~50.
--みっともない。涙を流すたびにそう思ってきた。けれどもこの耐え難い現実を受け入れるには、俺はまだ幼すぎたのかもしれない。今ここで崩れ落ちたのは、体だけじゃない。
落ち着け。そう自分に言い聞かすのはこれで何度目だろう。その度に、落ち着いた自分を装うのに、段々と疲れてきた。本当の意味で落ち着けるときが来るのは、いつのことだか予想もできないのに。
行き場のない悲しみや怒りを自分に向けることで一時的に何かが解決できるとしても、消化には時間が必要だ。自分以外の何かに、このなんとも言えない衝動をぶつけることができれば、また違ってくるのだろうか。
百瀬の部屋に戻り、あの原稿を再び手に取る。こんな駄作を、俺は許せない。もっと、気持ちの良い結末を。いや、ヒロインが報われるハッピーエンドで締めてやるべきだ。失った辛さを乗り越えた主人公が悲劇のヒロインを助けることができて、それで二人が再開して幸せになって終わり。現実じゃなくて、誰かが思い描いた物語ならば、そう締めくくったっていいだろう。
何故か熱くなっていた。ペンをとり、ワープロで印字された文字の横に手書きで物語の続きを書き始めた。まず、百瀬がいなくなってから俺が何をしたのかから書いて、そこから先は妄想でいい。この物語が、全て現実である必要なんかどこにもない。
--大体なんだ百瀬の奴。幼馴染を主人公にして自分を悲劇のヒロインにするだなんて、バカじゃないのか。現実で起こった出来事なんてどれだけ面白おかしく書いても結局は現実でしかないんだぞ。事実は小説よりも奇なりだと? アホかそんなことを言い出した奴は。何でも出来る小説の世界を何だと思ってる。
筆が止まらない。綴っている内容は、ただの俺の希望に過ぎない。受け止められないこの現実を無視した、百瀬が倒れたあの日からの平行世界である。駄作に駄作を継ぎ足すようなことをして百瀬には申し訳ないと思うが、俺が読者の一人として、物書きの一人として、そして主人公として、良い結末が欲しいと感じるのは間違っていないだろう。
--物語の主人公は、見事ヒロインの消失を食い止めた。ご都合主義上等の物語は、そうもいかない現実を見下すかのように綺麗に締めくくられた。これでいい。俺はバッドエンドも大好きなクチだが、この物語はハッピーエンドであってほしかったんだ。ペンを置くと、窓から差し込む陽射しが普段よりも眩しく見えた。
朝を迎えて現実に戻った俺は、その原稿を持ち出して部屋を出た。この物語を誰に見せたいわけでもない。もう小説は書かないと決めたのに、また書いてしまった。この思い通りにいかない現実にむしゃくしゃしているだけだ。
玄関を開けて外の空気に触れると、その冷たい空気に冬を思い知らされた。こんなに寒い朝を迎えることになるとは、数時間前は思っていなかった。本当ならば今頃自分のベッドで深い眠りの真っ最中だったはず。もはや数時間後すら思い通りにいかない現実だ。腹が立っても仕方がない。
自転車を漕いで家に着く。出るときはコソコソとしていた玄関だが、帰りはもはや堂々としている。階段を駆け上がる音も気にせず、部屋のパソコンの電源を点ける。
インターネットのブラウザを立ち上げ、検索の窓に『ノンフィクション小説』と打ち込んだ。この等身大のストーリーに見せかけた妄想ファンタジーを、あろうことかノンフィクションのジャンルに投稿してやろうという魂胆だ。
結末が事実として起こってないということ以前に、桜の木が切られてヒロイン消失という『ありえない話』を、ノンフィクションだと信じるわけがない。審査するためにこの原稿を読んだ人間は、自分が想定する範囲の現実という指標をもって、この作品が全てフィクションであると判断するだろう。
それでいい。誰もが起こりえないと思うその出来事を、目の当たりにした俺や和哉がいるということ。常識の範囲では考えられない現実、こんなの嘘だの一言で済ませてしまえるような現実を、俺たちは受け止めた。それでいい。
他の目的を強いて言うならば、百瀬がこの世に残した作品を、作品として形にできたと証明したいのかもしれない。むしゃくしゃしていて、正直なところ曖昧だ。
大きめの封筒に宛先を記入し、作者の名前を百瀬さくらとした。発送元も百瀬の実家の住所を記載し、近くのポストに投函した。なんだかやっと、現実に帰ってきた気がする。
現実の俺の人生や生活そのものなんて、面白くもなんともない。でもその中には一喜一憂する場面も、予想だにしないどんでん返しもあって、それを乗り越えて生きていかなくちゃいけない。もう希望は物語の中の俺に叶えて貰ったのだから。
現実は淡々とページをめくり、あの小説とは違う物語を展開していった。




