~9.
「どんなもんでも、勝負と名の付くものには真剣に向き合わなあかん」
「泥仕合はごめんだがな」
「アホ。地べたを這ってでも勝たなあかんときがあんねん」
体育祭は我ら『青団』が優勝という結果に終わり、別に嬉しくもなんともないのだが、不快な気分で行事を終えることがなかったのでよかったとしよう。
高校生活最後の体育祭で優勝できたことに感極まった百瀬は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたので、少しからかっておいた。女ってのはどうもわからんもので、体育祭なんてものは負けても勝っても何も支障なんてないと思うんだがな。
高校生活の行事ももう残り少し。単位を落とさずに乗り切ってきた俺達は、午後まで学校にいないことも増えてくる。本来ならその空いた時間を使って受験勉強をしなくてはいけないのだが、未だに進路が決まっていない俺にいたっては例外。
「先帰るで」
「おお、じゃあな」
門の外へ消える和哉を見送り、なかなかやってこない百瀬を待つ。
先日、公式試合で無念の敗退を喫した和哉達はもう引退になる。必死で球を追っていた人間もこの時期になれば来る受験に備えなくてはいけないということだ。
俺も進路について真剣に考えなくてはいけないのだが、実際のところどこに行っても同じような気がしている。明確な目標がない以上、大学に行きながらやりたいことを探すことになりそうだし、勉強したいことがないという現状から見ても、大学選びに必死こく必要性が見当たらないのだ。
もちろん、社会的にある程度認められた大学、学科に進学するつもりではある。就職で不利になることだけは避けておきたい。就職に強いのはやはり理系なのだが、俺の脳はあいにく文系に偏って構築されているわけで、苦手な理系で受験となると大学入学すらままならないという事態に陥ってしまうだろう。
「夏樹ごめん待った?」
「ああ。帰っちまおうかと思ったぜ」
「えぇ、ごめん」
「ホント女はお喋りが長いな。ほら行くぞ」
行事に汗だくを強要されて体がべたついてる。さっさと帰って熱いシャワーを浴びたい。
「優勝してよかったねぇ」
「そうか?」
「そうだよ。勝つか負けるかなら勝った方がいいもん」
「でも勝つってことは負かすってことなんだぜ。俺達が勝ってはしゃいでる裏で、敗北に涙する連中もいるってことじゃないか」
「う……。確かに」
体育祭みたいな行事に順位が必要なのは、それに一喜一憂できる人間が多いからなんだろうが、誰も最初から負けることなんて考えていないんだろうな。負ける側の人間のことも考えちゃいない。体育祭みたいな行事に限っては言えないことかもしれないが、勝負ってのはなかなか残酷なもんさ。
「ねぇ夏樹。あの公園行ってみない?」
「え? さっさと風呂入りたいんだけど」
「それは私もよ! いいからちょっとだけ」
「はいはい」
ブランコが無くなったあの公園。来夏に始まる住宅街建設に向けて公園の取り壊しが徐々に行われてきているのだが、少し経った今はどうなっているのだろうか。正直少し気になってはいる。
ペダルを漕ぎ、風を切る。横に並んだ自転車にまたがるのは幼馴染。俺はこの光景を何度見てきたのだろう。小学校に行く時も、中学校に行く時も、高校に通い始めてからも、この道を通って学校に向かっていた。
この光景が当たり前でなくなる頃に、あの公園もなくなってしまうのだろうか。寂しいと思うことは悪いことではないと思いたい。
「……滑り台もなくなっちゃったかぁ」
「どうして一つずつ無くしていくんだろうな」
「まだ子供達が遊んでるからかな?」
「鉄棒もジャングルジムも、穴のあいた山も、あのバネのついた動物たちも、もうお別れなんだな」
遊具がなくなったら、この公園はただの運動場状態になる。かろうじて砂場は残っているかもしれないが、それ目当てでやってくる子供がいるとは思えんな。
「はぁ……。お別れかぁ」
「体育祭で泣いたんだから泣くなよ。脱水症状になるぞ、汗もかいたし」
「泣かないもん」
言葉とは裏腹に随分目が潤んでいるようだが、百瀬なりに悲しみを堪えているんだろう。百瀬のこんな顔を見たのは何も初めてじゃない。
「ここの桜がなくなったらさ、どこに見に行こうか」
「……どこにもいかない」
「そんなに悲しいか」
仕方のない駄々をこねるあたりは子供っぽいが、考え方は基本的にしっかりしてるというのが百瀬さくらという人間だ。その正反対が宮本夏樹という人間であると言っても間違いにはならない気がする。
「でも、俺らが寂しがったところで、公園の遊具達は何も思ってくれやしないんだぜ」
「……そんなことないもん」
「人が物を作り、人が物を壊す。物には心を持たせられないようになってるんじゃねぇか?」
「物にだって心はあるよきっと。寂しい時は泣くし、嬉しい時は笑う。人の目には見えないだけで、いつも何か考えてたり、思ってたりするよ」
百瀬が考えた小説の原案には、百瀬のこういう思想が組み込まれているんだろうな。俺はそのメッセージを更に具体的に表わさなくちゃいけない立場にいるから、もう少し耳を傾けてやるべきなのかもしれない。
――物だって、心を持つ。
百瀬の子供っぽさが、何故か大人びて見えた。




