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~32.

 ――その手を、取るのか。

 思春期の男女にとって、手を繋ぐということはどういうことなのだろうか。んなこと、考える必要もない。だからこそ急なこの場面で硬直してしまう俺がいて、同時にそれを情けなくも思う。

 百瀬は、俺のことをどう思っているのだろう。そこで思い浮かんだ一つの言葉。今日の昼間に映像部の部長が言っていたあの言葉。


『少なくとも、好き合っているように見えますよ』


 俺は彼の言う普通の感覚を持ち合わせていなかったってことなのか? 今差しのべられたこの手が意味するものは、その普通の感覚で見ればすぐにわかってしまうものだったのか?

 自分の顔が赤く染まる前に、その手を握ろうと思った。しかし、今度は一つのシーンが頭に甦ってきた。


『――負けよう。勝ちはもう諦める』


 あのとき、和哉のくだらない冗談が生み出した動揺と、そのときの俺の気持ち。あのとき俺は、冗談でも百瀬を賭けた勝負で負けを選んだ。焦って追い込まれたときに選んだ選択肢は、負けることだった。

 あのとき、俺は必死になって勝とうとしなかった。動揺にまみれて、百瀬と和哉が付き合ったらどうなるかとか、結局そんなことしか考えられなかった。結果的に賭けはなくなったものの、もしあれが本当に百瀬をかけた真剣勝負だったとしたら、今この手を握る資格は俺にはない。

 ていうか、結果的な勝ちとか負けとかそんなことよりも、俺はあのとき諦めたじゃねぇか。和哉だったらいいんじゃないかとか、そこまでしか考えられなかったじゃねぇか。

 静寂を続かせるのが怖かった俺は、なんとか言葉をひねり出す。


「……荷物持ってくれようってのはありがたいな」

「……え?」

「じゃあ何か買ったら持ってくれよ。ほら行くぞ」

「う、うん……」


 百瀬はその小さく白い手を袖に隠した。

 ――俺には、繋げない。愛だとか恋だとかそんな気持ちが込められてる可能性がある以上、俺はその手を握れない。俺はもうその気持ちを裏切ってるんだよ。例え冗談でも、俺はお前を賭けた勝負で勝とうとしなかった。答えは、もう出てた。


「じゃあ夏樹プリクラ撮って!」

「……どうしようかな」

「提案じゃなくて命令だからね」


 理不尽なその命令を断るという選択肢が見当たらないのは、手を取らなかったことからの罪悪感ではない。今までずっと断ることをしてこなかったから、当たり前になっているだけ。

 手は繋げなくても、これくらいなら別にいいだろと自分に問うが、もちろん返事はない。


「ちょっと待った。何、プリクラって何?」

「知らない訳ないでしょ。はい、そうと決まったらゲーセンですよ」

「いや、あの、ちょっと今日顔がアレだから……」

「何女の子みたいなこと言ってるの! いいから行くよ!」

「どんな顔して映ればいいんだよ!」


 少し不機嫌そうな百瀬に逆らうことができず、諾否を告げないままゲームセンターへと向かうことに。ああ、もう開き直れ。突っ立っててもシャッターは下りてくれるだろ。


「400円? 高くないか?」

「写真の現像と比較すれば割と納得できるよ」

「……確かに」


 そして俺は終始微妙な表情を浮かべながら初のプリクラ撮影を終えたのだった。高校生になってプリクラのひとつも撮ったことがないってのは、世間一般じゃつまらない男だったってのかね。


「うわぁ。夏樹の表情すんごい微妙」

「仕方ないだろ。性格が捻じ曲がってるんだからよ」

「これなんて笑ってるか笑ってないかすごい微妙」

「他の人に絶対あげるなよ! 俺の一生の恥だ!」

「大袈裟なんだから」


 なんとか、俺の顔のおかげで百瀬の機嫌が悪くなるのを防げたのだろう。にやついた表情から次第に明るい表情に変わった百瀬は、いつもと同じ笑顔を浮かべていた。人の顔で機嫌直されても微妙な気持ちになるがな。

 二度とプリクラなんて撮らないと決めてゲームセンターを出ると、先程よりも寒さを感じた。


「なんか今年寒くなるの早くないか?」

「確かに。この季節ってどれくらい厚着していいかも微妙だし」

「……もう『微妙』って単語やめようぜ」

「ふふ。夏樹、自転車どこ停めたの?」

「あ、すぐそこ。もう帰るか?」

「最近眠くなるの早くて」

「おいおい、婆ちゃんかお前」


 俺の婆ちゃんよりも早い時間から眠くなる同い年の幼馴染。きっと昨日は緊張して眠れなかったんだろうな。本番を終えて一気に張りつめた糸が緩んで、溜めこんで来たものが押し寄せたとか。

 停めた自転車の鍵を開け、引っ張り出してまたがる。なんていうか、今日はまだ帰りたくないんだよな。


「乗れよ。送ってく」

「いいの? そんなに近くないよ?」

「遠くもないさ。電車で帰って寝過ごしちまったら危ねぇしな」

「ありがと。おまわりさんに見つからないように」

「そんときは機敏に降りろ。いいな?」

「オッケー」


 微妙という単語にちょっとしたトラウマを抱えたような気持ちにはなったが、そんな出来事も明日には笑い話になってる訳で。変に悩んだり戸惑ったりすることは、明日になっても変わらないもんだ。

 だからこれでいい。いつものような、当たり前のようなやりとりを交わせていれば、俺にとっては正解なんだよ。別に、拒否したわけでもなんでもないのさ。

 立っていれば微妙な寒さ、自転車に乗っていれば結構な寒さ。百瀬の伯母さんの家はどのぐらいの距離があったかなと考えつつペダルを漕いだ。相変わらず、百瀬は軽い。体重的な意味で。


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