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~21.

「さくら……いつまで掛かるんかな?」

「……知らねぇ。警察のさじ加減だろ」


 静かな病院。待合室でただ座り込む俺達には、何も知る権利はない。


 病院に駆けつけてから約1時間。百瀬は先程やってきた警察官に事故について詳しく話を聞かされている途中で、事故の当事者と血縁関係にない俺たちはただ百瀬が戻ってくるのを待っているだけだ。百瀬の両親が運ばれたであろう手術室の元にも駆けつけてはみたが、そこにはもう誰もいなかった。


「最悪のことも、考えなあかん」

「……そうだな」


 百瀬の両親がもし死んでしまったら、そう考えると何も言えない。ここにいる俺達が口を閉ざすと、止みそうにない雨の音だけが閑散とした待合室に響き渡る。一体、どうしたらいい。

 自分に起こった出来事なら、もう少し何か言葉が見つかったのかもしれない。大粒の涙流して泣き喚いて、やり場のない怒りをただ撒き散らしていれば他のことは考えずに済んだだろう。いや、昨日まで元気だった大事な家族が死ぬなんてことは想像できない、してはいけない。


 声帯を震わせることなくしばらくの時間が過ぎると、白い廊下の先から小さな足音が聞こえた。


「……さくら!」

「百瀬……!」


 どれだけ生気を失えばそんな足音が出るんだよ。そう言いたくなるほどに小さな足音が、目の前で止まる。俯いた百瀬は、小さな手でひたすら涙を拭っていた。


「大丈夫か? と、とりあえず座ろか?」

「……」


 白く透き通った百瀬の肌が、涙の後で真っ赤に染まっている。どれだけ泣きじゃくったらこうなるんだ。どれだけのことが起きればここまで泣きじゃくれるんだ。

 少しの安心感も見せない百瀬のその表情から、大体の事情に察しがついてしまう。受け止められない現実が、有無を言わさず降り注いだ。


「お父さんもお母さんも……助からなかったって……」

「……」


 ――最悪のパターンだ。


「雨で滑りやすい道だったって……ハンドルを切り過ぎて、停止車両に追突……当たり所も打ち所も、最悪だったみたい……」


 ――教えてくれよ、誰でもいいから。


「病院に運ばれたときにはもう……助かる見込みもなかったって……」


 ――なんて言葉をかければいい。なんて顔をすればいい。今ここで何を思えばいい。俺にとっても大切な人が死んで、でもその人は百瀬にとってはもっと大事な人で、先に逝かれた百瀬が泣き喚いて、俺は……俺は……。


「……雨が降ったって大喜びして……気持ち弾ませながら川に向かって……」


 ――俺は、励まさなくちゃいけない。今一番苦しい思いをしているコイツに、頑張れって、大丈夫だって言ってやらなくちゃいけない。そうじゃなくても、何かコイツが少しでも助かるような言葉をかけてあげなくちゃいけない。


「……別に今日でなくてもよかったんだよ……雨なんて……待ってればまたすぐに降った……」


 ――でも、何も浮かんでこないんだ。小説書く為にあれだけ類義語辞典をめくった過去があっても、何冊もの本を読んできた過去があっても、今ここで、何も浮かんでこない。語彙なんか、ここでは役に立たない。


「……なんで今日なの……? なんで雨なんか降ったの……?」


 ――わからない。問おうとも答えは見つからない、誰も答えてはくれない。それでも、ただ目の前の嫌なことを少しでも受け入れたくて、人間は理由を探し求める。受け入れたくないときにも、理由を探すくせに、人間って本当に訳わかんない生き物だな。本当に。


「……百瀬」


 訳のわからないまま、何をすればいいのかもわからないまま、俺は唇を噛み締める幼馴染の名前を呼んだ。言葉が見つからなくてごめん。どんな顔していいかわかんなくてごめん。訳わかんなくて本当にごめん。

 悲劇のヒロインになってしまったお前に対して、俺はどんな助役を演じればいいのかわかんないんだ。今の自分の立場じゃ、お前の悲しみを想像できるくらいでしかなくて、わかってやれない。

 震えているその華奢な手を、そっと握る。


「……夏樹……夏樹……」


 俺は馬鹿だから、もっと辛くて悲しい出来事を想像しちまって、この惨事で流すべき涙をセーブしてるみたいなんだ。一緒に泣いてやれなくてごめん。どうしたらいいか、わかんねえ。

 握りしめたその手から、百瀬の心の震えが伝わってきたような気がした。

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