~40.
自転車を漕ぎながら和哉に電話をかけ直した。呼び出し音が殆ど続かず、すぐに繋がった。
「もしもし」
『待ってた。とりあえず今から合流しよか』
「ああ。今どこにいる?」
『夏樹んちに向かっとるとこや』
よっぽど心配してくれていたのだろう。非常に申し訳ない。
「じゃあそこから学校に向かってくれないか? ここからしばらく掛かるけど、急ぐからさ」
『わかった。焦らんでええから、事故ったりせんように』
「了解」
電話を切り、制服のポケットに携帯をしまう。心がまた少し落ち着くと、雨がいつの間にか止んでいることにふと気付いた。大粒の雨はにわか雨であることが多いが、まさにそれだったようだ。
びしょびしょに濡れてしまっていた制服もすっかり乾き、汚れが目立っている。信号待ちの合間にそれをはたきながら、いつもより少し早くペダルを漕いだ。
考えることを止めながら自転車を走らせたからか、少し時間が長く感じた。向かう先に我が校の校舎が見えると、嫌でも考えなくてはいけないことが思い浮かんだ。
--和哉に、なんて話せばいいのだろうか。無論、真実の確認の方が先であるが、自分の中で出た結論が間違っているとは思えない。だがその非現実的でファンタジスタな妄想とも言える答えを、俺は和哉にまともな顔で伝えてもいいのだろうか。
正門の前に和哉が見えた。向こうもこちらに気付き、手を振っている。
「お疲れさん」
「心配かけて悪い」
「ええよ。せやけど、色々話も聞かなアカンな」
「そのつもりさ」
親友。コイツも俺のことをそう思ってくれている。その親友に、どこまで話すべきなのだろう。
和哉の自転車のかごには、いつもより多く物が入っていた。見覚えのある鞄とマフラー。
「それ、百瀬のだよな?」
「学校に置きっぱなしにしとくわけにもいかんしな」
「……ありがとよ」
「礼なんかええよ」
「とりあえず、百瀬の伯母さんの家に行こう。何かわかるかもしれない」
「何かって、夏樹もなんも知らんのか?」
「知らないというか、確信がない。今のままだとな」
「……とりあえず行こか」
察した表情でいてくれる和哉がとてもありがたい。
百瀬の伯母のマンション、百瀬が昨晩過ごした場所。少し遠いが、運動不足だった近頃のことを思えば丁度いいさ。
週明けに師走を迎えるこの国の関東地方。切る風は日に日に冷たくなっていく。道中、和哉が俺に訊ねてきた。
「なあ。何が起きてるかようわからんけど、俺にできることは言うて欲しいと思う」
いつになくイイ奴振りを見せる和哉に、返す言葉を探した。
「……もしさ」
「ん?」
「もし、俺が普通じゃとても考えられないような、真顔で言うのが恥ずかしいような、そんな馬鹿なことを言い出したら、お前はどうする?」
「笑う。馬鹿にする」
「そういうことじゃなくてだな、信じるとか信じないとか」
「ああ、信じるで」
「……軽いな」
「軽ないわ。夏樹が俺に信じてほしいて思うんやったら、信じる」
「……そうか」
杞憂か。くだらない心配は要らなかった。危うく大事な出来事を、自分1人の胸の奥にしまうところだった。和哉には感謝しなくちゃいけないな。
会話しながらもせっせと自転車を漕いだ俺達は、間もなく目的地に到着した。そこで、気付きながらも無視していた問題に和哉が触れた。
「家の鍵はあるんか?」
「……多分」
いつも通りなら、百瀬は鞄の外側のポケットに鍵を閉まっているはず。
まだ幼い頃、あいつは一度鍵を失くしたことがある。両親に失くさないようにと言われていたからなのか、そのことを真剣に受け止めていた百瀬は泣きながら俺と一緒に鍵を探した。結局、その鍵は見つからなかったのだが、それ以来百瀬は鞄に鍵を入れるようにしていたのだ。
「百瀬、悪いけど鞄開けるぜ」
いない百瀬に一言断ってから鞄のファスナーを開ける。鞄からかすかに百瀬の香りがした。
「あった。これで入るぞ」
「って伯母さんはおらんのか?」
「詳しくは後で話すが、百瀬の伯母さんはもうこの世にいない」
「……詳しくは後で聞くわ」
鍵を手にし、エレベーターに乗り込む。伯母さんの家の階に着くと、念のため他の住人がいないか確認しておく。泥棒だと思われたら最悪だからな。鍵を開け、つづいて扉を開いた。
「入るぞ」
「おう」
住人のいない他人の部屋に入るなんてことは初めてだ。馬鹿みたいに緊張するが、そんなことは言ってられない。昨日来たばかりの家なのに、状況や心境が全く違っている。
真っ先に百瀬の部屋に入ると、見慣れた机の上に寂しく一枚の紙が伏せられていた。綺麗に整理された机の上に、いかにも『見てください』と言わんばかりに置かれたその紙に書かれた文字を、目で読んだ。




