~24.
闇に包まれた部屋の白い垂れ幕が、明るく色付いていく。オープニングの静かなピアノの音が響き、こちらの世界と姿は同じだが、名前の違うバスケ馬鹿が映し出される。その爽やかさと熱血さを兼ね備えてしまったような主人公は、こちらの世界でもその理不尽さを露わにしている。
こうして本編を見るのはこれで2回目だ。自分で描いた話を自分で見ると言うのは不思議な感覚だが、文字だけだったそのストーリーに映像が付くということは何とも言えない感動がある。
夢を追うことを止めた主人公と、これまでずっと共に夢を追い続けてきた幼馴染の青春を描いた非現実的な要素を含むストーリー。ところどころ主人公を自分に重ねながら描いたこの物語は、自分自身に対するメッセージを込めた作品なのかもしれない。今の自分の気持ちや考えを見つめ直しながらの執筆は、楽しくもあれば苦しくもあった。
『夢ってのは、現実から逃げる為に持つものじゃないんだ』
『でもな! 夢が叶わんと知ったら、嫌でも現実に引き戻されるやろ!』
『叶わないってなんでわかるんだ!』
バスケを止めるという主人公とそれを引き留めようとする幼馴染がスクリーンに映し出されている。こんなやりとりが実際にあったら俺はなんて答えるだろう、そう思いながら描いたシーンだ。少々クサい台詞が多いのは、映像化向けを考慮したからなのだが、自分で見ていて少々恥ずかしい。
夢を追うことが可能である場合なら、悩む必要なんてないかもしれない。でも、実現が限りなく不可能に近い夢や、現実味のない夢、自分の能力では追えない夢だってある。現実に向き合う為に夢を捨てなければいけないということだってあるんだ。
俺はこの物語の主人公に自分の思いを乗せ、代弁させた。そして自分にはできないことをさせた。現実でできないことでも、物語の中の登場人物は簡単にやってのけてしまうのだから。
俺は主人公に再び夢を追わせた。その代わりに、うっすらとあった自分の中の夢を断ち切ることを決意した。
――俺はもう、小説は書かない。この物語は主人公の高校卒業をもってエンドとなるので、主人公が最終的に夢を掴んだかどうかは作者の俺にしかわからない。でも、俺はこの主人公に自分の隠れた想いを全て託した。いや、隠れたというより、曖昧で不明確な夢と言ったほうが正しいか。
いずれにせよ高校生活もあとしばらくで終わる。大学受験は現実の問題であり、夢を理由に避けてしまっては未来がサイコロのようなものになってしまう。博打は賢くない。現実的に、そして堅実的に自分の未来を描いていこう。夢を追わなかった後悔なんて、堅く積み上げた幸せを掴むことができれば感じることなんてないのさ。
出来上がった映画を見ながら、執筆中に行き着いた考えをそうやってもう一度確認してみた。俺は、それでいいんだ。
「夏樹、結構好評みたいだよこの映画」
「そうだな。思ったよりも観客多いし」
「映像部の皆が配ってるアンケート、書いてくれてる人も多いの!」
予想以上に良い結果を得られたことに満足げな監督の笑顔。喜びに浸っている時の百瀬の表情は、どことなく幼くて微笑ましいものだ。これで俺は助演として優秀な演技ができたということになるのだろうか。それなら至極光栄だな。
「まさかの立ち見までおったもんなぁ。あと少しで全校の人数やし」
「映像部の腕も役者の演技もよかったからな。色々と工夫した甲斐があったってもんだ」
「せやなぁ。まぁでも、夏樹の描いた物語がおもろなかったら、誰もあんな満足そうな顔はしてへんと思うで」
「泣いてくれる人もいるとは、色々と恐縮だな」
上映終了後に視聴覚室を出ていく生徒の顔は、俺から見ても不満そうには見えなかった。つまらないと思われたくないという気持ちで執筆をしてきた俺にとって、その笑顔や涙は何よりの達成感となる。描いて、良かった。描けてよかった。
「明日は他の学校の人達も来るから、楽しみだね」
「不安でもあるけどな」
「大丈夫だよ! こんなに面白いもん!」
最後と決めた小説が、映画という最高のメディアミックスで人前に出ることができてよかった。もしかしたら明日はぼろくそに叩かれるかもしれないが、それでも俺はもう充分だ。今日得たエネルギーは簡単に消えたりするものではないし、色々と踏ん切りもついた後だからな。
百瀬は見に来てくれた生徒達に笑顔で『来年もよろしくおねがいします』と言い、文芸部の後輩達に無意識にプレッシャーをかけていた。
百瀬が言いだしたこの文化祭企画がなかったら、俺はいつまでもダラダラと夢と現実の狭間を彷徨っていたかもしれない。夏休みの撮影や、幼いころから一緒だった公園の取り壊し、百瀬の両親の死。そんな俺の心を揺さぶる出来事がたくさんあったこの半年間のおかげで、俺は自身最高の作品を描き上げることができた上に迷いを捨てることができた。
ありがとう、百瀬。どこまで俺のことを考えてるのかはわからないけど、本当に感謝してる。大丈夫だとは言ってるけど、今度はお前が辛い番なんだよな。俺を支えてくれたお前の笑顔が絶えないように、俺も何かしてやりたいから。何でもいい、俺にできることなら何でも言ってくれよ。口うるさくない程度にな。
幼馴染は笑顔のまま、俺の方を振り返る。距離を置いて交わった視線を、あえて逸らさずにそのまま見つめた。
「え、何? 私の顔になんかついてる?」
「……なんでもねぇよ」
物語の主人公は、やはりすごい。




