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~1.

「ちょっと夏樹! こら起きろ!」

「ん……? うわ! 百瀬!」

「あと5分以内に準備しないと遅刻だよ!」

「……マジ?」

「マジ」


 朝、無防備に寝息を立てている俺の目の前には幼馴染がいた。起こす側として申し分ない、準備のばっちり整ったその制服姿。そうだ、今日からまた学校なんだ。


「せっかくモーニングコールしたのに電話出ないし!」

「眠りに落ちている間の着信音なんぞ無音に等しい」

「何馬鹿なこと言ってるの! 早く準備して!」

「はいはい」


 これはおそらく去年の夏休み明けと同じ光景だ。俺が百瀬にモーニングコールを頼むも全くもって機能されず、結局俺の家まで直接起こしに来る。

 百瀬は俺の一番古い記憶に登場するほどの幼馴染で、幼稚園から現在の高校三年生に至るまで学び舎を共にしている。家が近いもんだから家族同士もやたら仲が良くて、こうして男の部屋に年頃の女の子を入れることにもはや抵抗はない。


「なつきー! さっさとしないとさくらちゃんまで遅刻しちゃうわよー」

「ああ今終わったよ! もう出るから!」

「いってらっしゃーい」

「いってきまーす!」


 母さんも母さんで起こしてくれりゃあいいのに。まぁ新学期早々あわただしいのはもう慣れてるけど。中学時代から数えて何度目だって話だからな。そろそろ俺の睡魔も学習してほしいもんだ。


「あ、自転車の鍵、夏樹の部屋に忘れた」

「俺んちの前に停めるのに鍵かける馬鹿があるか!」

「じゃあ私、荷台に乗る」

「朝から重労働させる気か?」

「失礼ね。そんなに重くないわよ」


 ただでさえ急いでるというのにどうして後ろに人間を乗せて自転車を漕がなくちゃいけないのか。……俺のせいか。

 このペースで行けば学校には二分くらい前に着く。一学期一発目からの遅刻は免れられそうだ。


「夏樹。桜まだ咲いてるね」

「あぁ本当だ。そろそろ散るんじゃないか?」

「春と言ったら桜よね」

「知らん」

「そこは頷こうよ」


 たった今横切った公園は、俺と夏樹が小さい時からよく遊んでいた公園で、桜の木が大量に植えられている通称『お花見公園』。敷地そのものも結構広く、その名の通り近所の人たちがお花見に使うローカルな場所だ。

 小学生の時はかくれんぼや鬼ごっこをして遊ぶ名所として知れ渡ったこの公園によく通ったものだが、最近では桜が咲く時期にしか立ち寄ることのない場所になっていた。そりゃそうだろ。高校生にもなって公園で鬼ごっこなんかしてたら職務質問ものだ。

 もっとも、俺は百瀬と違って週に一度ほどしかこの公園には来なかったけどな。他に夢中になれるものがあって、そんときは頭ん中そればっかりだったから。


 あと百メートルで正門を突破する。そう、二人乗りのときはこのタイミングで荷台の人を降ろさないといけない。正門で意味もなく竹刀をもって仁王立ちしている学年主任の小言から逃げる為だ。そういう交通ルールにはうるさいんだよな、大人って。


「おはようございまぁす」

「おお二人とも急げ。これ、クラス名簿な。もうチャイム鳴るぞ」


 ゴツい教師から受け取った名簿を鞄にぶち込む。そんなことは言われなくたってわかるんだよ。だから急いで来てるんだっての。


「夏樹、先行ってるからダッシュね!」

「へいへい」

「へいは一回でいいの!」

「へい」


 駐輪場に滑り込むように自転車を停め、鍵をかける。百瀬、鍵ってのはこういうところでかけるもんだ。わかったか。


 教室に入るといつもより早くクラスの皆が集合している。どうやら今日のビリは俺らしいな。


「夏樹、おはよう」

「あぁおはよう」

「ぐったりしとんなぁ」

「和哉はいいよなぁ、家近くて」

「意外と関係ないもんやで。油断して寝坊するし」

「まぁな」

「んにしても、また夏樹の前の席か」

「二年のときとクラス一緒だし、そうなるだろ」


 前川和哉、宮本夏樹、俺ら二人は何故かこうして三年間連続で出席番号の連番をゲットし、前後の席を確保するという意味不明の記録を成し遂げた。

 腐れ縁というものは何とも恐ろしいもので、全部で6クラスあるこの学年で起きた奇跡はそれ一つに留まらなかった。


「夏樹、今年は消しゴム忘れても貸さないからね」


 百瀬と俺は、三年間男女別の出席番号が同じ。つまり三年間隣の席だということだ。まぁ二学期になれば席替えはするのだが。

 小学校のときは四年間同じクラスで、中学は三年間、高校も三年間同じクラス。三回の入学と五回のクラス替えに遭遇し、通算十年間、連続8年間同じクラスになるという絶妙な奇跡だ。


「あぁ。百瀬の顔も見飽きたな」

「何それ。照れ隠し?」

「はぁ? お前にはそう聞こえたのか?」

「まぁ、ちょっと」


 百瀬のこういう扱いにくいところは昔から変わっていない。今じゃ自分の方が背も小さいくせに、やたら俺を子供扱いするというか。

 そりゃ12年以上も同じ場所で勉強してたら見飽きもするって。百瀬がいない学校なんて俺は知らないしな。ここ三年間なんて左向けば百瀬、前向けば和哉。そんな変わり映えのない日常を余儀なくされてんだよ、俺は。


「でも、昔から知ってる人が同じ学校の同じクラスにいるってだけで、私は安心だけどね」

「……まぁ、それは言えてるな」

「あ、そういえば夏樹。文芸部の新入生歓迎用の機関紙、完成した?」

「おう。春休みに部室に放り込んどいたぜ」

「私に見せなさいよ!」

「百瀬の見直しなんかいらねぇよ。俺のセンスを信じろ」

「まぁ、そう言われると何も言えないわね」


 小さい時から小説ばっか描いてた俺は、高校入学と同時に百瀬に無理矢理文芸部に入部させられ、現在は副部長としてあまり威厳のない風格で部室に居座っている。

 中学の後半になってバスケを少しかじってみたものの、汗をかくのが嫌で2カ月程しか持たなかったインドア派な俺。面倒なことが大嫌いだから副部長なんて引き受けたくもなかったのだが、部長の百瀬がこれまた勝手に俺を副部長にしていた。いい迷惑だよ全く。


 あぁ。春休みってとんでもなく短いな。夏休みまであと三か月以上もあるじゃないか。部活も、授業も、今日からまた地味に始まっていくんだ。


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