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~36.

 家を出る前に見たチラシのことを思い浮かべながらペダルを漕いでいると、身体は自然とお花見公園の方に向かっていた。通学の際に遠回りすることなく通過できるこの道は、いつもならば坂の関係で通ることはないのだが、今日は特別だ。


 遠目に見える作業員、作業車。公園の前に造作的に積み上げられていた桜の木も少なくなっている。今日で終いということだから、残されたソメイヨシノも今日でその命を終えてしまうのだろう。俺や百瀬と同じ年に生まれたあの桜の木も、これから大人になっていくはずだったのに。


 公園を通過する際にちらりと作業場の中を除くと、いかにもという雰囲気で工事の道具が並べられていた。作業開始までの時間を持て余す作業員たちはワゴン車の中でうなだれている。

 人間が暮らす為に、人間が造った物を壊す。一見無駄な行為にも思えるが、それはこの時代において至極当たり前なことであり、この作業員たちはそれによって生かされている。勿論、俺も似たようなものだ。


 天気が良くない。予報では雨は降らないと言っていたはずなのだが、なんとなく寂しい気持ちにされてしまったからか、雨が降る気がしてならない。傘は学校にも置いていない。



 ゆっくりと足を動かしたつもりが、気付けば校門が見える位置まで来ていた。自転車ですらこれ程便利なのに、何故人間はその先を求めたのだろう。行動範囲の狭い高校生には理解しがたいことだが、あの作業員達ほどに年を重ねれば疑問も消えてしまう。車や電車、飛行機なんてものが当たり前な世の中で生きていれば、自転車すら不便に思えてくるのだ。


 今だからこそ便利なその自転車を駐輪場に停める。いつもより20分も早く到着すると、いつも見ているはずの駐輪場がまた別の風景に見えてしまう。これ程早く学校に着いたのはおそらく初めてだ。閑散とした駐輪場まで届く野球部の朝練の声が響く。


 校舎に入ると、同じ学年の生徒がちらほらと見えた。今やっと、学校に来たと実感する。

 和哉も百瀬もまだ来ていないこの時間に学校に来るということは、いつにもまして口数の少ない朝を迎えるということ。既に教室にいるクラスメイトに挨拶を交わすと、まるで俺がこんなに早く来れるはずがないというような言いぶりで茶化してくる。自分でも変な気分だ。時計の顔が、いつもと違う。


 5分経つと数名、10分経つ頃にはいつもとあまり変わらない光景が映っていた。早起きのせいで少し眠気が差したところを、鈴の音で引き戻される。


「めずらしく早いなぁ。病気にでもなったんか?」

「どんな病気だよ」

「早起き病。夏樹、年寄りになったんちゃう?」

「たまたま目覚めがよかったんだよ」


 いつもより少し早く着いたと言う和哉は、それより先に俺が登校していたことが奇妙奇天烈であるかのように俺を茶化した。誰にでも、いつもと違う目覚めの朝くらいあるだろうに。普段、客観的に見て自分がどれだけ気だるそうに学校に現れるのかを知った。


「そういえばさくらまだ来てへんなぁ」

「朝電話したし、来るはずなんだけどな」


 俺よりも和哉よりも早く学校に来るのが百瀬なのだが、伯母さんの家に住んだ辺りからしばしば遅いことがある。住んでる場所が遠くなったとはいえ、それに比例して起床時間を早めるような奴だから、そんなことは理由にならない気がする。


 昨晩の件もあり不安が募る中、始業の鐘が校舎に響いた。百瀬が遅刻。たかが1回の遅刻なら心配することもないのだが、ここ最近の調子の悪さといい、昨日のことといい、不安に駆られる要素が多すぎる。


 一部知らない事情があるとはいえ、和哉も同じことを考えているようで、少し顔を曇らせていた。陽射しがない今日の天気のようにもやがかかったその表情を見ていると、更に不安が増してくる。

 そして担任による出欠確認も半ば、教室の扉が開いた。


「おはようございます……。遅れてすみません」


 今時たかが数分遅刻した程度で謝る女子高生も珍しいものだが、だからこその百瀬さくらといえよう。目の辺りを腫らした幼馴染が息を切らして足を踏み入れた。


「二人ともおはよう」


 昨日の夜に泣きましたと言わんばかりの顔で精一杯笑顔を作る百瀬。いつもなら適当に返してしまう朝の挨拶を、目を見て返した。そしてその目に異変を感じた。


「さくら、めっちゃ目腫れてるやん」

「なんか朝起きたらこんななっちゃってて」

「寝すぎたんかもなぁ」


 ――いや、違う。明らかに顔色がおかしい。青ざめているというか、生気がないというか。普段頻繁に百瀬と顔を合わせていない人間ではないときっと気付かない程度のものかもしれないが、俺にははっきりとわかる。もしかしたら、俺にしかわからないのかもしれない。

 人間の体調。日によって優れない時もあるだろう。しかし何故か軽く受け取れないその表情は、俺の不安をまた更に増大させた。


「夏樹、今日は早かったね」

「……おう」


 問うべき事項は何処へ。放つべき言葉は何処へ。人を心配するという感情は数学よりも苦手だ。公式という便利なものが見つからないこの場合において、俺はどうするべきなんだ。


 変に勘繰ってしまう今日の俺は、慣れない早起きのせいで疲れているのだろうか。1時限目の授業が始まるまで、隣で陽気に話す和哉の言葉さえもろくに聞こえなかった。

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