~10.
梅雨明けが待ち遠しい文月。暑苦しい葉月を迎え入れる為の準備段階である7月は、期末テストの終わった高校生にとっては消化試合のようなものでしかない。
進路について一つ考えが浮かんできた俺は、進路調査の紙に『第一希望京明大学文学部』とだけ書いて提出した。ランクを下げることなく、距離も近い場所であるからかなり無難な選択と言えるであろう。これから模試を受けつつ勉強時間を調整していけばいいし、今の自分の学力からしてある程度の自信もある。
「夏樹も京明! この辺に住んでる人だと多いよねぇ」
「そうみたいだな。他県からは全く人気がないみたいだが」
そういった意味ではかなり閉鎖的な大学でもあるだろう。しかしながらそのおかげで倍率自体もそこそこに留まってくれていてラッキーである。同じ高校や同じ中学の奴らがたくさん集まりそうな予感はするが、それはそれで楽しいこともあるだろう。
「あ、百瀬はどうすんの?」
「え、私? 私も京明だよ。経済学部だけど」
「ほう。経済学部ならランク落とさずに選べてるじゃん」
「お互い受かったらまた同じ学校だね」
「もう懲り懲りなんだが」
「なにぃ!?」
懲り懲りというのは嘘かもしれないが、幼馴染とこれだけ同じ学校に通うとなるとさすがにじれったくも感じると思うだろうに。別に気にしていないから困ることは何もないのだが。
「期末の点、夏樹は珍しく赤点無しか」
「おいおい。俺はまだ1回しか赤点取ったことないぞ」
「あれ、そうだっけ」
「人の学力をイメージで語るな」
百瀬は学内のテストにおいては毎回優秀な成績を収めている。その分教師からの信頼も高く、部活動のリーダーとしても優秀に活動出来ている為、入試の際は推薦を貰うと予測している。
この学校自体のレベルはさほど高くもないのだが、その環境の中で常に優秀な成績を保つということは容易なことではない。常にライバルとの火花が散るような環境ならまだしも、アンニュイなこの学校の雰囲気で自律するということは根がしっかりしている証拠だ。
そんな幼馴染をもっと見習ってやればいいのだが、俺にはこのゆるい雰囲気がぴたりとハマりすぎてしまってどうしようもない。こういう空気の中で深呼吸をし、心地よさを感じながら過ごしていくのが合っている。
間違っても切磋琢磨なんて言葉は俺の辞書には乗らん。性に合わないにも程がある。
「和哉君は進路どうするの?」
「あぁ。日本のバスケのプロリーグは安泰とは言えへんし、先を見通した進路を考えなアカンなぁ」
「インストラクターとか、学校の先生とか?」
「そやなぁ。今のところはそれで考えとるから、体育大学でもっとバスケやるつもりなんやけど」
教員の採用率云々も視野に入れているってわけか。無難な上に夢を追えるという選択肢だから間違いないだろう。日本のバスケット業界が今以上に盛況するのなら、是非とも和哉に大活躍してほしいものだ。
「なぁ夏樹。大学でバスケやらんの?」
「やらないだろうな。俺はちびちび小説書いてるわ」
「でも高校と違って、上手い奴はかなり優遇されると思うで。実力の世界やからな」
「いや、性に合ってないからやめとく」
「やっぱりそうかぁ」
今はなんだかんだ言って小説書くのが一番楽しいしな。別に死ぬ気で努力してたりはしないけどさ、その時間が一番自分らしいっつーか。
――中3の頃だったか。百瀬に『夢には真剣になれ』みたいなこと言われたの。本気でなりたいと思ってるやつしか、小説家にはなれない。今考えてみると確かにそうだ。中途半端な気持ちでバスケやってる奴が和哉の邪魔をしたらと思うと、なんだか無性に腹ただしい思いになるもんな。
――俺は、小さい頃のような気持ちを持ちながら小説を書いているのだろうか。わくわくしてたまらない、他のことなんかそっちのけで筆握ってたあの頃と同じように、本気で小説家になりたいと思っているのだろうか。
確かに物語書くのは楽しいし、時間を忘れられる程に打ち込むことはできる。でも何でだろう、俺自身が気持ちを昂ぶらせて一から十までの創作を行っていないんだ。部活に入ったのもなんとなくで、行事の度に必要最低限のもの書いて、家で書くものも途中で全部やめちまってる。
いつから? 俺は本当に小説を書くことが好きなのか? 胸張ってこれが夢だって言えるのか? いや、言いたくない気持ちだってある。現実を見て、現実的に生きようと思う気持ちが芯を作っているから、夢に生きることなんてしたくないと思う気持ちが大きくなってきて、いつしか夢は現実から逃げたいときだけの道具になって……。
――馬鹿か俺は。今は進路の話だろうが。何いきなり答えの見つからない方程式の解を探そうとしてんだ。将来に悩んだり、夢と現実の狭間で揺れてるのは何も俺だけじゃない。XやYが何かと考える前に、目の前の道を右に行くか左に行くかを考えなくちゃいけないんだ。
俺はこの先も楽しく生きていきたい。その為に大事なのはまず目前の壁を越えることだろう。それを見失って台無しになっちゃあ、何も楽しくないじゃないか。
「夏樹、ボーっとしてないで後ろにプリント回しなさい!」
「あ、悪い悪い」
「頼むでほんまに」
考えすぎると目の前のプリントすら見えなくなっちまうってか。そこまで現実に支障が出るとなると、これまた考えものだな。




