~17.
葉月の暦も着々とめくれていき、自主製作の映画の撮影も順調に進んでいく。日の照るアウトドアでの撮影は気温との闘いだが、学校がロケ地である日なんかは割とその場の雰囲気を楽しむことが出来ている。
そんな退屈しない夏休みも半ばとなり、残す撮影シーンも僅かとなった。今日は少し順序を飛ばしてラストシーンの撮影となっている。
『トモヤ、お前のせいで俺はまたバスケをせなあかんようになった』
『何を言ってるんだよ。僕は君のおかげでまたバスケができるようになった』
『……これからはライバルや。今まではお前の方が上だったかもしれへん。せやけど今はどうかわからんで』
『じゃあ試してみようか』
なんだかくすぐったいようなラストの台詞が体育館に響くと、監督の合図でカメラが止まる。同時に今日の撮影が終了することが決まった。
「皆お疲れ様! 一応明日で撮影は最後で、その後は編集等に入るから役者さんはとりあえずお休みに入ってください!」
百瀬監督は蒸した空気を払うような爽やかな笑顔で今日一日を締めた。とは言ってもまだ午後の3時になったばかりで、8月9日という時間はまだ残されているのだが。
「夏樹もお疲れ様。暑さに弱いのによく頑張りました!」
「俺は冬にも弱いぞ。あと朝もな」
「弱点多過ぎなのよ」
弱点が多い方が人間らしい。俺はそう思いながら弱点を克服しようとせずに生きてきた人間だが、考えてみれば暑いだの寒いだのなんてもんは克服も征服もできやしない。
人間が地球で生きていく以上は常に戦わなければいけないもので、尚且つ敵とは言い難いもの。敵でも味方でもないものと上手く共存していく手段として、お互いの弱点をさらけ出して掴み合うこともあるだろう。互いが互いの弱みを握っている以上、仲良くしておくことにこしたことはないんだからよ。もっとも、自然には弱点も糞もないわけだが。
「いやぁホンマに疲れるなぁ」
「でも和哉君かなり演技上手いよ! ちゃんと台本読み込んでるんだね」
「当たり前やん。俺は主役であると同時に、監督や原作者の助役でもあるんや。俺がちゃんとせな、皆に迷惑が掛かる。手ぇ取り合って助け合っていこうや」
――それが一番なんだよな、実際は。
人間関係は誰もが抱える粘着性の悩みであり、誰でも抱えることのできる突発性の悩みである。いつ生まれるかわからないそのマイナス要素も、手を取り合う精神で構えていれば結果的にプラスに持ってくることも可能だ。
汗を拭うひょうきん者の笑顔の底に人を惹き付けるような魅力が眠っているということは、よく話すようになった頃から実感している。だからこそ俺が弱みを握らずとも、互いが互いを潰すことなくやってこれているんだろうな。
「和哉、これシャワー室の鍵」
「おお、悪いな。ちゃっちゃと浴びてくる!」
「視聴覚室で待ってるぞ」
和哉はそう言うと、紐で結ばれた鍵を人差指でくるくると回しながらシャワー室へ向かっていった。
それを見送り終わると、見計らったように百瀬がこちらにやって来た。
「ねぇ夏樹、今日この後って暇?」
「暇だな。でもその暇を満喫するのに忙しいかもしれない」
「何それ。じゃあこの後皆で宿題でもやらない?」
「なんだ、お前終わってないのか」
「違うよ。夏樹が終わってないと思って」
さすがは付き合いの長い幼馴染というところか、俺の課題進行ペースまで完全に把握しているらしい。少々嫌味な気の利かせ方だとは思うが、白紙の課題が少しでも染まるならそれは助かるというものだ。是非ともお願いしたい次第である。
「じゃあ数学を教えてくれよ。糞暑い中でアレだけはやる気がしないんだ」
「宿題の一番量が多い教科だしね」
生粋の文系の俺にとって、数字の課題とは得体のしれない記号の羅列の塊のようなものだ。読んで理解できない時点で思考を全て停止させて居眠りに走りたい衝動に駆られる。
美術部や映像部の部員達もぞろぞろと体育館を去り、俺達は和哉を待つために視聴覚室へと向かう。夏休みの校舎は気温の高さに反比例して密度が低く、寂しげな廊下には窓の外から聞こえる蝉の鳴き声だけが響いている。
「冷房つけちゃおっか」
「ああ。そうでなければわざわざここに来た意味がない」
カメラの回らないシャワーシーンを終える主役を待つ俺達は、夏を感じさせない部屋の中で時間を潰した。これから学校を出てしばらくしたらまた汗だくになるというのに、わかっていても涼しみたいと思うのは何故なのだろう。
「どうしようか。夏樹の家でやる?」
「距離的には和哉の家が近いけど」
「宿題取りに行く時間を考えると……まぁ私の家でもいいか」
「だな。ていうか和哉は宿題終わってんのかな」
「……どうだろ」
百瀬との付き合いの長さと比べると和哉とのそれは短いように感じるが、それでも2年以上。去年一昨年の実績を踏まえると……。
考え始めると同時にドアが開き、外の熱気が侵入してくる。噂をすればなんとやら。
「すまんなぁ、遅くなった」
短い髪に残った水分を手ではじきながら、笑顔で和哉が現れた。
「なぁ和哉。課題終わってるか?」
「課題? 終わってるわけないやん。なんで?」
そうだよな。そこに関しては疑う余地もないと俺は信じていた。




