~23.
夏の余韻を天候に残しつつ、長月に乗った新学期がやってきた。けだるい始業式、お決まりの抜き打ちテストと来て、次に迎えるのは高校最大の行事、文化祭である。
文化祭を明日に控えた今日、9月10日の朝。さすがに夏休み気分も体から抜けきる時期のはずなのだが、活気というものをどこかに置き忘れてきた俺にとってはそうもいかない。冷房がなければ寝付けない夜が来る限り、夏休みのだらしなさが消えることはないだろうな。
「夏樹おはよ! 今学期はまだ遅刻してないみたいだね」
「うるせ。お前こそ遅刻すんなよ」
「あ、そんなこと言うとモーニングコールやめるよ?」
「……それは勘弁してくれ。寝坊する」
色々あった幼馴染もこうして元気に学校に来ていて、夏休み前の口うるささを再び発揮している。それが嫌なのかと聞かれれば……まぁなんというか。
「映画の方は完璧やな。俺の演技も完璧やったし」
「バスケ馬鹿にしてはよくできた演技だったな」
「アカデミー賞もんやろ、アレは」
「はいはいバカデミー賞ね」
騒がしいのはこの関西弁野郎で、こいつの場合は純粋な意味でうるさいのだ。うるさい人間2人を周囲においた学校生活は1年生のときから微塵も変わっていないのだが、あと数カ月でその生活が終わってしまうことが今は目に見えている。
「とりあえず、今日は準備で忙しいから覚悟しておいてね」
「ああ。和哉も手伝えよ」
「当たり前やん。サボりそうなんは夏樹の方やろが」
「俺はサボるぞ」
「あ、それは許しません!!」
「嘘だよ、嘘」
冗談を言ってる間にも、進路という名の分かれ道に向かって刻々と時間が過ぎていく。避けられないとわかっているから何も言うことはしないが、もう少しだけこんな生温い毎日が巡ってくれてもいいと思う。
今日は授業らしい授業がない1日なのだが、学校にいる時間で計算すると2年生の頃と大して変わらない日になる。様々な準備が予定よりも遅れているらしく、あわや他の学年の準備まで手伝わされそうな状態だ。もう少し計画的にやってくれよ、俺の為にも。
「とりあえず視聴覚室の準備ね! すぐに終わっちゃうと思うけど」
「映像部と美術部の奴らは? あと文芸部員」
「クラスの方に専念しておいてって言っておいたよ」
「……何故?」
「私、夏休み後半何もできなかったでしょ? だからそのお詫びに」
「……俺にお詫びは?」
「私1人に準備させたいのなら、来なくてもいいけど」
「……」
結果的に、いつも俺は百瀬に上手い具合に操作されている気がする。弱みを握られているわけでも立場が下にある訳でもなく、長年の付き合いで俺の心理を読まれたという事情がそこにあることは間違いない。
こうして俺が視聴覚室に向かっている間、熱血バスケオタクの和哉はなんと後輩のクラスの準備を手伝うという暴挙に出ており、後輩相手に訳のわからない人の良さを見せつけている真っ最中だ。俺からすれば正直迷惑でしかない。
「スクリーン降ろして、椅子を並べて、機材を置いて、後は受付の机とかを出しておけば大丈夫だね」
「とりあえず機材のとこからやっちまうか」
「あ、一応掃除もしておいた方がいいかな?」
「……したくはないが、しなくていいとは言えないな」
掃除を担当しているクラスが手を抜いているのだろう。床には埃が散らばり、机の中にはごみやらプリントやらが入っている。これを俺たちが掃除しなければいけないというのは癪だが、放っておくわけにもいかない訳で。
「会場が汚かったら作品が台無しだよ。という訳で掃除も追加ね」
「ちゃっちゃと終わらせるぞ、こんなの」
「……夏樹」
「ん?」
「手伝ってくれてありがと」
「……何だよ急に」
今している会話に脈絡のない言葉が出てきたらそれは困るというものだ。急過ぎる礼に、咄嗟にまともな言葉を返せるようなしわの多い脳味噌を俺は備えていない。
「だって私のわがままだしさ」
「何言ってんだよ。俺は普段からわがままな奴のわがままは聞かないが、普段から利口な奴のわがままなら聞いてやるさ。他の人間だってそうなんじゃねぇの?」
「……そうかな」
「くだらないこと言ってないで、早くチリトリを寄こせ。埃が飛ぶ」
別に、百瀬がわがままだろうが馬鹿だろうがどうでもいいんだよ。今こうやって一緒に掃除をしている理由なんてものは、これまでずっと同じ学校通ってきた理由と似たようなもんだ。気まぐれと偶然。百瀬が言っていたように、そんな要素が織り成す必然に呑まれたまでさ。




