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~28.

「……冗談?」


 さっきまで嫌に真剣身を帯びていた和哉の表情が、普段目にしているような緩いものに変わっていた。本当に冗談だったとしたら相当悪質だ。


「いやぁ。夏樹を動揺させたら勝てるかも、なんて思うてなぁ。案の定うろたえてる夏樹見て最初はおもろかったんやけど、なんやこれで勝ってもしゃあないなって」

「心理作戦とは汚いな。健全なスポーツマンの作戦にしてはセコい」

「何言ってんねん。立派な戦略やんか。ま、気持ちええもんとは言えんけどな」


 最も気持ちがよくないのは俺の方だ。それにな、作戦ってどこまでが作戦だったんだよ。お前が百瀬のこと好きだとか、その辺に関しては真相を問いづらいだろうが。


「……正々堂々と、夏樹に勝ちたい」

「ふん。じゃあ今の勝負は無効試合と認めるんだな」

「あぁ、そのほうがええ」

「……なんか俺が虚しいんだけど」


 和哉は少し視線を伏せ、優しい目でボールを見ながら話している。その仕草と光景が妙にあの映画のワンシーンに似ていて、出どころの知れない安堵感のようなものに包まれた。

 和哉はその場に腰を下ろし、大きな伸びをしながら中年オヤジのようなうめき声をあげた。

 つられて俺も腰を下ろすと、さっきまでの嫌な緊張感から解放されたせいか自然と大きな溜め息が出てきた。正直、かなり疲れた。

 セコい戦法で仮の白星を掴んだその男は、空を見上げながら呟いた。


「……夏樹、知ってるか?」

「何をだ」

「俺な、めっちゃバスケ好きやねん」

「何言ってんだよ今更。誰が見てもわかる」

「せや。誰が見てもわかる」


 意味深なことを言い始めた和哉は、鈴の音がうるさいバッグを枕にしてその場に寝転んだ。気分が落ち着くと、下級生の賑やかな声が耳に届くようになってきた。そういえば昼飯時だったか。


「誰が見てもわかるもんてな、自分自身が一番見失いやすいねん。俺かて、たまに再確認せんとバスケが好きだってこと忘れとる。当たり前やからな」

「夢中になってるってこともあるからな」

「あと俺な、夏樹のこともめっちゃ好きやで」

「止めろ気持ち悪い。気色悪い」

「気持ち悪い意味とちゃうわアホ。俺、夏樹と会えてほんまによかったて思うてる」

「……そうか」

「でもな、これも当たり前になりすぎてたまに忘れんねん」

「そんなこと四六時中考えてる奴がいたら、それこそ気持ち悪い」


 湿気のない風が心地よい。軽く当たる陽射しが心地よくて、寝転がったら寝てしまいそうだ。


「好きなもんは好き、そう言える人間ってかっこええと思わへん?」

「……」

「人間ておかしなもんやなぁ。普通に生きてるつもりが、いつの間にか好きなもんに囲まれて生きてるんやで。手を伸ばせば届く距離に、安らぎをくれるもんがあって」

「……そうだな。それが当たり前になってて、いつしか嫌いなものに過敏に反応しちまう」

「せやろ? 俺、嫌いな教科のときは気分下がるけど、好きな教科のときには別にテンションあがらんもん。贅沢やなぁ」


 嫌いなもの、か。なんだかたくさんありすぎるような気がする。というより、向き合いたくない事に向き合わなくちゃいけない場面てのが最近多すぎる。全部乗り越える自信なんかない。


「俺な、実はアメリカ行くことに決めてんねん」

「……は!?」


 寝転がったまま、緩い口調のままで突然の告白をしてきた和哉。そんな今にも眠りに落ちそうなスタイルで言われても困る。経緯が気になりすぎる。


「大学受かっても落ちても、卒業後に本場に勉強しに行く。すごいやろ?」

「……もう決まりなのか? 和哉の中では」

「もちろん。時間使って考えた結果や」

「……そうか。いつ帰ってくるんだ?」

「2年くらいは向こうにおるつもりやけど、何か掴めたら帰ってくるで」


 何か掴めたら、ってそんな曖昧な目安に頼ってて平気なのかよ。非常に心配なんだが。ていうかなんでそんな大事なこと黙ってたんだよ。いつも一緒にいるくせに。


「もうな、考えれば考えるほど行かなあかんて思うようになってもうて、テンションもグアー上がってきよってな。パスポートももう取ってる」

「……相当本気なんだな」

「恥ずかしい話やけど、アメリカでプレイしたる思てんねん」

「お前なら本当に行っちまいそうだよ」

「絶対行ったる。んでな、いつかコートにこうやって寝転んでな、こう言うねん」


 息を大きく吸う和哉。何を言うかはわからないが、何をするかは完全に想像できた。


「俺は、バスケが大好きやぁあ!!」


 予想通り、いや、予想以上。学校の中心にある中庭から全校に響くであろう大きい声を出したこの馬鹿は、他人の視線というものを忘れているようだ。近くを通りかかった生徒や窓から外を眺めていた生徒が、その馬鹿でかい声を聞いてこちらに注目する。


「馬鹿! 恥ずかしいだろうが!」

「恥ずかしないわ。好きなもん好きて言うことは、何も恥ずかしいことやない」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

「現実に立ち向かいながらも夢は追えるし、ライバルがたくさんおっても恋はできる。飯食いに行って、わざわざ一番好きなメニューを敬遠したりせえへんやろ?」

「……」

「せやから、自信持ってお気に入り注文したらええねん。売り切れや品切れ気にしてそこまで足運ばんかったら、何にもならん。そんでな、いつもいつも食ってた定食がなくなる前に、おばちゃんに『このメニューなくさんといて』って言うたれや。言わんうちになくなったら、そらもう寂しい」


 ――見透かしたように、気付かせるように、そんな意図でもあるんじゃねぇのか、この馬鹿は。なんていうか、色々考えちまいそうだ。


「……和哉」

「おう」

「腹減ったな。お前の奢りで飯だ飯」

「せやな、ってなんで俺の奢り!?」


 旨い飯が食えそうな日だ。体も動かしたしな。


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