~20.
「百瀬、携帯鳴ってるぞ」
「誰だろう? 知らない番号だ」
「危ないんじゃないか?」
「平気だよ。もしもーし」
何のためらいもなく通話ボタンを押して受話する百瀬。今時流行りの詐欺だとしても、お金を持っていない女子高生に電話してくるわけないよな。
ずぶ濡れになった和哉にタオルを渡し、急いで帰らなくてはいけないというカメラマンを見送る。こんな土砂降りの中、彼はよく来てくれたよ。せめて名前だけでも聞いておくべきだったか。
「……い……りました……ます」
雨の音にところどころかき消された百瀬の声。知らない番号からの電話に丁寧に話し込んでいる様子は何だか引っ掛かる。まさか本当に詐欺師から電話でも来たのだろうか。
電話を切ると同時に振り向いた百瀬。その顔は、見たこともないくらいに曇っていた。
「夏樹……和哉君……」
声を震わせながら喋る百瀬の瞳が次第に潤っていく。快晴から曇り空に変わったその表情から、一粒の雨が滴り落ちた。この先の言葉を、できれば聞きたくない。そんな気がした。こんな顔をした百瀬が、吉報を握りしめているわけがない。
「お父さんとお母さんが……交通事故で……病院に……」
小さな声で告げられたその言葉が、雨の音を割いて届く。胸が張り裂けそうな感覚に打ちのめされている場合ではない。
「どこの病院だ! 早く行くぞ!!」
「国立病院……」
「俺も行くわ! とりあえずさくらは夏樹の後ろに乗れ!」
「急ぐぞ!」
百瀬は唇を噛みしめながら荷台に乗り、俺の背中にしがみついた。あまりに急過ぎる出来事に取り乱しているんだろう、強過ぎる程にしがみつかれた体が少し痛い。
雨で視界が悪い中、とにかく急いでペダルを漕ぐ。俺の前を走る和哉は後ろに気を遣いながら逐一左右の安全を確認する。焦って俺達まで事故しちゃたまらないからな。
「夏樹! これどっちや!?」
「右! 次の信号は左だ!!」
豪雨の中、傘も合羽も無しに進む俺達の事情を理解しているかのように、町中の信号が協力してくれた。急がないと。
濡れないように確保したあの屋根付きのベンチも、撮影後に和哉に渡したタオルも、もう全て意味がなくなった。でも、今こうして急いで自転車を漕ぐ俺たちの想いだけは無駄になって欲しくない。早く、早く!
ペダルの回転がいつもより速かった分、自転車は当然のように早く目的地に着いた。駐輪場より先に、入口に向かう。
「和哉、自転車頼む! 百瀬行くぞ!」
「南側に止めとくで! 俺もすぐ行く!!」
百瀬の手を引きゆっくりと開くドアを二つすり抜ける。入口の自動ドアは急いでる者にとってあまりにも遅い。入口から正面に見えた受付の窓口に突っ走り、息をつく間もなく用件を申し出る。
「すいません! さっき交通事故で急患が来たと思うんですが!!」
「少々お待ちください」
いやらしい程に冷静な受付係が席を離れる。この人たちにとってはこんな光景が当たり前なんだろうが、百瀬にとっては一生に一度あるかないかの出来事だ。繋いだ手の先の幼馴染は、俯きながら嗚咽を漏らしていた。
「百瀬、大丈夫だ! 絶対大丈夫!」
「……うっ……うぅ」
大丈夫って、俺は一体何を根拠にそんなことを言っているんだろう。でも、それ以外にかける言葉が見つからなくて、ただひたすらに同じ言葉を連呼した。待合席に座る多くの人たちの視線が気になったのは、後に和哉がやってきてからのことだった。
「お待たせしました。百瀬さんですね?」
「……はい」
「一刻を争う状態で……只今、手術室にて施術が行われています。もうしばらくで警察の方も到着しますので、そちらで事故の詳細を……」
大きな事故だったのか。だとしたら百瀬の両親は無事なのだろうか。急過ぎる出来事に平常心を保てない自分の精神力に苛立つ。百瀬を励ますどころか俺が取り乱しているだなんて、情けない。
窓の外は、相も変わらず雨が降りしきっていた。




