~43.
俺の予測が間違いなければ、あの桜の木はまだ切られてなんかいない。工事現場の人間が夕方5時まで現場にいることはわかっている。
現時刻は午後12時45分。この時間に現場の人間が着替えも済ませてこんなところにいるということは、あの時から作業が進んでいないに違いない。
「……夏樹、お前それホンマに言うてる?」
「冗談に聞こえるか?」
「聞こえん」
「百瀬はまだ生きてる。死ぬところを見せない為に姿を消したが、どこかにまだいるのは間違いない」
馬鹿な話だ。なんて馬鹿な話なんだ。法律のことはよく知らないが、犯罪に当たるのだろうか? どうだろうな。どうせ切られる木をどこかに植え替えるだけだ。エコロジストの気まぐれだろうが。
「和哉」
「なんや?」
「お前は俺を止めるか?」
常識人の前川和哉。でもそれ以上に友達想いの人情に厚い前川和哉だ。そして何より、俺の親友の前川和哉だ。お前は俺を許すか。どうなんだ。
手に持ったカップに一口つけ、一息置いて真剣な目で俺を見返した。
「もしもの話や」
「ああ」
「途中で夏樹がやっぱりやめようなんて言い出したら、俺はお前をどつく。それでええな」
「……もちろんだ」
さすが。やるしかないもんな。まだ俺にできることがあるなら、それがどんなことでもやるべきなんだ。
--俺はもう一度会いたい。百瀬さくらにもう一度。百瀬はまだ生きているのだから。どこかで。
いてもたってもいられなくなった俺達は、とりあえずあの現場に向かうことにした。
元お花見公園。現工事現場。数々の思い出を作ってくれたこの場所に、今日は珍しく希望を抱いて駆けてきた。
置きっぱなしの建設機械、雨に濡れた工具。もう終わる工事と見たのか、今日は丁寧に片づけたりはしなかったようだ。
「誰もおらへんな」
「ああ。さっきのファミレスで現場の人間を見た。あの時は雨が降っていただろ? でもさっき見た奴は濡れていないどころか、着替えも済ませていた。工事が中止となってから数時間は経過している」
「なるほど。ならあの時から何もしてへん言うことか」
「おそらくな」
敷地に張り巡らされた薄い青色のネット越しからでも見える。寂しく1本残った小さめの桜の木が、気のせいか安心しているように感じられる。
ネットを潜り抜け、その木の前までやってきた。工事が中断したからなのか、残されたソメイヨシノは根の周りを深く掘られている。
「何度も言う。これは馬鹿な話だ。花の散ったこのソメイヨシノが俺の幼馴染だなんて、一体誰が信じる。俺はもはや正気じゃない」
「まぁ。ちっとくらい狂っとった方が人間らしいやろ」
湿ったそのソメイヨシノに手を当て、目を閉じる。こうすればもしかしたら、まだどこかにいるアイツに俺の気持ちが伝わるかもしれない。待ってろよ。お前は死なせない。お前だけは死なせない。
「そこのユンボ、鍵は挿しっぱなしか?」
「いんや、ちゃんと抜かれてるで」
「こういうところの建設機械は鍵を持ち帰らないケースが多い。ここが田舎だという点も踏まえるとな。挿しっぱなしでなくても近くにあったりするもんだ」
シートの脇についたポケットを探るとそこにキーがあった。不用心だと言ってしまえばそれまでだが、こんな事態になるとは誰も思わないだろう。
「そこのフォークリフトはどうだ?」
「こっちは鍵が挿しっぱなしや」
「ナンバープレートもしっかりついてるな。これなら公道を走ることができる」
夜中なら警察もいないだろうが念のためだ。無免許で走っていることがバレる可能性を考慮する前に、車両が法的に道を走ることができるかが大事だからな。夜になれば人っ子一人いなくなるような田舎だが、通行人からの通報の可能性をちょっとでも下げたい。
「で、夏樹さんはどういう考えを持ってはるんですか?」
「この木を……そうだな。百瀬の家の庭に植えちまうか」
「そうか、まだ売ってへんのかあの家」
「ああ」
「でも桜の木やで? 今はこのサイズでも、数年もしたら大木になる」
「百瀬には申し訳ないが、庭にある物置やら家庭菜園やら植木やら、全部とっぱらっちまおう。住宅が密接してるわけでもないし、木が成長してもなんとかなるかもしれない」
もし何か問題があればまた策を立てる。先手を打ってもいい。とにかく植える場所が必要だ。植物も土のない状態で放っておいたらさすがに死んでしまうからな。
「で、夏樹これ乗れるんか?」
フォークリフトを指差して和哉が問う。もちろん俺はこんなものに乗った経験などない。
「乗れなければ乗れるようになればいいさ。建設機械の講習ってたった3日程しかないんだぜ? それで免許もらえんだから1日でも半日でもどうにかなるさ」
「どうにかするしかないってのもあるわな」
そうさ。どうにもならないなんてことは想像していない。できる。やってみせる。それだけでいいんだ。
「今から教本を探しに行こう。ネットで調べてもいい」
「俺はどうしたらええ?」
「……木を植える準備が必要か」
「ん?」
「木の植え替えの時期としては、葉の落ちきった今が最適なはず。だが、事前の準備なくしてできるかもわからなければ、小さいとは言え18年ここで育った木を植え替えることができるのかもわからない」
「植え替えの専門知識の収集やな」
「ああ。それをお願いしたい」
和哉に危ない橋は渡らせたくない。計画に乗ってもらうこと自体が危ない橋なのかもしれないが、現場から木を持ち去る『実行犯』は俺だけでいい。
「ダメか? 無理に協力は頼まない。ささやかに応援してくれるだけでもいいんだぜ」
「アホか。そんだけでええんかっていう驚きや」
「……え?」
「もっと俺にも仕事させてくれへんかな。二人で組んでやったろうや」
俺の気遣いは余計なお世話であった。ここにいたのが和哉で良かった。俺の前の席に座ることになったのが前川和哉で本当によかった。




