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~30.

 幼馴染に対する不思議な感情に気付いてからもう3週間以上が経過していると考えると、時間の流れを疑いたくなる。さすがにもう慣れてしまったが。季節、既に霜月。肌寒い風だけでなく、朝目が覚めて布団から出てくるのが辛くなることが増えていくだろう。


 百瀬や和哉はもう推薦入試が迫っていて、俺はよく面接の練習の相手をさせられたりする。練習での相手が俺じゃあ、本番の雰囲気と余りに違いすぎるだろうに。全く緊張しない相手で練習してていいのかという疑問を投げかけてはみたものの、本人たちはあまり気にしていないとのことだ。練習でリラックスして話す雰囲気を掴んで、本番でそれを発揮するという作戦らしいが、それが上手くいくのかどうかは俺にはわからない。というより不安で仕方がない。


 それにしても、最近は毎日が似たり寄ったりで退屈を感じる。やることと言えば勉強のみで、バイトもそのために週1回程度に減らしてもらっている。

 今日は授業がなかった為、平日だというのに朝から家でのんびりと過ごしている。もう少し危機感というものが持てれば勉強にもやる気が出ると思うのだが、模試がそこそこの得点で、偏差値が完全にボーダーラインを上回ったところで更に努力する気にもなれない。何より面白くない。


 そして今は布団に包まりながら小説の新刊を読んでいるのだが、どうやらこの小説は俺には合わないらしく、読んでいてもあまり面白くない。この作者の前作は口コミのおかげで人気が出たものだったが、今回は悪い意味で口コミが作用するのではないだろうか。

 ここはこうしたほうがいい、この表現は引っかかる等と文句をつけたくなる以前に、あまりにも展開が不自然すぎる。無理に運んだ物語は読者の混乱を招き、結末まで読むのに苦しむ。支離滅裂な話のツギハギ。読者に対する配慮が行き届いていないような面がいかにも自己満足を漂わせていて、前作がまぐれ当たりであったことをここにきて証明してしまっている。


 ――もし、書いているのが俺だったら。考えたくはないが、やはりこういった作品を読んでいるとどうしても考えてしまう。設定やストーリー、登場人物等を引き継ぎつつ、俺の書き方でこの作品を書き直したらどうなるだろうか。

 こういう嫌な衝動に駆られた時の対処法。ベッドから起き上がり、机の引き出しにしまった万年筆を取り出す。そしてそれを握って椅子に座り、机に向かう。


 ここで、握った万年筆をじっと見つめる。文化祭の日に誓ったあの想い。現実に生きる為、未来の為、もう小説は書かないと決めた。今まで執筆に費やしていた時間は取り戻せないが、これから防ぐことはできる。

 こうして万年筆を見つめていると、次第に落ち着いてくる。現実に引き戻され、自らの誓いを守ることができる。自分に持てる力を全て費やして書いたあの作品で、俺の執筆は最後。それでいいんだ。力をくれた万年筆を静かに引き出しに戻すと、もう一度ベッドに寝転んだ。



 数日後、単位の関係でいつも通りの時間に登校したのだが教室にはほとんど人がいない。ふとカレンダーを見てみると、今日は多くの大学の推薦入試が行われている日だということに気が付いた。ああ、そういや昨日百瀬から電話来てたっけ。一晩寝ると忘れちまうんだよな、受験大丈夫なのか俺。

 その為、百瀬と和哉は始業時刻になっても教室に姿を現さず、俺にとって今日という一日は退屈に始まり退屈に終わると予測された。

 ――あいつら、大丈夫かな。百瀬は案外『あがり症』だし、和哉は話し方が軽い。小論文、どんなの書いてるんだろ。


 そして昼休みになったのだが、俺達3年生にとっては終業時刻である。単位を落としまくっている奴ら以外はこの時間で今日の授業は終わり。この早上がりの為に単位落とさないように頑張って来たんだからな。さっさと帰ってゆっくり昼寝でもしようか。

 しかし、そんな計画を立てて教室を後にしようと思った矢先のこと。見覚えのある面の生徒がドア付近から教室内を見渡している。そして俺と目が合うと、笑顔で手を振ってきた。


「宮本先輩! お久しぶりです!」

「えっと……映像部の部長か」

「そうですそうです! ちょっといいですか?」


 やけに元気な彼。礼儀正しく落ち着き払ったあの雰囲気とは少し違った雰囲気の優等生に見える。どちらにせよ優等生タイプに見えるのが少しいやらしいが。


「文化祭のときはありがとうございました。映像部の皆、あの映画製作のおかげでかなりモチベーション高くなって、今も皆やる気に満ち溢れているんですよ!」

「そいつはよかった。また良い作品作ってくれよ」

「はい! それで肝心の用件なんですけど……」

「何だ? また原作書けっていう用件ならパスだが」

「いえいえ! 前回の原稿のコピーを頂こうかと……」


 ――物語の原稿。そういえば俺は最後に百瀬に手渡してから見ていないな。いや、脚本制作のときにはあったか……。


「多分、原本は百瀬が持っていると思う。コピーなら文芸部室にあると思うぞ」

「コピーでも構いません! 頂いてもいいでしょうか?」

「ああ、好きにしろ。ていうか何かに使うのか?」


 自分の書いた物語ということでそこには敏感になってしまう。日本という国は割と著作権に関することに厳しいのだ。その意識を植え付けられているのは俺だけではあるまい。もっとも、この好青年が何かしでかすとは思わないが。


「はい。実は映像部が来年から映画製作部に変わるんです」

「おお、そうなのか」

「顧問の先生が文化祭の映画に刺激されちゃって。文化祭では今年と同じように文芸部との合作をして、それ以外の活動でも映画製作をする。そうやって賞なんかに投稿しようということで話が進んでいます」

「それで今年作ったものを資料として部室に保管しておくと」

「さすがですね! ご名答です」


 あの原稿は文化祭の映画の為に書いたものだ。俺としても映像や脚本と共に保管してもらいたいとは思う。しかし、実を言うと原本はおろかコピーが文芸部室にあるかどうかもわからん。百瀬のことだからきちんと保管してあるとは思うが……。


「じゃあ、とりあえず文芸部室行くから付いてこいよ」

「はい!」


 少しの不安を抱えながら部室へと向かう。途中で職員室に寄って鍵を取り、そこから歩いてしばらくもない部室に着いた。後輩に格好悪いところは見せたくないもんだな。これで部室に原稿がないとなると非常に格好悪い。

 扉を開け、電気を点ける。俺達が引退してから約2カ月。部室全体の雰囲気は何も変わっておらず、相変わらず落ち着く紙の匂いがする。

 そして窓側の棚を開け、中を確認する。原稿関連は全てここに保管してあるので、あるとすればおそらくここに。


「あったあった。ほらよ」

「ありがとうございます!」


 そこにあった原稿を映像部部長に手渡す。それは予想通りの『コピー』であった。やはり原本は百瀬が持っているのだろうか。


「この物語、本当に素晴らしいですよね」

「なんだよ改まっちゃって。今更言われると恥ずかしい」

「いえ、本当に素晴らしいんですよ! なんていうかこう、大切なものについて考えさせられるっていうか……」


 それはおそらく、俺がそんなことを考えながら書いた物語だからだろう。夢とか現実とか、親友とか自分とか。思春期にありがちな葛藤を描いた等身大の物語は、ありがちと言ってしまえばそれまでな気もするが。


「幼馴染であって、親友であって、夢を追う仲間でもライバルでもある。そういう関係ってなんだか憧れます」

「現実ではほとんどないからな」

「え、でも宮本先輩と百瀬先輩ってそんな感じじゃないですか?」

「……そうか?」

「あ、でも親友じゃなくて恋人ですよね」


 軽く笑いながらそう言う彼。なんだか勘違いされているようなので、ここで説明する必要がある。


「俺は百瀬と恋人同士でもなんでもないぞ」

「え!? 違うんですか?」

「……そう見えるのか?」

「ええ。少なくとも好き合っているようには見えますよ」

「……お前だけじゃないのか?」

「いや、これがおそらく普通の感覚だと」

「……そうか」


 普通の感覚、か。この健全そうな彼がそう言うと納得できてしまう気がするというか、説得力がある。というより、今現在当たらずとも遠からずな状況にいることになんだか焦る。

 ――好き合っている、ならまだいいんだがな。人の気持ちばっかりはどうもわからない。言葉という非常に便利な伝達手段も、余計な感情の元では便利でも何でもない。もどかしい気持ちが膨れ上がるばかりだ。


「忙しい中ありがとうございました。受験、応援してます!」

「ありがとう」


 文芸部室を後にし、礼儀正しく元気な彼と別れると、なんだか急に眠気が襲ってきた。心と体が早くだらだらしたいという気持ちを思いだしたのだろう。

 原稿を渡しに来ただけなのに、何故か俺と百瀬に対する他人の意見をもらってしまった俺は、もどかしい気持ちをまた少し膨らませながら帰路に着いた。


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