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~2.

 俺が所属する文芸部は部員数が少なく、活動自体も決して大きいものではない。どうして百瀬が高校から文芸部に入ろうと思ったのかはよくわからないが、俺は百瀬に半ば無理矢理引き込まれたといっても過言ではない。

 百瀬が作家になりたいのかどうかは知らないが、俺は小さい頃はそういった職業を真剣に目指していた、と思う。今ではこの平穏で何もない日々が心地良過ぎて、真剣になって筆を握ろうという思いは薄れてきた。

 でも、これはいいことだと思うんだ。才能のある一握りの人間しかプロとして食っていくことのできない職業より、ある程度の学歴を持って安定した職に就く方が将来性も現実味もある。無茶な夢を追うことは子供だからできることで、このぐらいの年になったら目の前の現実を見るようになるのは当然だろう。


「……うん! 申し分ない!」

「だから言ったろ? 俺のセンスを信じろって」

「いや、まぁ信じてるんだけどさ、万が一ってこともあるじゃない」

「俺に限ってはないな」

「誰でもあるの」


 自分がある程度の小説を書けることは自分でもわかっている。プロ程の脳は持っていないが、人並以上の小説くらいは書ける。でもそれは決して才能なんかじゃなくて、小さい頃からの読書や執筆の積み重ねのおかげ。逆に言えば、才能があるならもうとっくに開花してるはずなんだ。


「せっかくバスケを捨ててまで小説選んだんだから、しっかりやってもらわないと困る」

「なんでお前が困るんだよ。ていうか別にそんな取捨選択をした覚えはないぞ」

「だって夏樹、バスケ上手いじゃん」

「……まぁ人並みにはな」

「それでもバスケ部辞めるし」

「合わなかったんだよ。体質と」


 バスケは少しかじっただけだった。学校の授業で度々あったバスケでその面白さを実感したとき、バスケットボールを買った。

 これがまた面白いようにシュートが決まり、ボールが俺のことを好きなんじゃないかと思うぐらいに体にひっついてくる。部活に仮入部して軽く先輩たちとボールを投げ合っているうちに、自分が先輩たちよりも遥かに上のレベルのバスケができることに気付いた。


 でも、校内の練習試合でいくらシュートを決めようが、いくら先輩をドリブルで抜き去ろうが、俺は入部したてという張り紙のせいで試合には出られなかった。

 実力云々の話じゃなく、部にどれだけ貢献しているかとか、学年とか入部時期とか、そういう付加情報のような経歴が重視される体育会系の部活に苛立ちを覚えた。もっとも、190センチを軽く超えるような体格に恵まれれば、違っていたのかもしれないが。


 俺の体は、俺にバスケをしろと叫んでいた。ボールを持っていたあのときの俺の心身は輝いていたと思う。

 それなのにボールに触れる機会を得られず、ただただ汗を流して筋トレやランニングを強いられた。そういうのが性に合わないんだ、俺は。ただでさえ汗かくことに慣れてないのに、やりたくもないことで必死になれるかって。

 神は俺にバスケの才能を与えたかもしれないが、体育会系の才能はくれなかったんだよ。こういう性格に生まれちまった。


「皆遅いねぇ」

「始業式早々から部室になんて来ないだろ、普通」

「そうかな?」

「やることもねぇしな」


 新入生歓迎の為に、俺達文芸部は機関紙を作った。まぁ完成したのは今しがたのことで、仕上げを終えたばかりだ。パンフレットのようなものなのだが、これをなんと新入生全員に配るというのだ。もちろん、部長百瀬の提案である。


「予算の少ない文芸部によくこんな許可が下りたなぁ」

「少ない分、使い道がないからね」


 一応今年で三年目となる文芸部だが、これといって活動したという実感はない。原稿用紙にペンで文字をつづっていくという、昔からやっていることをやっているだけだから。

 中学に入った頃から執筆のペースは落ちたものの、作品の質は上がったと思う。昔は物語に終わりが見えなかったり、設定が途中で矛盾してきたりと散々なものばかりで、完結した作品を見つけることが難しいほどだ。


 最近はファンタジー路線から足を洗い、純文学や大衆文学のようなモダン小説を書いている。身近な世界観や現実の理論がそのまま使えるということは素晴らしいことで、脳の発達も加えて小説そのものが書きやすくなった。


「百瀬、そういや去年書いてたの終わった?」

「うん。一週間くらい前に終わった」

「ふーん。見せろよ」

「嫌だ」

「ケチだなお前」

「嫌なものは嫌なの」


 せっかく同じ文芸部で活動しているというのに、何故か百瀬は俺に原稿を見せてくれない。恥ずかしいのはまぁわかるんだが、俺が書いたものは意地でも見るくせに、自分のを見せないというのはいかがなものだろうか。

 文化祭の出し物に限っては見ることができたのだが、どれも短編小説で、百瀬の底が見えない。


「いつも聞いてるけどさ、なんで俺に見せてくれないのさ」

「……秘密」

「うわ。なにそれ」

「だって言ったらつまんないじゃん」

「つまる! つまるから教えろ」

「何よ『つまる』って……」

「つまらないという言葉を真っ向から否定する為の単語」

「そんなのない!」


 まったく。こいつは昔から俺に対して色々とずるいんだよな。クラスの皆と友達になっちゃうような元気っ子のくせに、俺には逆ひいき。何か恨みでもあるのだろうか。


「あ、和哉君来たよ」

「ん? 来てねぇじゃん」

「いや、鈴の音がしたから多分来る」

「マジか。耳いいな、お前」


 百瀬の言ったとおり、その会話の二秒後に部室のドアが開いて和哉がやってきた。


「なんや、お前らだけか」

「ああ。どうした?」

「部活が休みらしいから、暇つぶしに」

「ここは休憩所じゃねぇぞ」

「どうでもええやろ。今に始まったことか?」

「お前が言うなよ」


 二年の半ば辺りからよく文芸部室に来るようになったコイツは、バスケ部で副キャプテンになった男。関西弁でひょうきんな雰囲気を持っていて、非常に人当たりのいい馴れ馴れしい男。鞄に可愛らしい鈴を付けているのだが、それは忘れられない元カノからもらったものらしいのだ。

 俺から言わせればもらったものをいつまでも持っとくから忘れられないんじゃないのかと思うのだが、さすがに傷に触れてしまいそうなので黙っている。


「和哉くんさ、今度試合はいつ?」

「あー、再来週の土曜やったかなぁ」

「夏樹、また見に行こうよ!」

「面倒くさい」

「駄目。『面倒いい匂い』だから」

「……何それ?」

「面倒くさいという言葉を真っ向から否定する為の単語」


 やられたらやり返すというタフな精神を持つ幼馴染の笑顔に、なんだかんだで逆らえないのはどうしてだろうね。

 ――まぁ、いつものことだから別にいいんだけど。

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