~11.
蝉が淡い命を散らす夏休みが遂にやってきた。この夏休みは文化祭のための準備が非常に忙しく、シナリオの完成、脚本の作成、映画の撮影等を全て済ませなければいけない過酷な日々となる。
とはいうものの、シナリオは既に完成している上に映画も約30分ということで撮影時間も長くはならない。あとは監督を務める文芸部部長と映像部部長の2人次第というところだ。原稿を元に脚本を作成するわけだからさほど大変な作業ではないと思うのだが、やる気に満ち溢れた百瀬がこの作品に何をどこまで追求するのかによって完成予定日は変わってくる。
そして今日は百瀬との打ち合わせというなんともけだるい名目で予定を埋めることとなり、家まで迎えに来たというところだ。
「おはよう夏樹!」
「夏休みなんだから午後からにしてくれてもいいだろうに」
「怠け癖ついたらいけないでしょ。とりあえず買い物からね!」
「……買い物?」
けだるい名目よりも更に面倒なことになるとはさすがに予想していなかった。百瀬の奴、あろうことか俺を荷物持ちに任命したらしい。夏休み初日でまだ体が生きているからいいものの、これが8月の半ば辺りだったらどうなっていたことやら。その辺も計算しているとしたらさすが幼馴染と言えよう。
この辺りで買い物と言うと、電車で1駅先にある県庁所在地の周辺に向かうことになる。関東地方とはいえ華のある東京のような大都市ではない為、県内の一部の栄えている市にたくさんの人が集まる。県境あたりに住んでいる人ですら、今から向かう場所に月1回のペースで足を運ぶらしい。不便と田舎がイコールで結ばれるのは否めない真実に他ならないのである。
「夏樹、1駅なんだから寝ないでね」
「寝るか」
田舎の1駅先というのは東京の3駅先と同じくらいの時間がかかるらしいな。以前に1度だけ東京の地下鉄に乗ったことがあるのだが、1駅の間隔があまりにも短すぎて、下りた駅の階段を上がると前の駅が見えてしまう程に距離が近かったのを覚えている。もっと歩け、都会人。
「よし着いたぁ。今日は水着と洋服と本と、あと何か買って帰ります!」
「何かってなんだよ」
「何かしら欲しいものが見つかるかもしれないじゃない」
「俺の両手の負担さえ考えてくれれば別にいいけどな」
百瀬は普段ほとんど無駄遣いしないくせに、何ヶ月か1度はこうやって一気に欲しいものを買い漁る。週何回かのバイト代の管理も上手にできているようで、買いものの仕方に今時の女子高生らしさを感じさせつつもしっかりした性格がにじみ出ている。
「夏樹も買い物するでしょ?」
「そうだな。気に入ったものがあれば」
「じゃあ水着と洋服はちゃっちゃと買ってくるから、終わったらまた合流で!」
「はいよ」
百瀬のポリシーを一つ聞いたことがある。洋服等のアパレル関係の買い物をするときは何を買うか人に見せないというもの。購入する店まではわかっても、その時に何を買ったのかは一緒に買い物に来てもわからないのだ。今日のように後の合流を言い渡されるか、店の前で待たされるかの2択が非常に多い。
百瀬曰く、お洒落に気を遣う以上は生活感を感じさせてはいけないということらしい。品物の値段もそうだが、選ぶ様子や買っているところを見られるとその人に現実的な印象を与えることになる。雑誌のモデルが普通に店で洋服を購入している様を見るのが嫌だということもあるらしく、オーダーメイドのかっこよさはそのような現実的な要素を取り払っているからこそのものだという。理解できるような理解できないような。
俺も今日はTシャツの1枚でも買って帰ろうか。せっかく来たんだから、せめて自分の荷物も持って帰りたいからな。そう思ってお気に入りの店に向かう途中、ふとスポーツ用具店の店頭に置かれたバッシュが目に入った。
……かっこいいな、これ。人気ブランドの最新モデルには地雷が多いものだが、このデザインは間違いなく逸品だろう。つま先のラインやくるぶし辺りのラインはまさに曲線美。おそらくこれは和哉が見たら即購入の品物に違いない。そしてなんと、本日発売とはまさに最新、最先端の品物ではないか。
「……」
『あーもしもし』
「おはよう。お前バッシュ欲しくないか?」
『まぁいらなくはないけどな。必要やし』
「今日、すんげぇかっけぇモデル出てるぞ。俺の目の前にある」
『ホンマに? 写メ撮ってくれへん?』
時代ならではの情報伝達を駆使し、視覚的な情報を遠方にいる友人に渡す。こんなことができる時代に生まれてよかったと思ったのは人生で5度目くらいのことだ。
『やばいな、これ。めっちゃ欲しい』
「だろ? お前サイズいくつだっけ?」
『え、何買ってくれんの? 嘘やん!』
「いいからサイズ」
『28!』
「誕生日プレゼントな。10月から前借りってことで」
わざわざ荷物を増やすのも気が引けるのだが、見逃したら罰が当たる気がしたもんでな。是非とも倍返しでお願いしたいところだ。
進路や将来に不安を持っている分、せめて友達関係で心を潤したいと思うことはいたって正常であると信じている。大学に落ちるなんてことは考えてもいないが、和哉と別の大学になることはほぼ確実に決まってるからな。
自分の物以外に諭吉をためらいなく使えるということは、割と気持ちのいいものだ。こんな感覚を忘れずに大人になりたいと思うが、大人になった自分の姿は未だに想像もつかなかったりする。




