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~39.

 --人生で初めての、そしてこれからも来たくない場所。


「親御さん、もう着くみたいだぞ」

「……はい」

「罪を犯したわけではないが、もっと落ち着いて行動できる年齢なんだ。その辺はわきまえような」

「……」


 狭い部屋はテレビドラマで見るような薄暗い密室ではなく、蛍光灯の光と刑事さんの暖かさが灯っている。

 警察署の少年課。現場の人の通報を受けて駆け付けた警察は、異常な程に気が動転した俺をパトカーに乗せ、ここまで連れてきた。近年、覚せい剤などで逮捕される未成年も増えているからか、そういった質問も多くされ、検査もした。

 当然、俺の体からいわゆる薬物反応というものは検知されなかったが、何かの間違いで陽性反応が出てくれてもよかった。なんでだろうな。まだ何も確認してないうちに思い込みが確信へと変わっている。俺の妄想が現実になっているならば、このまま家に帰ってもやりたいことなんてないのだから。


 何も言わず、静かな取調室でうつむいた。心臓の音が大きい。いや、それしか聞こえないんだ。

 そこに紛れた一つの音、正確には振動がポケットから太ももに伝わった。携帯が鳴っている。バイブのパターンはメールではなく、電話のものだ。


「……電話、出てもいいですか?」

「ああ」


 念のため一言告げてから携帯を開く。今一番事情を聞いてほしい人間、そして一番頼りたい人間の名前が映っていた。そっと受話ボタンに指をあてる。


「……もしもし」

『こらこら。お前何してんねん。急に飛び出したかと思えば電話も出んし。今どこにおんねん』

「……警察署」

『……なんて?』

「警察だよ」

『だよ、ってお前……何してんねん! 今一番大事な時期やろが!』


 コイツの性格上、怒るのも無理はない。本気で心配されることが案外悪くないって思えたのも、この馬鹿と出会ってから。でも今の状況で馬鹿と言ったら、それは間違いなく俺の方な訳で。


「詳しいことは、またちゃんと後で話す」

『どうなってんねん。夏樹もさくらも……』

「……百瀬、あの後どうかしたのか?」

『ちょっと目離した隙に、鞄も何も置いてどっか行ってしもうた』


 --やっぱりか。今の俺は、和哉のその言葉だけで非現実的な事象を確信できてしまう。単なる早とちりでここまで狂った行動をした自分は愚か者だ。しかし、それが早とちりではなく結果的に『的を射た推測』だったとしたら、俺にそういった判断力や推理力があったことになる。しかし、あと少しでも早くその力を発揮できなかったという事実が、俺が無力だということ

を証明し、胸をしめつけてくる。


「……家帰ったら、全部話す」

『頼むで。お前とさくらに何かあったら、俺は箸も持てへん』

「サンキュ。じゃあまた」


 親友との短い電話が終わると、扉の向こう側から母親の声が聞こえた。もう着いたのか。なんて言えばいいんだろうな。どうやって誤魔化したらいいんだろうな。母さん、怒ってるだろうな。


「もうお母さんに心配かけるなよ。とにかく落ち着いてな」


 刑事さんの言葉に軽く会釈を入れて部屋を出ると、息を切らした母親がそこにいた。化粧もしていないところを見ると、相当急いで来てくれたんだろう。


「馬鹿なことして捕まったかと思えば、特に何もないって聞いて混乱したよ。じゃあ一体何したんだってのはまた後で聞くから、ちゃんと刑事さんに謝りなさい」


 怒っているのかそうでないのかよくわからない状態だが、本人も言うように混乱しているのは間違いないだろう。ごめん、心配かけた。


「ご迷惑おかけしてすみませんでした」

「いやいや、仕事なんでね」


 まったくその通りだ。俺は別にここにいる人たちに迷惑をかけた訳じゃない。なんていういつものひねくれた考えも、なんだか今はしっくりと来ない。心境が普段と違いすぎるし、どう考えても迷惑を掛けている。


 母親に対する申し訳なさと、いい年して母親と肩を並べて歩くこっ恥ずかしさを胸に、少年課の扉を背にした。



「工事も中断したそうだから、現場の人たちにも謝りなさいよ」

「……わかった」


 エレベーターの中で少しだけ言葉を交わし、外に出た。現場に駆け付けた警察官が俺の自転車を持ってきてくれていたらしく、前の駐輪場に停めてあった。


「じゃあ母さん先に帰ってるから、まっすぐ帰ってきなさいよ」

「うん」


 車で来た母さんはあまり感じないかもしれないが、意外とここから家までの道のりは遠い。学校までの距離の3倍くらいだろうか。白いセダンで去っていく母親を見て、近いうちに免許を取ろうと思った。


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