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~22.

 8月31日、始業式前夜。あれから百瀬の両親の葬式は行われることなく、時間だけが過ぎていった。

 祖父母が既に他界している百瀬は、唯一の肉親を辿り、隣の市にいる伯母さんの家に暮らすこととなった。話でしか聞いたことがないのだが、独身の伯母さんは百瀬をとても可愛がってくれていたとのことだ。これからの生活も不自由なくやっていけるとは思う。住んでいた家はまだ売りに出していないらしいが、家族三人で仲良く賑わっていた百瀬家はもう戻っては来ない。


『そんなこんなだから、今は落ち着きたいの。新学期からは行くからさ、色々任せるね。ごめん』


 百瀬から電話でそう伝えられたのは事故の翌々日で、それからは顔を合わせるどころかメールの一通もない。百瀬が落ち着きたいと言っている以上、そっとしておいてやることしか思いつかなかった。


 そんな中、映画の制作はかなり順調に進み、おそらく百瀬の期待以上の1本が完成した。任せられたという責任は、これ以上ないくらいに果たしてやったつもりだ。

 俺自身も色々と寂しい思いで一杯ではあるが、今俺がするべきことをしないわけにはいかない。この映画は俺だけじゃなくて、百瀬の高校生活の思い出の一作でもある。というより、百瀬が言い出さなかったらこんな物は出来上がっていなかったから、感謝しないといけない。


 カーテンが開けっぱなしになっている部屋の出窓から、綺麗な上弦の月と輝く星達が見える。

 8月の夜空も今日が最後。これから4時間後にはもう日付が変わり、暦をめくることとなる。時間が経つのって、こんなに早かったっけな。

 小学校の頃なんかは夏休みがもっと長く感じた気がするんだ。たくさんあるやりたいことを、今日はこれ、明日はこれ、なんて言いながら目一杯一日を満喫してた。まぁ、小説書いてることが多かったけど。

 それが今じゃ、なんとなく過ごした昨日をまた今日も繰り返してみたりで、長い休みが体内時計を狂わせるくらいの働きしか持たなくなっている。他の奴らはどう思っているんだろうな、この時の流れを。


 終わる夏空を見ながら感傷に浸っていると、しばらくぶりに聞く着信音が部屋に響いた。部屋の中でいつものマナーモードにし忘れていたときの着信はなかなか心臓に悪い。

 機械音に驚いた直後の俺の鼓動が急に冷静になったのは、サブディスプレイに表示された幼馴染の名前のおかげであった。掛ける言葉を考えることもなく、その電話に出た。


『もしもーし。久しぶり』

「おう。もう落ち着いたのか?」

『大分ね。いつまでもグジグジしてらんないしさ』

「そうか。そいつはよかった」

『今さ、もちろん暇だよね?』

「そう言い切られるのもしゃくだが、暇を持て余してる」

『へへ。今夏樹ん家の前にいたりして』


 どうしてだかその言葉が冗談に聞こえなかった俺は、出窓から身を乗り出して下を覗いてみた。すると案の定、電話の先にいる人物が視線の先に立って手を振っていた。


「今行くよ」

「お願いしまぁす」


 スウェットをジーンズに履き替え、寝癖頭を誤魔化す為に近くにあった帽子を被って玄関を開ける。家族がいるので鍵を閉めるか一瞬悩んだが、やはり面倒に感じたのでそのままにしておくことに。目の前で微笑みを浮かべる幼馴染の姿に、思わずこちらも笑みを浮かべてしまった。


「ちょっと今から付き合って?」

「はいはい。あんまり遅くならないようにな」


 久しぶりに見たその姿は、病院でのあの悲しみに満ちたものではなく、映画の撮影中に見せたような明るいものだった。もし百瀬が立ち直れなかったら等と考えたこともあったが、この表情を見れば心配も無用だろう。


「歩いて5、6分だね」

「……お花見公園か?」

「正解!」


 お花見公園というのも、今は場所を差す言葉として不適切になりつつある。工事現場と化したあの敷地一帯は作業用のフェンスに囲まれ、中の様子が覗える程度になっている。かろうじて公園の面影を残してはいるが、ただの跡地と化すのも時間の問題だ。


「あそこ、確か工事の予定早まったんだよね?」

「ああ。来年の夏に完成予定だったはずの住宅街が、来年の春になったとか」

「随分早まったよね。チラシ見たときびっくりした」

「夏ってのもおかしい話だったからな。入居シーズンに合わせたんだろう」

「建売ってことなのかな?」

「そうだろうな」


 最近この辺りに建設業の人たちがよく見られる。もうそろそろ建設のほうも始まるだろうから、現場の下見でもしているんだろう。工事のことに関して逐一市役所や自治体からチラシが配られるのは鬱陶しいが、地域の変化については住民も知りたがっているのかもしれない。俺も少しは気にかかるからな。


「うわぁ。前に来た時と全然違う」

「結構時間たったからな。もう桜の木も切られてるみたいだ」


 公園の前には伐採された大樹が何本か横たわっている。人の手で切られたということが誰から見てもわかるその切り口が、少し切なさを匂わせる。


「……やっぱりそうだったんだ」

「どうかしたのか?」

「ううん。ただ、もう切られちゃったんじゃないかって思っただけ」


 寂しく地面に寝転がった桜の木の前でしゃがみ込んだ百瀬は、しゅんとした顔でそう呟いた。


「物にも命は宿るって私は思うけど、桜の木は立派な生き物だよね」

「間違いないな」

「だから心もあって、周りの家族達がいなくなったら涙も流してる。人から見えない涙を」

「……」

「何もしなければ60年は生きられるのに、こうやって摘み取られちゃう命もあるんだよね」

「……人間本位の地球だから、仕方ないのかもしれない」

「不意に消えた命も、人の手で散った命も、これまでを一生懸命生きたから、それでいいのかもね」


 不意に消えた命。受け入れることが難しいその出来事を、幼いながらも受け入れるしかなかった少女。18歳なんて、まだまだ子供な部分ばかりなんだ。俺だって、精神的にも大人には程遠い。

 桜の木を撫でながら、柔らかい表情で百瀬は意味深なことを呟いた。


「『必然』ってあるでしょ? 私はむしろ偶然なんてないと思ってる」

「ありとあらゆる巡り合わせは、全て必然だと」

「そう。命の長さも、今私が置かれる状況も、夏樹の感情の移り変わりも」

「……運命って奴か?」

「ある程度の運命を受け入れた上で、また次の必然に向かっていくの。いいことばかりじゃない。避けられない悲しみもある」

「……そうだな」

「でも私は、そんな運命全てに『ありがとう』って言える最後を迎えたいの。人生を憎んで死ぬなんて、生きてきた意味がわかんなくなっちゃうから」


 この歳で死ぬときのことなんて考えるなよ。と言いたいところだが、身近な人の死に触れた人間が死について考えることはおかしなことではない。それを考えてみたり描いてみたりすることで今の笑顔が浮かぶのなら、想像もつかない自分の最後について悩むのも悪くはないのかもしれない。

 静かな声で話しながらもどことなく心強さを感じさせる百瀬の口調が、これとないまでに俺の心を温めた。


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