~51.
センター試験は自分が想像していたよりも手強くなかった。勿論、毎日頭から湯気が出そうな程に勉強を重ねてきた末の感想だ。そして俺は志望の学部を文学部から経済学部に変えて入試を受けた。百瀬が志望し、推薦を突破したあの経済学部である。本人が入学手続きを行ったかは不明であるが。
「あと1ヶ月くらいやなぁ」
「どう見ても、綺麗に咲くよなこれ」
「夏樹の桜も咲くとええんやけどなぁ」
「大丈夫。多分受かってる」
土曜日は吉見さんの植木屋でアルバイトをさせてもらっている。和哉も一緒にやり始めたのだが、大学に入っても続けるのは多分俺だけだろう。こうしてバイト終わりに、植え替えた桜の木の近くに座り込みながら他愛もない話をするのは毎週のことだ。
「そういや、和哉バスケ留学みたいなもんはどうすんだ?」
「ああ、やるで。ただ留学とはちゃうな」
「そうなのか」
「年に何回か向こう行って、向こうの大学でアメリカ人とプレーするだけやな」
「ふーん。アメリカのリーグとか目指してないのか?」
「んなもん俺が行けるわけないやろ。フィジカルの強い本場のバスケで育ってきた日本人やったら、背が低くても通用する技術を身につけられるかもしれへんけど。日本人のバスケとはレベルが違いすぎる」
「なるほど。向こうは俺らが思う『背が高い』のレベル超えてるしな」
「向こうの技術を日本に取り入れる。それが課題や。実際、背が低くても活躍してる選手もおんねん」
将来の夢があるということが、うらやましい。まだまだ明確ではない俺の未来像を、大学生活でしっかり固められれば、俺も今の和哉のような活き活きとした表情で夢を語れるだろうか。語りたいね、そうなれるよう努力するよ。
「……夏樹」
「ん?」
「最近表情が明るいな」
「そうか?」
「受験終わったからか?」
「かもしれないな。それに、良い意味で忘れたんだ」
「……さくらのことか」
「ああ。百瀬のこと、真実を知っているのは俺とお前だけだ」
「せやな」
「俺ら、今後の人生でそんな不思議な出来事に出会えるか?」
「さすがにないと思うで。あっても困る!」
和哉は清々しく笑った。百瀬がいなくなってから3ヶ月ちょっとか。実際それだけしか経っていないんだと思うと、この3ヶ月はとても長く感じた。
「そんなファンタジーを受け入れたら、なんだか現実がちょろく思えてきてさ」
「ありがたいな、さくらの置き土産は」
「死んだみたいに言うな。消えたんだよ、あいつは」
「せやった。すまんな」
「いいさ」
きっとこれ以上胸を抉られる様な出来事はないだろう。この歳にしてもし、人生最大の悲しみを味わったのだとしたら、もう何も怖くないじゃないか。きっとそんなに現実は甘くないだろうが、百瀬に感謝できる形で記憶に刻みたいのだ。
夕日が沈み始めたオレンジ色の空。和哉は立ち上がり、背伸びをし、ズボンについた砂を叩いた。
「おし、じゃあ帰るか」
「そうだな」
「あ、そういや夏樹仮免のテストいつなん?」
「明後日だったかな」
「俺もや」
教習所の話をしながら自転車に跨り、夕焼けの田舎道をだらだらと進みながら帰路に着いた。
明くる日の朝、マナーモードになっている携帯電話のバイブで起こされた。着信音が鳴り響かないとはいえ、机の上に置いた携帯の振動は非常にうるさい。過去何度もそれに眠りを妨げられている。
携帯を手に取り着信を確認すると、普段まったく連絡を取っていない人物の名前がそこにあった。夏休みから文化祭にかけて世話になった映像部の部長だ。
「はいもしもし」
『あ、おはようございます。すいません、寝てました?』
「大丈夫だよ、今起きたとこだ」
礼儀正しい一つ下の後輩の声を久しぶりに聞いた。部活動は順調だろうか。それにしても急にどうしたのだろう。
『あの、百瀬さんのことなんですが……』
「うんうん、どうした?」
和哉と俺以外の人間には百瀬が入院したことになっており、学校側にもそう伝えてある。中には見舞いに行きたがっている同級生もいたが、それっぽい理由をつけて断っていた。百瀬が学校に来なくなってからしばらく経った今、百瀬のことを尋ねてくる人も減ってきたのだが……。
『知ってました? 入院中でも小説書いていたみたいで、選考に残ってるんですよ』
「……え?」
『文芸春館のノンフィクションですよ。よく映画とかが作られるあの』
「あ、ああ……」
『あ、やっぱり知ってたんですね! すごいなぁ、さすが文芸部部長をやってただけのことありますよね!』
耳を疑った。その小説が存在すること自体は知らないはずがない。だがあれは間違いなく『ノンフィクション』部門への投稿だった。選考に残るだなんてありえない。
『すいません朝から。なんだか驚いちゃって、ついつい宮本先輩に電話してしまいました』
「うんうん、そら驚くよ。俺も驚いた」
『ですよねぇ。最終まで残るといいですね。では、失礼します』
電話が切れた。急いでパソコンを点ける。




