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文芸春館のノンフィクション部門新人賞選考結果。ウェブサイトを開くと、二次選考を通った作品のタイトルと作者名が記載してある。そしてそこに間違いなく『百瀬さくら』の文字があるが、タイトルは『未定』となっている。当然、題をつけずに投稿した俺のせいである。
--審査員は最後まであの作品を読んだのだろうか。現実にあるとは考えられないようなストーリーが、特に後半のクライマックスあたりで散々繰り広げられているはずの小説。そんなものが何故、ここに作品名を記すことになったのだろうか。
ページを見ていると、二次選考通過の21作品の選評があることに気付いた。この次の最終選考に向けてのものだろうか。早速俺は『未定』の選評を読むことにした。
『小説として読んでみたときに感じるのは文章力の高さ。どの場面、どの人物を思い浮かべてもすんなりと浮かぶ。綺麗な日本語を使いつつも若さを感じられる文章力に魅せられる。評価せざるを得ない点もあれば、タイトルがない点や部門違いと言える物語もあり、最終は厳しいか』
非常に短い文ではあったが、およそ想像通り。評価を受けたのはやはり文章力だった。百瀬の書く小説はあまり読んだことはなかったが、読書感想文であれ、卒業文集であれ、文章という点については常に非の打ち所がなかったのだ。
しかしやはりネックなのは内容。決してノンフィクションと言えないファンタジーな締めがある限り、この部門でこの物語が評価されることはないのだ。一次選考を通るとも考えていなかったのでかなり驚いたが。
選評を見て落ち着きを取り戻した俺だが、心にはどこか『期待はずれ』と感じるものがあった。電話の内容から、自分の知らないところで百瀬が動いていたのではないかという、淡い期待が生まれてしまったからだろう。似たようなことはここ最近で何度かあったが、いつもそれは期待はずれに終わってしまっていた。今回同様にだ。
まだ、俺は待っている。百瀬が現れるのを。もしかしたら、桜の木はあの場所になければならないという条件があったのかもしれない。木を植え替えても、百瀬が俺達の前に現れなかったことを考えれば、そういった『思い違い』がどこかにあったのではないかという結論が導き出せる。
それでも、心のどこかで生きる『期待』は消え失せてはくれない。何か百瀬にも姿を現さない理由があるのではないかと考えることで、期待を希望にすりかえながら待ってしまっている俺がいるのだ。
そう。今回だってもしかしたら百瀬が何か小説を書いて投稿したのではないかと思った。俺と和哉しか知らない『現実とは思えない現実』だけでなく、実際に起こっていない結末に終わっているあの物語が選考に残るはずがないと思っていた。
結果として、文章力が評価されて選考に残るという予想外の展開に落ち着いただけで、そこに百瀬の姿が見えたわけではなかった。残念だ。
パソコンのモニターの電源を切り、ベッドに寝転ぶ。つい先ほどまで惰眠を貪っていた寝床はまだ温かい。冬もそろそろ終わるのだが、まだまだ寒さは去ってはくれない。明日からもう少し温かくなるだろうという何の根拠もない予測は、翌朝には裏切られてしまい、何度も何度もそれを繰り返す。
あと少しで訪れる大学受験の合格発表。百瀬と同じ大学に進学できるかどうかという分岐点であったはずの受験の結果が、まったく待ち遠しくない。まだ割り切れない自分の感情を、どこにぶつけたらいいのだろう。天井がやたら高く感じる。
何もかもに全力で取り組むと決めたが、自分との約束である以上、それは見返りを求めてはいけないこと。そう理解しているつもりであったが、大切な人が帰ってこないという現状を打ち破れないことに苛立ちを感じているのも事実だ。
考えているうちに気分はどんどんと落ちていき、涙が零れ落ちそうになったが、睡魔にそれを遮られた。
再び目が覚めると、時刻はすでに正午を回っていた。受験勉強から解放されてしばらく経つが、こんな自堕落な起床は久しぶりだったりする。目をこすりながら洗面所に向かう。
今日は日曜日だが、特に予定もない。平日であれば卒業式の予行練習の為に学校に行かなければならなかったりもするのだが、それすらもない、本当に『何も予定がない』日だ。今日一日をどう過ごそうか。
歯磨きや洗面を終えて部屋に戻る。時刻で言えば昼飯時なのだが、起きたばかりの胃はそれを望んでいない。ごろごろしながら時間でも潰そうかと思い携帯電話を手に取ると、着信があったことに気付いた。
つい先ほど、洗面所に行っていたときに着信があったようだ。なんともタイミングが悪い。電話をくれた相手はどうやら吉見さんだったようだ。今日は植木屋も仕事がないはずなのだが、何かあったのだろうか。
特に何も考えず電話をかけ直すと、3コールほどで繋がった。
『はい吉見です』
「お疲れ様です。何かあったんですか?」
『そうそう。桜の木のことなんだが』
「あ、はい」
『来月、しっかりと花が咲きそうだよ』
吉見さんのその言葉を受け、喜びがじわじわと沸いてくる。なんという言葉で返すべきなのだろうか。
「あ、本当ですか?」
疑っているわけではないのに、このような言葉しか浮かんでこなかった。
『うん。順調だね。よかったら見に来るといい』
「ありがとうございます! すぐ行きます!」
電話が切れたのを確認し、携帯電話をしまう。今日の予定が一つ出来た。




