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将棋道場の饅頭姫 その1

 ふかしたての饅頭が、将棋盤の前に座っているのかと思った。


 まん丸い顔、プクプクしたほっぺた、ポヤポヤした髪の毛。眉毛なんかもう、あるんだかないんだかよくわからない。細い一重まぶたのなんだかちょっと眠たそうな目をパチクリとさせている下には、適当に粘土をちぎってペチャっとつけたみたいなちっちゃな鼻がちょこんとくっついてる。唇はプックリしてて、普通にしててもなんだかちょっととんがらせてるみたいに見える。手もプクプクしてて指なんかびっくりするくらい短くて、爪なんかもう、玩具の人形の爪より小さいくらいに見えて。


 なんだこいつ、と思って隣を見たら、ふかしたての饅頭をそっくりそのまま二倍にしたようなデカ饅頭がドーンと座ってた。栗色のクルンクルンした巻き毛は、茶髪かと思ったけど色むらとか全然ないからもしかしたら地毛かもしれない。顔は、隣にいるチビ饅頭にびっくりするくらいそっくりで、たぶんチビ饅頭のパパなんだろうな、と思った。黒いレザーの指ぬきグローブをはめてて、それをなんだか自慢げに見せびらかしてて、他のところは全然見なくても、もうそれだけで、ああ、こいつは中二病の悪いところだけを丹念に集めてじっくりコトコト煮込んでそのうえ3年くらい寝かしたようなやつなんだな、と、思った。


 小学4年生でそんなことを思っていたんだから、つまりはまあ、僕も立派な、クソ生意気な可愛げのないガキンチョだった、というわけだ。


「おー、おめえ、初めての顔だな」


 デカ饅頭が偉そうに僕に言った。デカ饅頭は、たぶん、20代――前半、かな? と僕は思った。今だってそうだけど、あのころはもっと、僕は他人の歳を当てるのが苦手だった。

 まあ、その時は、僕の予想は当たっていたわけだけど。


「よろちくおねがいちまちゅ!」


 って、チビ饅頭にペコリと頭を下げられて、僕はあきれ返った。なに言ってやがんだこのチビ饅頭は。なにが、「よろちくおねがいちまちゅ!」だ。いいか、将棋ってのは、おまえみたいなガキンチョが、遊びで出来るようなもんじゃないんだぞ!


 ――なんてことを思う小学生っていうのは、なんというかまあ、実に可愛くないなあ、と、今の僕は思う。

 たぶん、あのころ僕の周りにいたほとんどの人達も、同じように思っていたんだろうなあ、と思う。


「なあ、おい、歩はなしでいいよな?」


 なんていうとんでもない言葉とともに、デカ饅頭がこともあろうに、『歩』抜きで盤上に駒を並べ始めた。僕は再びあきれ返った。なに言ってるんだこのくそデブ(言い忘れたが、デカ饅頭はでっぷりと太っていたのだ)、『歩のない将棋は負け将棋』という有名な言葉を知らないのか。いったいどこの世界に歩なしで将棋を指す馬鹿がいるというんだ。


「勝手なことしないでください」


 僕はブンむくれて、目の前のくそデブデカ饅頭をにらみつけた。


「あ? んだよ、おまえ、どーしても歩がないとダメか?」

「逆に聞きますけど、どうして歩なしで将棋を指そうとしたりなんかするんですか?」

「だって、そうしねえとあめが疲れちまうんだもん」

「……あめ?」

「そー、あめ。俺の妹」


 そう言いながらデカ饅頭は、隣のチビ饅頭の頭を、僕がちょっとハッとしたくらいに優しく撫でた。チビ饅頭が、デカ饅頭を見上げてニコニコ笑う。


「まさか――その子に将棋を指させるつもりですか?」

「とーぜん。だって、俺、そのためにここに通ってんだもん。あめといっしょに」

「パチパチ、しゅきー!」


 チビ饅頭がニコニコ笑いながら、パチパチ手を叩いた。


「……拍手が好きなの?」

「あー、違う違う。こいつ、将棋のことを『パチパチ』って言ってるんだ。ほら、盤に駒を置く時、パチパチ、って音がするだろ。だからだと思う」

「……『将棋』っていう言葉もろくに言えないのかよ……」


 僕はなんだかものすごく脱力した。いったいなんなんだこの将棋道場は。なんでこんなでたらめなやつらの出入りを許してるんだ。


 と、そこまで考えて、その当時の僕はこう思った。


 ああ、そうか、将棋道場には年寄りが多いから、このチビ饅頭が贔屓にされて、ものすごく甘やかされてるんだな、きっと。


 今にして思えば赤面ものだ。だって、僕がそう思ったその言葉は、そっくりそのまま、全部ぼく自身に跳ね返ってくる言葉だということに、その当時の僕はまるっきり気づきもしなかったんだ。


 でも、とにかく、その当時の僕はそう思った。


 で――デカ饅頭にはきっと、そんな僕の思いとか表情とか、そういうのは全部、すっかり丸わかりだったんだろうと思う。


「おまえ、あめがチビだから甘やかされてると思ってるだろ?」


 デカ饅頭はニヤリと笑った。


「俺だって、そりゃ否定しねえよ。あめはチビだし、愛想がいいからジジババ受けはぶっちゃけチョーいいよ。けどな――何度も言わせるなよ。あめは、ここに、将棋を指しに通ってるんだ」

「……手加減、出来ませんよ?」

「上等」


 デカ饅頭はニヤッと笑った。


「で? 歩なしでいいよな? あめは将棋の天才だけど、なにしろまだ3歳だろ? しかも、あめ、ほんというと生まれた時からずっと、体が弱いんだよ。だから、すぐ疲れちまうんだ。歩があると、勝負がつく前にあめが疲れておねむになっちまうんだよ」

「知りませんよ、そんなこと」

「ま、そりゃそーだよな」


 デカ饅頭は平然とそう言い放った。


「まあ、おまえがどーしてもって泣いて頼むなら、渋々歩のある将棋でやってやってもいいけど」

「……別に、歩なんかなくったって僕が勝ちますし」

「だってよ、あめ」


 デカ饅頭は、チビ饅頭の頭を撫でながらニヤリと笑った。


「パチパチ、しゅるー?」


 チビ饅頭が――デカ饅頭の言葉によると『あめ』という名前で、しかも、『妹』だっていうんだから女なんだろう、これでも――デカ饅頭を見上げて細い目をパチクリさせる。


「ああ、このおにいちゃんが、いっしょにパチパチしてくれるってさ」

「おうしゃま、ちゅかまえうー!」


 チビ饅頭はうれしそうにニコニコ笑いながら僕に向かって意味もなく手をふった。


「……捕まるもんか」


 僕は、いかにも大人げなく、渋い顔でそう言い放った。

 まあ、あの当時の僕は本物の子供だったから、仕方がないと言えば仕方がないことなのかもしれないけど。


「あんまりあめを甘く見るなよ?」


 デカ饅頭は、いかにも自信たっぷりにニヤニヤと笑った。


「あんどーあめでちゅ! よろちくおねがいちまちゅ!」


 チビ饅頭――あめは、そんなことを言いながら、またまたペコリと頭を下げた。


「俺は安藤琥珀あんどう こはく。さっきも言ったけど、雨の兄貴だ。親父じゃねえぞ? 親父はうちにいる。通称、暗黒腹黒陰険粘着糸目だ」

「誰も聞いてないです、そんなこと」

「おーおー、おまえ、うちの親父にちょっと似てるな」


 デカ饅頭――琥珀は、なんだか妙に楽しそうにケラケラと笑った。


「――で?」

「え?」

「おいおい、俺らおまえにきちんと自己紹介してやったんだぞ? ここは、おまえも自己紹介しとくのが筋ってもんだろ?」

「…………」

「あーあ、最近の若いやつは自己紹介もろくに出来ねえのかー。ったく、嘆かわしいなー」

「……赤石陸翔あかいし りくと

「よし、偉いぞ!」


 琥珀は、ふんぞり返って偉そうにそう言った。


「あめ、このおにいちゃんはな、りくと、っていう名前なんだって」

「う? ……りーと?」

「違う違う。り・く・と!」

「……りくにぃ?」

「うん、ま、それでいいだろ」

「勝手に決めないでください」

「んだよ、じゃ、おまえに他になんかいいアイディアでもあんのか?」

「……別に、ないですけど」

「じゃ、いいじゃん」


 琥珀はニヤニヤ笑いながら、あめの頭を優しく撫でて、あめのプクプクしたほっぺたをプニッと突っついた。


「あめ、りくにぃとパチパチしゅるー!」


 あめはうれしそうに笑いながら、またもや小さな両手をパチパチと打ちあわせた。




 それが、僕とあめとの――『将棋道場の饅頭姫』との、最初の出会いの始まりだった。

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