~25.
秋分が去った後の神無月。この季節ともなれば陽射しが暑い等と感じることもなくなり、間違っても半袖を着ることができなくなる。これから朝起きるのも段々と辛くなっていき、毛布にくるまって震える目覚めが訪れる。憂鬱だ。
今日はまだ肌寒い程度の気温だった為、割と目覚めの良い朝を迎えることができた。というより、珍しく今日は百瀬からのモーニングコールがなかった為、少し疑問に思っているうちにばっちり目が覚めてしまったのだ。
百瀬は自分が起きるとすぐに電話をかけてくれる。伯母さんの家に住むようになってからもそれは同じで、新学期が始まってから約1か月、これまでと同じような朝が続いていたのだが今日は百瀬が寝坊でもしたのだろうか。
登校時刻10分前になっても百瀬は教室に姿を現さず、電話をかけても耳障りな機械音がループするだけだ。
携帯電話をポケットにしまうと、ニコニコ顔の親友がそこにいたことに気が付いた。
「おうおう、なっちゃん! おはようさん!」
「なんだよニヤニヤして気持ち悪い」
「いやぁ。映画の効果か知らんけど、最近ようモテんねん」
「お前って奴は……別に今までも割とモテてたろうが」
そうそう。映画と言えば文化祭の件だが、観客数などで最終的には誰が見ても成功と言える結果を残すこととなり、校内アンケートでも2位をぐんと引き離した堂々の1位。企画のリーダー百瀬とサブリーダーの映像部部長はなんちゃら賞を受賞し、作成した映画は学校側でも記念として保管されることとなった。
主演の和哉はこうしてモテることになり、原作者の俺は『文豪』などと冷やかされたり、教師から冗談交じりに脚本家になれ等と言われることになった。この待遇の差の原因は予測できるが認めたくはない。
「さくら、まだ来てへんな。珍しい」
「そうだな。体調でも崩したか」
「季節の変わり目やからなぁ。来るとええけど」
まぁ百瀬のことだろうから、欠席ならしっかり教師に連絡もしているだろう。風邪をこじらせているのなら見舞いにでも行ってやるか。
なんてことを心配し始めるや否や、百瀬は輝かしい笑顔で入ってきた。近所にお裾分け出来そうな程有り余った元気が、さっきまでの心配を良いように裏切ってくれた。
「なっちゃん、おはよう!」
「なんだよお前まで。気持ち悪いな」
「へへ……。とりあえずギリギリセーフ!」
百瀬が始業直前に登校するなんてことはこれまでほとんどなかった。今まで俺と一緒に登校していたということもあるのだが、俺が寝坊でもしない限りあり得ないことであり、心配が消えても疑問は残る。何かあったのだろうか。
考える間もなく朝のホームルームが始まってしまい、あたふたしながらもまた今日の日課が進んでいく。考えごとをしているときは時間が止まってくれればいい、なんてことをよく思うのだが、そんなことをしたら1日が実質的に何時間になるか想像もつかなくなってしまうな。
今日は午前中しか授業がない。もう部活も引退したわけだし、そろそろしっかりと受験勉強もしないといけないな。
――授業が始まる前は確かにしっかり勉強しようと思っていたのだが、気付けばもう2時限目が終わってしまっている。熟睡状態に突入しないように気を付けたのはいいのだが、結局数学と日本史の授業をウトウトとしながら過ごしてしまった為、頭には何も残っていない。秋の陽射しが気持ち良くてそれどころじゃなかった。
「眠そうだね」
「眠いな、かなり」
「昨日早く寝た?」
「遅くまで塾の課題やってた」
「早いうちからやればいいのに」
「帰る頃は面白いテレビがやってるんだよ。見たい番組を見終わった深夜の時間帯こそ集中できる」
「あ、でもそれはなんとなくわかるかも」
「だろ」
志望校のハードルを分相応に設定した俺なんかは塾に通う時間が少ない方だろう。上を狙う奴らなんかは1週間の勉強量が俺の20倍くらいありそうなもんだ。
百瀬は中学の頃に通っていた有名な進学塾に再び通い始め、俺よりレベルの高い勉強をしている。和哉は迫る推薦入試の為に何枚も小論文を書いているようで、文章の校訂等を俺に頼んできたり。一般で通ると思っていないらしく、これに全てを賭けるらしい。
百瀬も推薦入試を受けるのだが、和哉と違ってしっかりと勉強はしている。志望校である京明の経済学部の倍率を考えると、百瀬の判断は間違っていない。
そう、受験に関して一番危険なのはもちろん俺である。百瀬や和哉と違って部活動での実績も特に無く、成績もいたって普通なので推薦入試は無し。和哉が推薦を落ちると俺と同じ状況になるのだが。
3時限目と4時限目の授業はとりあえず起きてはいたのだが、特に内容が頭に入ってくる訳でもなく終業のチャイムが鳴ってしまった。こんなんでいいのか、俺は。
「あ、今日ちょっと文芸部に顔出してくるね」
「あいよ」
百瀬は文芸部の後輩達に連絡事項や引継ぎが山ほどあるらしく、そちらの方も忙しい時期となってしまっている。代わってやれればいいのだが、自分でやると聞かないもので。
百瀬が教室からせかせかと出ていくのを見送ると、机の中の物を鞄に押し込む。いつもらったかわからない保護者宛てのプリントが眠っていたのは秘密である。
同じく前の席で鞄に物を詰め込んでいる男のほうからはチリンチリンと例の鈴の音が鳴り響き、なんとなく季節はずれなその音に慣れてしまている俺は今更それに何を言うこともなく黙々と作業を続ける。作業と言う程の作業でもないけどな。
「うっし! 準備完了やな」
「さっさと帰るぞ。ていうか腹減った」
朝飯の量が少なかったのか、今日はやたら腹の虫が鳴いている。途中で和哉と飯食ってから帰ってもいいか。このまま家に帰ってしまえば棚に眠るカップラーメンを食すことになってしまうからな。
和哉の他愛もない話に相槌を打ちながら昇降口まで辿り着くと、相槌以上の返事が求められる言葉を投げかけられた。
「なぁ。アレやろうやアレ」
「……アレってアレか?」
「そや」
「……賭けるもんねぇだろ。もうバスケ部は引退してるんだからよ」
俺が負けたら俺はバスケをやる為に入部し、俺が勝ったらジュースを奢ってもらう。そんなレートで今まで行われていた勝負のはずだが、今となっては話が違う。
別に勝負がしたくない訳ではないのだが、これまでの経緯を考えると理由なしにアレをやるというのは少し気が引けるものだ。ローファーの踵を踏みながら中庭の見える位置まで歩くと、バスケットゴールが見えた。
「今日はいつもとちゃうもんを賭けてみよか」
「なんだよ。今日の昼飯でも賭けるか? 上等だぜ」
少し口元を緩めた和哉は、そのままの表情で答える。
「百瀬さくらを、賭けようや」




