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「それに付いてくことにしたんだわ、私達もね」
そうセリスが言うことに驚く。
「付いてく、ってシェイルノースまで?」
なんでまた、というのが本音だ。それが伝わったのかセリスは肩をすくめる。
「急で悪いわね、イリヤの両親がどうやらシェイルノースにいるらしい、って情報が入ったのよ」
セリスはちらりとイリヤを見た。イリヤはバツが悪いような顔だ。
「いるらしい、って探してたの?」
ローザが聞くとイリヤは一瞬迷うような間を見せた後に頷く。
「いやーここ何年も連絡取れなかったもんだから、てっきり死んじゃったのかと思ってたんだけどね~」
ヘラヘラと笑っているのは照れ隠しなのか、何とも反応に困る。
そういえば旅から旅の一族とか言ってたっけ。イリヤは何で一緒にいなかったのかとか気になるけど、今根掘り葉掘り聞く雰囲気じゃないしな。
デイビスがわたしの隣りにやって来る。皿には肉料理が山盛りだ。
「お前らには世話になったな。しばらく学園には戻れなそうだが、また一緒にどっか行こうぜ!」
ニカニカと気のいい笑顔を見せるリーダーに急に寂しさがこみ上げる。そっか……元々別パーティーだもの、しょうがないんだけど寂しいな。
「この後だなんて……そんなに急がなくてもいいのに」
ローザが隣のサラにめそめそ泣いてみせる。
「依頼人もいない私用だから、学園が休みの間に行きたいのよ」
困ったように答えるサラを眺めていると、何やらニヤついたアントンがこちらにやってくる。
「お前ら大丈夫なのかよ、主戦力居なくなるなんてきっついんじゃねーの」
「主戦力?デイビスのことかしら?そりゃきっついわねー」
わたしの答えが気に食わなかったのか、アントンは顔を赤くして怒り始めた。
「ほんとにかわいくねぇな!」
などとお決まりの台詞を吐くと、真顔に戻る。
「そういや『勝負』は俺が勝ったぜ」
何の話だろう?と首を傾げる。そしてふと思い出した勝負の内容に、わたしは絶叫した。
『うええええええ!?』
なぜか部屋中のメンバーが悲鳴混じりの声をハモらせる。あら?
慌てたのはサラだ。目を丸くしていたと思ったら見る見る内に顔を真っ赤にする。
「嘘よ!嘘に決まってるでしょ!……何で嘘つくのよー!」
普段の大人しさは何処へやら、アントンに掴みかかる。なんだ、嘘か……、とホッとするがアントンのしれっとした顔に腹が立つ。ともあれ王室の方もいる場で大暴れはよろしくない、とわたしはアントンとサラの間に立った。
すると周りのメンバーの注目を集めているのに気付いたサラが再び叫ぶ。
「何でみんながこの話知ってるの!?おかしいじゃないのー!」
そういやそうだ。この話ってわたしとアントン、サラの三人しか知らないはすでは……。
「フーローロー」
コソコソと部屋を抜け出そうとするお猫様をわたしは取っ捕まえる。聞き耳立てられるとしたらこいつかエルフしかいないじゃないの。
「なんでしょ」
「なんでしょ、じゃないわよ!あ、あ、あんたまさか全員に言ってないわよね!?」
わたしの聞きたいところはここだったりする。全員というか一人だ。あの特定の人物に知られたら死ねる。
「言ってない、言ってない。兄ちゃんには言ってない」
「バカ!」
慌ててフロロの口を塞ぐ。ヘクターが後ろで「えっ俺?」と驚いている。アルフレートが何かを耳打ちしようとし、それに、
「何でもないの!」
サラが叫んで止めるという混沌とした状況。女帝だけが楽しそうに笑い声を響かせた。
「サラさんのあんな慌て方、初めて見ました」
そう嬉しそうに言うヴェラと目が合う。頬や足に擦り傷が残っていた。
「ヴェラ、ごめんね……怪我酷かったんでしょう?」
わたしが聞くとヴェラは目をパチパチと瞬く。そして大きな口を開けて笑った。
「何言ってるんですか!私、みんなに自慢したんですよ、すごい楽しかったって」
楽しかった……。あの経験をそう言えるというのは彼女も中々の大物になりそうな気配がする。
テーブルの中央にのる大きな鳥の丸焼きにイルヴァが手を伸ばし、それに取られてたまるかとばかりにデイビスが参戦する。セリスがウーラに綺麗な色の飲み物を勧め、ウーラは少し迷った素振りを見せた後にはにかんで受け取る。ローザちゃんとエミールが話し込んでいる、なんて珍しい光景も見られた。神殿の話でもしてるのかな。
グレースがレオンを手招きしている。何を話すのか気になる……、と腰を浮かせた時だった。
「少しいいか?」
声を掛けられて慌てて立ち上がる。今日は少しラフな装いのブルーノが脇に立っていた。わたしが頷くとバルコニーに出て行く。それに付いて行き、白い柵に腕を掛けて寄りかかる彼の隣りに立つ。
「エメラルダ島への鍵は見つからないままだ。消滅したのかもしれない」
工事の音を背景にブルーノが呟いた。
「ごめんなさい、こんなことになるなんて」
わたしは崩れた小塔や穴の空いた壁、ススで黒くなった城門などを眺め見る。この惨状にもそうだし、鍵を失ったことに対しても謝罪するべきだろう。
「いや、謝らなければならないのはこちらだろう。あんな危険を冒すのが、国外の、しかもこんな若者だったことを我々は恥ずべきだ」
そう固い表情で語った後、手を振ってみせる。そしてわたしに振り向いた。
「素直に礼を言うべきだったな、ありがとう」
ラベンダー色の髪が風で揺れ、美しい顔に笑みが浮かぶ。なるほど、これがサントリナ中を虜にする男の笑顔か。確かに見とれてしまうものがある。
「ラグディスに寄ることがあれば顔を見せて欲しい。城にいるよりは気軽に会えるはずだ」
彼からとは思えない嬉しい申し出にわたしは「是非」と大きく頷いた。
ブルーノの顔がまた引き締まったものになる。
「エミール様は私の為にラグディス行きを決めたのかもしれない」
本殿に反射する光を浴びながらブルーノは呟いた。私の為、とは……。
「実はデツェンに帰ることを伝えたのだ。……そしたら止められた。そして今日、ラグディスに行くことを告げられた。私を引き続き護衛として連れて行くと。本来ならもう行く意味は無いというのに」
ブルーノの言葉にわたしは流れが何となく読めた。
「きっと、あなたが王妃から離れるべきだと思ってるって、エミールも気づいてるんだろうね」
王妃の為にはどうするのが良いのか、それはよく分からない。でも既にエミールにとってもブルーノは大事な人なのだ。
「正直な話、エミール様が気付かれているとは思わなかった」
ブルーノは苦笑とも取れない微妙な顔になる。まあその気持ちは分かるかな。ぽやっとしてそうというか、周りのマイナス感情には疎そうに見えるもの。
「でもきっと、エミールがラグディスで修行したいっていうのは嘘じゃないし、あなたのことが大事なんだと思う。それこそ城を離れても失いたくないぐらい」
わたしの正直な感想なのだが、目の前の景色を眺める異種族がどう受け取ったかは読めなかった。反論は無いということは受け止めてくれたんだろうか。
「あなたには返せない程の恩を感じている」
そう言われ、わたしは顔が赤くなる。急に態度が変わっても困る。照れ臭いじゃないか。
「じゃあ一つお願いがあるんだけど」
頬の照りを誤魔化すようにわたしは咳払いしつつ、提案する。
「なんだ?出来る限り応えよう」
「最後の日はまた別荘で過ごさせてくれない?」
わたしの言葉にブルーノは驚いたように目を大きくしていた。
木々の合間を馬車が走る。遠目に浮かんできた半壊状態のクリーム色の屋敷が月明かりに照らされる様は不気味なものに見えた。きっとそれは見た目以上にあの屋敷の住民の歪みを見てしまったから。
湖がまん丸の月を写している。ざざざ、と柔らかい水の音を響かせて眠りを誘うようだ。昼間の美しい姿と違い、果てが見えないせいか見続けるとなんだか怖かった。
「本当に行くの?」
馬車を降りながらローザが尋ねてくる。彼女も怖いのだろう。わたしは苦笑して頷く。行かなければ終わらない。そう確信していた。
ボート乗り場までくると三人ずつに分かれ、小舟に乗り込む。ここに化け物が出てくるとは思っていないが夜の水辺は単純に危ない。わたしはライトを多めに周囲に漂わせた。水面にいくつも反射され、キラキラ輝く様はわたしの目にも光の精霊が見えるようだった。
久々に自分達メンバーだけになったのは、寂しいようで嬉しい。わたしは小さくなってきた白い馬車、御者席にいるヴォイチェフに手を振った。向こうも無骨な手をひょいと上げるのが確認出来る。
「さてさて、どうなるかね」
アルフレートがボートの縁を枕にごろりと倒れる。混沌を楽しむと言った彼はなんだか楽しそうに見えた。そんな彼を邪魔そうに避けながらイルヴァがボートを漕ぐ。隣りのもう一隻にはヘクター、フロロ、ローザちゃん。三人とも押し黙って先を見ていた。
三度目の到着になった小さな洞窟は今まで以上に冷気を放っている。夜のせいなのか、奥に待つもののせいなのか。
フロロが先頭に立ち、わたしは震えるローザちゃんの手を取る。湾曲した部分を抜ければすぐに目的地が見える。無機質で冷たい大扉の前にいる人物に握った手がびくりと震えた。
「鍵は見つかった?」
わたしが声を掛けると待ち構えていた人物ーーアルダは胸元から灰色の石ころにしか見えない物を取り出し、にっこりと笑った。
「来てくれると思ってたわ」
アルダの言葉に苦笑する。そう仕向けたくせによく言うわ。
彼女と二人で話した場所はここだったのだ。最初は夢の中にアルダが現れたのかと思っていたが、意識が落ちる寸前に聞こえた水音がずっと気になっていた。
彼女はわざと聞かせたのだ。わたしに気づかせ、ここに来るように。なぜか?それは彼女だけでは扉が開けられないから。
「それが消滅してくれてたら良かったんだけど」
わたしは一歩前に出る。
「残念ながらレイモンが握りしめてたわよ。彼、私のこと愛してたから」
さも楽しそうに笑うアルダに初めて憎しみが湧く。それをあえて見せるようにアルダを睨みつけた。冷静さは見せない方がいい。
案の定、こちらの反応が嬉しかったらしく笑みに残忍さが加わる。
「さあ、解放の言葉を頂戴」
狂気に囚われた双眸がわたしに向いていた。
「言っておくけどのこのこやって来たあなた達に協力しない選択肢は無いわよ」
アルダはそう言うと指を鳴らす。途端に黒いものがわたし達を取り囲む。凝縮した黒い霧で出来た壁のようなものがチリチリという音を立てながら四方にそびえる。これに触れたらどうなるのか、考えたくも無い。
「トゥエル・オル・ナーニリア・パクス・シュメル」
わたしではなくアルフレートがスラスラと唱えたことに、アルダは一瞬笑みが消える。そしてすぐに異変が訪れる。
アルダの手の中にあった鍵が浮かび上がり、回転を始める。殻が破れるように破片が浮き上がり、一つ一つが宙を舞う。前も見た、扉を開く為の動きだ。光輝くそれらはアルダの後ろにある大扉に吸い込まれていき、そして扉は初めから存在しなかったかのように消え失せる。前回はいなかったメンバーが息を飲むのが聞こえた。
しばらく静寂が場を支配する。それをアルダの小さな笑い声が破り、その声は徐々に大きくなっていった。
「こんなに短い言葉だったとはね」
ふうと息をつき、アルダは扉の中へと入っていく。彼女が歩みを進めると黒い障壁は消え失せた。
わたし達は顔を見合わせるとその後に続く。特に付いて来い、とも来るな、とも無い。扉が開いた以上はこちらの存在などどうでもいいのかもしれない。
ひんやりとした洞窟を抜ければ青い空と海が広がる島の景色のはずだ。ただ今は夜遅く、青い空の代わりに大きな満月が浮かんでいるのだろう。
そんな光景を思い描いていると、洞窟の入り口に立つ人物がいるのに気がつく。前を行くアルダも足を止めていた。
「お久しぶりね、シャルル」
正体とは裏腹に常に明るく朗らかな口調だったアルダの声に、初めて強い憎しみが込められる。それだけで少しゾワリとし、腕をさすった。
王弟の顔は月明かりの逆光で見えにくい。困ったような笑い顔がぼんやり見える。
「こんばんは、ジルダ……君がここにいるってことは私の故郷は酷い有様なんだろうか」
王弟の言葉にわたしはハッとする。王弟はサイヴァの儀式や流れを知っているんだ。『足にされた』……そういうことか。サントリナを離れ、戻れない理由はこれだったのだ。
「今回は少し遊んだだけ。元々そういうのは興味ないの」
ひょいと肩を竦めると、アルダはまた歩き出す。王弟は一定の距離を保ちながらその隣りを歩き出した。なんだか場違い感まで出てきたが、わたし達もそれを追うことにする。