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~41.

『前略 

この手紙を初めに見るのが夏樹だと信じています。なので、それを前提としてこの後の文章を綴りたいと思います。

まず初めに、いきなりいなくなってごめんなさい。でも、これは人が生きていく上での必然であって、私の運命。天寿なんてものは、自らの意思や健康状態なんて関係ないの。第三者からの干渉で失う命も、必然に近い何かなのだから。


夏樹は真実にたどり着けましたか? もしかしたらまだ辿り着いていないかもしれないから言います。私は、あのお花見公園に植えられた桜の木と命を共にしていました。私だけでなく、あの公園に植えられたたくさんのソメイヨシノは、百瀬家の血が流れた者全てと命を共にしていました。木に宿った妖精みたいなものなのかな。こんな非現実的なことを、夏樹は信じますか? 私個人としては、信じてほしいかな。じゃないと夏樹はきっと、失踪した私を探そうとする。探しても無駄だから、探してほしくない。

夏樹も和哉君も、私にとって大切な人です。だから別れは悲しい。でも、だからこそ最後に思い出を創ろうと頑張ってみました。自己採点では、良くできたと思っています。世界に一つしかない映画を、二人と一緒に作れて本当に良かった。それだけで、生きていてよかったと思えた。


あまり長く書いていると私も悲しくなってきちゃうからここまで。

遅くとも明後日には、公園の桜の木と共に百瀬さくらという人物は消滅します。世間的には行方不明ということになると思うけれども、時間が経てば、世間は忘れるでしょう。ちょっと辛かったけど、私は受け容れました。あの公園がなくなった後に出来る住宅街に住むたくさんの人たちの笑顔を思い浮かべれば、なんてことはないです。

じゃあね。夏樹。朝はちゃんと1人で起きるように。大学受験失敗したら許しません。

 草々』


 後半の滲んだインクは、涙でなければなんだというのか。こんな大事なこと、どうして言ってくれなかったんだろう。信じてくれないとでも思っていたのか? 悪あがきする時間くらい、くれてもよかったじゃないか。


「夏樹……。これがお前の言うてた『非現実的なこと』か?」

「ああ。紛れもない現実なんだけどな」

「二人とも様子がおかしいと思ったら、こんなことがあったんやな」

「嘘みたいだろ? 信じなくたっていいさ」

「嘘や冗談でボロボロ泣く夏樹を、俺は知らん」


 涙が止まらなかった。ずっと近くにいると思ってた百瀬が、消えてしまった。消えてしまうとわかっていたら、昨日の晩は帰らずにずっと百瀬と一緒にいてやったのに。むしろ、俺がそうしたかったんだ。百瀬の為なんかじゃない。俺自身がこんな別れを受け入れられない。


「さくら、ホンマにもういないんかな?」

「……この手紙の通りだろ」

「……そうか」


 小さく返事をした和哉の目にも、涙が浮かんできた。もしかしたらコイツも、本当は百瀬のことが好きだったのかもしれない。あのときの言葉は、冗談なんかじゃなかったのかもしれない。

 でもそんなこと、もう考えたってどうしようもない。矢印が向けられた相手がそこにいない以上、一方通行どころか行き止まりだ。


「信じられないだろ? でも俺はもう充分に信じる材料を得ているんだ。どれもこれも、思い返せば全てこれに繋がっちまう。百瀬の不自然な言動を思い出しても、何もかもがこのことにリンクしてる」

「間違いないんやな……。んなアホなこと……あるんやな」

「もう何もできない。何もしてやれない。どんなことをしたって、棺桶を磨いているようなもんだ」


 百瀬がいなくなって何が変わるのだろう。もはや、何もかも変わってしまう。これからやろうとしてたこと、この先伝えようと思ってたこと、もう意味がなくなってしまったのだから。

 手紙を握りしめながらみっともなくボロボロと涙を零す。人の家だってのに、感情が抑えきれない。どうしようもない。


「和哉……」

「……」

「俺さ……百瀬のこと好きだったんだ……」

「……知ってる」

「馬鹿みたいな話、俺自身それに気付いたのが昨日今日の話でさ……」

「……」

「なんで……なんで伝えられなかったんだろうな」

「夏樹……」


 言葉を使えば思い返す。思い返せば思い返すほど、後悔がこみ上げる。昨日の自分を殺してやりたいとすら思う。


「……自分の一番大切な気持ちをどうして言えなかったんだ! 好きだっていう一言が、どうしてもっと早く出てこなかったんだよ!」


 耐え切れずに、声にして叫んでしまった。自分自身の弱さや愚かさに腹が立つ。和哉に当たり散らしたって意味がないのはわかってる。後悔を越えた後悔が、千切れそうな心に圧力をかけた。俺は、とんだ糞野郎だ。


「……夏樹はなんも悪ない。仕方のないことや」

「……」


 和哉は俺を罵らない。わかってる。だから甘えてんだ俺は。自分の後悔を和哉に吐きだせば、慰めてくれるだろうって心の奥底できっと思ってるんだ。どこまで馬鹿なんだよ俺は。

 涙で潤んだ目をこすり、和哉は笑顔を作る。


「……ウジウジしててもしゃあない。さくらが見てたら、あいつも泣くで!」

「……」


 『アイツが見てたら』って、本当に死んじまったみてぇだな。確かに変わりはないんだけどよ。もうどこにも百瀬はいないのだから。


「俺、泣くのは帰ってからにするわ。とりあえず外でよか」

「……そうだな」


 何をしようか等と考える気持ちの余裕もないが、今の自分の状態が和哉にいらぬ心配を掛けていることはわかった。涙を拭き、立ち上がって家を出た。

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