった為、物足りない毎日になった。しかしそれは確実に私の手首を回復へ向かわしてくれた。完全に休むこと1ヶ月。手首の痛みはすっかり消えてなくなってしまった。テニスへのストレスは無くなり、また楽しくテニスができるようになった。そして月日は流れ、冬の試合シーズンへと突入した。団体戦があり、個人戦がたくさん重なる時期に間に合えた事がうれしくて仕方なかった。しかしこのとき私はまだ知らなかった。本当の闘いは今からだという事を。