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~47.


 日が短くなった。肌寒さと白い息が冬の始まりを告げている。たった今ここで新たにその生命を育むことになった桜の木は、この冬を乗り越えてまた蕾をつけることができるのだろうか。

 作業は終了し、吉見さんは帰宅した。疲弊した俺たちはそれからしばらくここで座り込んでいる。


 『後は、花を咲かせられるかだね』


 作業を終えた吉見さんのその一言が頭から離れない。今の俺にやれることはやった。全力を出してやった。だが、この胸に残る悔いは、もう一度百瀬に会って伝えるべきことを伝えて初めて消化できる。


 「夏樹」

 「ん?」

 「あとは、祈るだけや」

 「……ああ」


 全てにおいて正しい手順を踏み、最善の策を打ったとしても上手くいかないことはある。結果というものは、常にそういった過程との矛盾と隣り合わせにあるのだ。

 俺は未熟な自分よりも、その道のプロである他人を信じた。これが最善の策だったことは間違いない。


 「明日の昼、百瀬が姿を現してくれるはずなんだ」

 「……せやな」


 自分の終わりであるはずの時が来ても、まだ生きている。その事実を知ったならば、百瀬は俺たちの前に現れるだろう。不安で不安で仕方がないのは俺だけじゃない。そこにいる和哉も、いつその命が絶えるかという恐怖に怯える百瀬も同じだ。


 「腹減ったな。もう夕飯時だ」

 「随分寒いしなぁ。帰るか」

 「またな、百瀬。寒いから気をつけろよ」

 「明日、待っとるで」


 桜の木に話しかける男子高校生二名。非常に滑稽な風景であるが、俺たちは至って真面目であり、至って正常である。これでまた、俺にとって当たり前であった『幸せな日常』が帰ってくるはずなんだ。吉見さんの家の大きな門の前に停めた自転車の鍵を開け、ペダルに足を掛けた。




 --結論から言えば、その翌日に百瀬が現れることはなかった。教室で崩れ落ちる百瀬を見たクラスメイトは状況を俺に尋ねてきたが、当然真実を告げることはできない。ただの体調不良であると伝えると、安堵の表情を浮かべていた。俺も、そんな顔で今日を迎えたかった。

 百瀬のいないまま訪れた師走も、もう一週目を終えてしまう。あの日から二週間が経とうとしている今日も、俺は自分の中で決めた誓いを守っている。塾の日数を増やし、自宅での勉強時間も増やした。目先にある大学受験という課題に向けて、俺は全力でその準備を行っている。

 和哉も悲しい表情ひとつ見せなかった。百瀬がここに帰ってくると信じている俺達は、言わずとも嘆いたりはしない。あれから勉強しすぎで頭の中がパンクしてしまいそうだが、そうでもしないと不安に押しつぶされてしまいそうというのが実のところである。


 家の中にいても寒い。暖房器具のデビューはもうそろそろだろうか。ここ最近は灯油販売の車もよく見かける。これから更に冷え込む朝が来る。布団から出られない朝を迎えるために眠りにつくということが、憂鬱に思えてくる季節がやってくる。

 時刻はすっかり深夜を回り、家の中も静かになった。手元にあったセンターの過去問も全てやり終え、ようやく一息つけると思ったらこの時間だ。出窓から外を見ても、もう明かりが見えない。明日が土曜日とは言え、もう誰でも眠りについている時間だ。


 一階に降り、温かいコーヒーを淹れる。この行動の示す通りまだ寝るつもりのない俺は、外に出ようと考えていた。こんな時間に外を出歩くなんて、親が起きていれば間違いなくどやされるだろう。しかし、そんな背徳感と隣合わせだからこそ夜の散歩は気持ちがいいのである。

 厚めの上着を着て、手袋と自転車の鍵を手に取る。静かに玄関のドアを閉め、静かに鍵を閉める。親が起き出して来ないことを確認すると、俺は自転車を出した。


 なんとも冷たい空気だ。寒い中、厚着をして自転車に乗るのはどうしてこうも気持ちいいのだろう。これが手袋なしだと一転して辛いものになってしまうのだが、今日は指先まで温かい。

 風を切りながら向かった先は、お花見公園のあった工事現場。今更特に見るものもないのだが、工事がどこまで進んだのか少し気になったのだ。

 そして目的地に着き覗き込んだはいいものの、その現場を見ただけでは工事の進行具合などは素人の俺には理解できなかった。強いて状況を述べるならば、最後のソメイヨシノがあったあの日から随分とすっきりしているということぐらいだ。来年の春に完成ということもあり、そこらに家の土台らしきものも見受けられる。


 気分転換というわけでもないこの夜の散歩の次の行き先を、学校に決めた。もちろん中に入ることは出来ないのだが、この片田舎、目的地となるようなものが非常に少ない。少ない選択肢から選ぶとすれば、夜の学校という非日常的な光景が妥当と判断したのだ。

 暗い道を走る。真夜中のツーリングは、まるで世界に自分一人しかいないような開放感がある。自分が車よりも早く道を進んでいるような感覚は、昼間では味わうことができない。


 正門の前に着いた。無論、着いただけである。外から校舎を眺めただけで、次の目的地を選ぶ。

 あの桜の木の元に行くか、和哉の家にアポなしで行ってみるか……。行き先を考えている間、足を止めていたのが悪かった。まるで世界に自分一人しかいないような感覚は、開放感から悲壮感へと変わっていき、暗い夜は果てない闇へと変わっていった。

 --俺は一体何をしてるんだろう。涙が、温かい。

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