~18.
人間は本気を出せば時間を超えられる。いつもなら確実に1週間以上はかかる量の課題も、本気を出せば半日で終わらせることができるのだ。
「……堂々とした丸写しだね」
「共通の課題を出すということは、丸写ししろと言っているようなものだ」
「確かに! その辺は先生もわかってるやろ」
そして内容が自由である2つの課題に関しては例年通りの分担作業だ。理科系のレポートは和哉、作文は俺が2人分をやってしまう。それぞれの苦手分野を交換し合うことで作業がここまで楽になるとは、まさに連携を駆使した最高のプレーであろう。やはり人は助け合って然るべきなのである。
「とりあえずこれで厄介なもんは終わったし、後は遊び倒すだけやな」
「撮影も予想以上に早く進んでるもんね。私もびっくりだよ」
「明日は予報通りに雨が降るといいな」
最後に残った撮影は雨の中のシーン。幼馴染の正体に気付いた主人公が、川に投げ捨てたバスケットボールを雨に打たれながら探すシーンである。下流辺りで空気の抜けたボールを見つけた主人公が泣きながらボールに謝るシーンで、数あるシーンの中でも相当難しいものである。
プロの役者やプロのカメラマンならともかく、天候に左右される程の演出のこだわりに着いていく根性を素人が発揮しなけらばならない。川の流れが激しければ激しいほどいいらしいのだが、その分危険度も増す。
たくさんのノートが開きっぱなしになっている机を少しずつ片付ける百瀬の表情に、少しの不安が覗いたのは気のせいではないだろう。
「もう9時か。悪いなぁ、飯まで食わせてもらって」
「大丈夫だよ。勉強ってすごい大義名分なんだから」
「実際は模写に近かったがな」
「そろそろ帰るわ。ホンマに助かったで、おおきに」
大義名分と言えども、いつまでも年頃の女の子の部屋にいる訳にもいかない。それぐらいは心得ている俺は、和哉と一緒に机の上のノート達を鞄にしまった。
階段を下りて靴を履き、百瀬と百瀬の親に軽く挨拶をして玄関を出た。空は当然のように暗く、住宅街の明かりが夜行性の虫を寄せ付けている。
「夏の夜は涼しくてええなぁ」
自転車の鍵を開けながらそう呟く和哉。コイツは海水浴が好きな典型的夏派の人間だからな。目に見える人物像にピッタリなところがまた面白い。
「俺は冬の方が好きだぜ。うざったさがないからな」
「冬は寒い寒い言うてるやん」
「夏の暑さよりかマシだ。静かで寒い夜に、暖かい物に触れるのが気持ち良い」
そんなくだらないことを話しながら和哉と別れ、家の前に着いた途端に携帯が鳴る。いつもならマナーモードになっている携帯は、珍しくメールの着信音を発した。
『こら! 財布忘れてるよ!』
百瀬から届いた忘れ物報告でようやく後ろポケットの寂しさに気付いた。別に明日持ってきてもらえばいい話なのだが、携帯と同じく『手放すと落ち着かない物』にランクインしている財布を放っておくわけにもいかん。
抜いた自転車の鍵を再び差し、たった今帰ってきた道を自転車で進んだ。
ものの2、3分で目的地に到着。家の前に立っている百瀬が見えた。大きな家の前にちょこんと立った百瀬は、こちらに気付くと財布を頭上に掲げた。
「ばかちん。何度目だ」
「いつから数えての話だ? 小学校あたりから数えると思い出し切れん」
「はい。私の家だからまだいいけど、公園にでも忘れたら大変だよ」
「さんきゅ」
百瀬の家に忘れ物をすることは多いのだが、何故かそれ以外の場所に物を置き忘れたことはない。俺の潜在的意識が関係しているのだとしたら、百瀬の家に忘れるのは平気だと気を緩めていることになるのか。
財布を受け取り、前のかごに入れる。ふと百瀬の顔を見ると、なんだか物言いたげな表情をしていた。
「今日さ、和哉君が言ってたこと覚えてる?」
「忘れてはいないと思う」
「主役であると同時に助役でもあるって」
「ああ、そういや言ってたな」
「それ聞いたときにさ、なんだかすごいなって思った」
和哉は前からそうだ。くだらないボケをかますときと同じような顔で、びっくりするぐらい良い言葉を放つときがある。妙に人の心を動かす言葉と言うか、核心を突いた言葉と言うか。
「自分を主演に抜擢した人間を支える。主役であるが為に、助役である」
「視点の問題だな」
「そう、視点。和哉君はそういった視線からもやりがいを見つけた」
理系のくせに一つの定理や法則に則られることもなく、割と広範囲で物事を見れている奴だからな。
「人は、誰でも主役になれる。ううん、自分の人生っていうストーリーでは、どうあがいても自分は主役にしかなれないの」
「よく聞く台詞だよな」
「でも、心から理解できるのは珍しい事だと思うの」
「……確かに」
「夏樹、夏樹も主役なんだよ」
「……」
「色んな選択肢の中から一つを選ぶのは自分、悲しい場面や嬉しい場面に出会うのも自分、今日をどう生きるかも自分次第」
主役、か。輝かしい物語の主人公になることが難しくても、どういう主人公になるかはある程度自分で決められる。初めから決められた世界観という設定の中で、俺というキャラクターは果たして喜劇を望んでいるのだろうか。
「波乱万丈が行き着く先がハッピーエンドかはわからない。でも、時間が進むだけじゃ物語は進まないの」
「……主人公の心情が動かないとな」
「行動もね。だから、動いて動いて、動き回ってみようよ」
現実にたじろぐ俺の心情を見透かすようなその言葉が俺の心に雫を垂らし、小さな波紋を生んだ。これからどうするか、俺は何がしたいのか、どうなりたいのか。
あまり好きではない夏の夜、主役としての自分を少し思い浮かべてみた。




