~19.
窓に打ち付ける雨。起床直前の夢に紛れ込んだその音が、俺を現実の世界に引き戻した。午前8時、天気は大雨。こんな天候の中での撮影など気が狂っているとしか思えない、と考えるのが普通だとは思うが、生憎今日はこんな天候のシーンを撮影する予定なのだ。
雨が絶好の天気という、いささかおかしな状況。とりあえずは身支度をしながら我らが監督からの連絡を待とうか。
割かし目覚めのいい気分で顔を洗い、歯を磨く。起床後の歯磨きというのはどうしてこうも気持ち良いのだろう。この習慣を人間に植え付けた先祖に感謝したい。
朝食にはご飯と納豆という定番メニューを採用したのだが、やはりこれも格別。この定番メニューを考えだした先祖にこれまた感謝したい。過去の人間であろうと、やはり先人は偉大なのだ。
なんとなく新聞のテレビ欄が見たいと思い、食卓周りを探すが見当たらない。仕方なく新聞受けを確認しに玄関を出て新聞を抜き取ったのだが、新聞に挟まれているものとは別に1枚のチラシがそこにあった。少し気になったので、食卓に戻ると新聞よりも先に目を通した。
『5丁目児童公園の立入について。遊具の撤去が済み、今月から5丁目公園は工事の為立入禁止となっているはずなのですが、児童が許可なく立ち入っているとの報告を受けます。安全の為でもありますので、周辺住民の方に再度お知らせしておきます。市役所 公園整備課』
5丁目公園とはあの『お花見公園』のことである。遂に立入が禁止されていたとは驚きだが、そんな場所に侵入してしまう子供たちにも驚きだ。憩いの場所がなくなってしまうのは辛いが、別れを経験することが大人への道なのだ。耐えろ、少年たちよ。
チラシを置き、テレビ欄を見ようとすると携帯が鳴る。もちろんあの幼馴染からだ。
「おはようさん」
『おはよう! いい感じに降ってるね!!』
「さっさと終わらせて切り上げようぜ。風邪引いちまう」
『うん! じゃあ皆にも連絡するね!』
そう言って百瀬は電話を切った。『皆』というのはカメラマンと和哉のことだろう。今日は撮影に必要な人数もかなり少なく、時間も短い。もっとも、今日の様なシーンが長々としたものであったら困るんだけどな。
おそらくだが、風のあるこの天気には傘はほぼ無意味。その上目的地までの交通手段が自転車しかないので、びしょ濡れになる覚悟は持たないといけないというものだ。風邪をひく覚悟もしておいたほうがいいな。
しばらくすると今度は百瀬からメールの着信があり、合流する時間が伝えられた。全体のスケジュールでは午後になる頃には帰宅できるとのこと。内容を確認し、携帯をポケットにしまった。
今日の午後は家でゆっくりしよう。つまらないテレビでも見ながら昼寝にふける一日を過ごしたい。
合流時刻の午前10時半。百瀬宅に到着し、インターホンを鳴らす。今日は土曜なのに車がないということは、百瀬の親は出かけているのだろう。雨の中ご苦労さん、というのは俺たちも変わらないか。
「うわぁすごい雨。早く行こう!」
もちろん、ゆっくりなんてしている暇はない。ほぼ意味のない傘を差しながら自転車を漕ぎ、学校よりも近い場所にある撮影場所の川に向かった。
そしてびしょ濡れになりながらも集合場所に到着し、和哉達と合流する。近くにはなんとも丁度良い場所に屋根のあるベンチがあり、そこで一息ついた。
「この場所からでもある程度の撮影はできそうやな」
「じゃあとりあえずここからでも撮れるカットから撮ろう!」
急ぎたい状況の為か、進行も早い。特にNGもなく進んでくれることを心から願うぜ。そして撮影が始まった。
川に走ってくる主人公を向かいから撮るカット、川で辺りを見回す主人公のカット。この時点で和哉はもうびしょびしょなのだが、この後からはカメラマンもびしょびしょになる。
しかし、映像部員の彼は撮影が大好きな熱血カメラ少年なので、自分が濡れることくらいはどうでもいいらしい。機材への防水対策も完璧で、とても心強い。
数々の撮影はこれまた順調過ぎるほどにスムーズに進み、拍子抜けしてしまう程に短い撮影時間で事足りてしまった。まぁとても助かるんだがな。
「いやぁ濡れた濡れた。とりあえずこれで撮影は終わりやな」
「皆お疲れ様でした! 風邪引かないようにしっかり休もうね!」
雨は一向に止む気配を見せず、絶え間なく降り注いでいる。粒の大きな神の涙は、目の前の川の水かさを増幅させる。
雨雲に包まれた空を見上げたまま、和哉は頓珍漢な提案をしてきた。
「夏樹、今度海行かへん?」
「だるいな」
「んなこと言って、本当は行きたいんやろ?」
「今の言葉から何故そうなる」
とは言いつつも去年も一昨年も同じような会話をしていて、結局は海に遊びに行っている。和哉の発言はその辺りの事例を考慮してのものに違いないだろうな。とは言え、このどしゃぶりの中で言うことではないと思うが。
まぁ、別に断る理由になるものなんてないし、なんだかんだ言いつつも楽しめるのならそれでいい。そしてこれも例年通り百瀬も誘うべきかと少し考えた瞬間、聞き慣れない携帯の着信音が聞こえた。




