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~3.

「百瀬、今日チャリないの忘れてないだろうな」

「あ、そうか。夏樹に乗せてもらわなきゃ」

「漕ぐ気はないんだな」


 特に何をする訳でもなく狭い文芸部室で夕暮れどきを迎えたわけだが、今日は百瀬がはた迷惑なボケをかましてくれたおかげで一人で帰るわけにもいかない。

 まぁ置いて行って先に帰ってしまってもよかったのだが、そんなことをすれば後が怖い。


「ほんまに仲ええなぁ、二人とも」

「そんなんじゃねぇよ馬鹿。腐れ縁だよ」

「あ、馬鹿言うたらあかん。アホがええ」

「どっちでもいいんだよボケ」


 とりあえず今日はなんだか眠たいからさっさと帰って寝たい。布団に入ればすぐに夢の国へ入港できそうな気分だ。

 和哉とは正門で別れ、俺は再び百瀬を後ろに乗せてペダルを漕ぐ。こいつは本当に飯を食っているのかと疑問に思うほど軽い。女ってのはこんなもんなのかね。


「あ、そうだ夏樹。お花見公園寄ってよ!」

「なんで?」

「桜散る前にじっくり見ておきたいの」

「春休みに散々見ただろうが……」

「散り際の桜の花にはまた別の美しさがあるの」


 こいつは俺の眠気のメーターについて関心がないらしい。いつもよりも眠そうな表情をしているつもりなのだがこれでは伝わらないのだろうか。

 断るのがおそらく無駄とふんだので仕方なく目的地に連れていくことにした俺は、帰ってから寝るまでにかかる時間を計算しながらだらだらと自転車を進めた。


 5分ほどで着いたお花見公園は、放課後を楽しむ小学生達に溢れていた。その無邪気な笑顔に昔の自分を重ねようとしたのだが、携帯ゲーム機を手にしている様子を見ると上手くそれができなかった。

 時代の変化にも、これだけ綺麗な桜を差し置いて電子的な携帯ゲームに目を輝かせる子供たちにも、何とも言えない寂しさを感じてしまう。


「夏樹。これなんて桜か知ってる?」

「ソメイヨシノだろ」

「正解。じゃあソメイヨシノってどんな桜か知ってる?」


 知らん。と即答してもいいのだが、なんだかそれでは俺があまりにも無知な存在であるかのように捉えられる気がしてたまらないので、少し記憶を辿ってみよう。


「昔、本で読んだのは確か、江戸の染井村というところで育てられた桜を、吉野桜として売り出していたとかなんとか」

「そうそう。命名されたのは明治33年のことだったの」


 急に桜の話なんかするなんて、何かあったのだろうか。いや、こいつは昔からこうだったか。唐突にわけのわからないことを聞いてきたり、ふとその顔を見ると悩みに苦しんでいるような表情を見せたり。


「ソメイヨシノはね、種子によって自然に増えることがなくて、全て人工的に植えられた樹木なの」

「ふぅん」

「人工的に生み出された桜という説もあるの。それでね、他の桜に比べて病気にかかりやすくて、寿命も短い」

「短いって、どんぐらい?」

「約60年っていう説がある」


 植物ってのは随分と贅沢な生き物だな。60年で寿命が短いっていうことは、他の桜はそれ以上生きて当り前なわけだ。人間が必死こいて80年生きるのが馬鹿みたいだよな。


「病弱で、薄命で、それでもこんなに綺麗な花を毎年咲かすの」

「それが仕事みたいなもんだしな」

「夏樹はさ、一年に一度、こうやって輝ける?」

「うーん。やる気次第?」


 俺にとっての輝き、ってのがよくわからないもんでな。毎日だらだらと過ごして、たまに目をキラキラさせながら小説を書く。ここ数年はそればかりだ。


「地球温暖化が進んで、ソメイヨシノは環境の変化について来れていないの。日本で一番ポピュラーな桜が病弱なのは、ある意味人間のせいでもある」

「元々人間が生み出したんだったらしょうがないけどな」

「でも、結果としてたくさんの日本人がソメイヨシノを愛している。今この公園にもたくさんのソメイヨシノが植えられていて、私たちはこの桜を見て育った」

「そうだな。俺にとっての桜は、ここのソメイヨシノだ」


 学校でも道路沿いでも桜は見れるが、思い出の場所での桜吹雪は別格だ。ここの桜と共に刻んだ思い出は、年の数以上にあるだろう。


「ねぇ見て。この木」

「お、この木もやっと花が咲いたかぁ」

「去年からね。この桜、私たちと同い年なのよ」

「へぇ。俺なんかよりも立派なこった」


 桜が花を咲かすということが、人間にとってどのようなことに当てはまるのはわからない。ただこの木が自分と同い年というだけでなんとなく親近感が湧いていたりする。


「私もそろそろ花を咲かさないと」

「……そうか」

「何こいつっていう目で見ない! 本気なんだから!」

「はいはい。綺麗な花弁を楽しみにしてるぜ」

「うわ、絶対馬鹿にしてる」


 ふくれっ面の百瀬を見ない日はない。すぐ怒るし、意味のわからないことを言っては、無理にそれを俺に理解させようとする。でも、そんな昔から変わらないところがなんとなく心地よくて、結局今日まで一緒にいるわけだ。

 幼馴染ってのは面倒なものでもあるが、いなかったらきっと寂しかったんだろうなとつくづく思う。

 今日までの日々を共にした百瀬とも、さすがに来年は違う進路を歩んでいるだろう。そろそろ俺の学力が百瀬についていかなくなってきているし、将来の夢なんかもはっきりしてきているだろうからな。


 風に乗るソメイヨシノの花弁が、音もなく散っていく。

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