第1話 クロス・チェイン
プレイヤーキラーとか嫌いな人はご遠慮ください。
2020年に発売されたVRMMOゲーム『ドミネートカオス・オンライン』
プレイヤーの脳波をダイレクトに反映する、最先端のテクノロジーによって、プレイヤーは視覚、聴覚、感覚の全ての五感を感じることのできる、真のヴァーチャルリアリティゲームを実現した。
ヘッドギアに埋め込まれたセンサーが、プレイヤーの脳波を直接刺激するそのゲーム機は、僕達に本当の仮想現実を実感させてくれた。
ゲームの世界設定は、オーソドックスな中世のヨーロッパをイメージさせる、剣と魔法のファンタジーの世界で、プレイヤーはその仮想世界にもう一人の自分を作り出し、冒険の旅に出る。
旧世代のRPGを凌駕する、そのリアルなグラフッィクと体感システムは非現実な世界を、まるで本物の現実世界のように体感させてくれた。
世界中のゲーマー達が、この最先端ゲーム機にこぞって飛びついた。
しかし、わずか数日でこのゲーム『ドミネートカオス・オンライン』は、発売禁止となる。
致命的なバグが発覚したからだ。
あまりにもリアルなVRMMOの世界が、プレイヤーに与えたのは胸が躍るような冒険の世界の体験だけではなかった。
ゲームの世界で受けるダメージが、現実のプレイヤーにも痛みをダイレクトに痛感させた。
細かい事はよく分からないけど、プラシーボ効果っていうらしい。
ゲームの世界で受けた苦痛、そして死が、現実のプレイヤーの精神と脳にも影響を与える仕様となっていた。
つまり、『ドミネートカオス・オンライン』の世界で受けた苦痛は、現実のプレイヤーにも同等に近いの苦痛を与え、脳に障害を、精神に崩壊をもたらす、危険なゲームだったって事だ。
発売禁止になって、新聞やニュースの一面を飾ったこの『ドミネートカオス・オンライン』というVRMMOだが、ニュースになっても製作会社は明らかにされなかった。
そして、販売禁止になったにも関わらず、未だに市場に出回ってゲームプレイヤーの人口は増加している。
サーバーは何処にあるのか?
運営しているのは、何者なのか?
FBIとか、インターポールとか各国の警察機関が血眼になって販売ルートを捜索しているらしい。
でも、いまだに真相は解明されていない。
某国の陰謀じゃないかって説や、色々な噂が絶えない。
でも、これだけは確かだ。
僕の手元にはそのゲーム機がある、ヘッドギアのような危険なゲーム機『ドミネートカオス・オンライン』
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
数週間前に、宅配便で僕のアパートにそれは配達された。
差出人の住所氏名は一切不明で届いたそれは、胡散臭いことこの上ない。
僕にとって、現実の世界はそれほど苦痛じゃない。
いつものように学校に登校して、気の合う友人とくだらない雑談をして。
朝から夕方まで、同じような授業を聞いて、成績もそんなに悪くないし、進学のための勉強もそこそこやってる。
それなりの大学に入学できたら、それなりの会社に就職して、これからもそれなりの人生を送るのだろうか?
僕は、ヘッドギアの形をしたゲーム機を何気なく手に取った。
刺激が欲しい……
それなりの人生、それなりに歩んできた15年間。
何か、何かが物足りないんだ。
ゲーム機の電源をONにする、現在時刻は21時17分、視覚モニターに日付と時刻が表示される。
「『ドミネートカオス・オンライン』ログイン、パスワード及びブレインバイナリティチェック完了!」
5分ほどのロード時間がメーターで表示され、僕の脳内に視覚、聴覚、嗅覚、味覚、痛覚、あらゆる感覚が仮想世界にインプットされていく。
現実の時刻は21時過ぎの夜中だが、ゲームの世界では太陽が真上にあって、僕のプレイヤーキャラクターを照らしていた。
ステータス画面に、もう一人の僕が表示される。
ネーム: クロス・チェイン
レベル: 15
ジョブ: 剣士
スキル: カウンター(Lv:5)、変装(Lv:5)、潜伏(Lv:5)
装 備: チェーンソード、サバイバルナイフ、レザーアーマー、狩人のバンダナ
レベルもそんなに高くないし、比較的この世界では軽装で、あまり見ないタイプの剣士だ。
でも、これがちょうどいい―――
僕の目的は、このゲームで刺激を味あうことなのだから。
「さあ、今夜も狩りに行こうか、クロス・チェイン」
まずは、いつものように変装スキルを使って見た目と名前を変更する。
そうだな、今日はなんて名前にしようか――― ジャックでいいか、前回も使ったような気がするけど、名前なんてどうだっていい、どうせ偽名だしな。
本当の名前の方はだいぶ有名になってしまったから、この変装スキルはとても役に立つ。
そう、僕のキャラクターの本当の名前、クロス・チェインはここらじゃ有名だ。
別名、PKのクロス・チェインとしての悪名でね。
販売禁止、危険指定のこのゲーム『ドミネートカオス・オンライン』だが、ゲームの世界はけっこう平和なものだ。
運営者もいないはずなのに、有力なプレイヤー達がギルドを作って自治を始めてから、ゲームの世界の治安はとてもよくなった。
だから、今でも多くのプレイヤーがゲームを楽しんでいる。
でも、現実の世界でもゲームの世界でも、人間の本性なんてそう簡単に変わりはしない。
僕のように、他のプレイヤーを狩る事だけを楽しみとしている、最悪なプレイヤーは後を絶たなかった。
最初からそれが狙いなのかもしれないが、このゲームには運営者もホストサーバも一切が謎につつまれている。
だから、プレイヤーの個人情報が漏れることはまず無いと考えていい。
そして、現実の世界には法律があるけど、このゲームの世界にはルールはあっても法は存在しない。
僕は、初めてこのゲームをした時から気づいてしまった。
このゲームは、プレイヤー同士が争う事を前提としたゲームなんだと。
町の中でも、教会の中だろうと、フィールドのどこでも他のプレイヤーに攻撃ができるし、倒したプレイヤーから武器やアイテムを奪うことができる。
また、このゲームはRPGだけどアクション性がかなり高く、相当なレベル差があっても戦い方次第で高レベルのプレイヤーに勝つこともできた。
―――ここは、何の刺激も無い日常とは違う、僕が生きていることを感じられる場所なんだ。
「さあ、狩りを始めようか」