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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
六章 戦火再び
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5

 目を覚ますとどこかの一室だった。柔らかいベッドの感触、室内の明かりに心底ホッとする。

 わたしの右手を握る人物が目を見開いた。

「良かった……」

 ヘクターがわたしの顔を見て大きく息を吐く。そして慌てたように手を離すと、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 わたしは重い体を起こす。そして室内を見回した。

 ビロードのカーテンに金の留め具、刺繍の細かいカーペットと天蓋付きベッド。全てが青系統の色で整えられている。サントリナの城のどこか一室なんだろう。全貌はどうなのかわからないがお城が無事なことにホッとする。

 かちゃり、と扉が音を立てる。戻ってきたヘクターが顔を覗かせ、後ろにローザを連れてきた。

「あー良かった、起きたわね」

 ローザも同じ台詞を言って、わたしの脈をチェックする。いつもの大袈裟過ぎる程のリアクションが無い、ということは本当に軽傷だったようだ。戦友の様子も気になるわたしはそれを尋ねる。

「ヴェラは?」

「ちょっと骨折もあったり、あちこち擦りむいたりで大変だったけどね。今はもう元気よ。アンタは木に引っかかってたのが良かったのか無傷だったのよ」

「そう……」

 今は元気、とはいえそんな怪我を負ったヴェラに申し訳なさで胸が痛む。

「むしろ怪我も無いのに起きないんで心配しちゃったわぁ」

 そう言いながらわたしのおデコに手を当てるローザにわたしはもう一度尋ねる。

「ヴェロニカが何処にいるか分かる?」

「ヴェロニカ?今も一緒に治療に当たってたから、詰所にいるわよ。連れてくるわ」

「ううん、もう大丈夫だから自分で行くわ。あとお城の様子も気になるから色々見てくる」

 そう言って立ち上がるとローザとヘクターは顔を見合わせる。

「じゃあヴェロニカに伝えておいて、お昼食べたらまたそちらに伺います、って」

ローザに言われ、わたしは頷く。お昼……ってことは半日以上寝ていたのか。そりゃ心配されるわ。

「途中まで送るよ」

 ヘクターがそう言って扉を開けた。途中、と加えた彼に気遣いを感じる。わたしは曖昧な笑顔しか返せなかった。

 通路を早足に行き交う使用人達は忙しそうだ。何かを指示している身分の高そうな宮廷貴族の姿も見られる。

 もう全て終わって、復興に入っているということなんだろうか……。見届けることが出来なかったわたしには現実味が感じられずにふわふわした気分にさせられた。

「コリーンは無事だったよ」

 ほっと息つくような声でヘクターが言った。それを聞いたわたしも胸を撫で下ろす。

「良かった……怪我もない?」

「家の中で躓いて捻挫してたのが彼女らしいけどね……家を守る為に籠城してたらしい」

 わたしの頭に鼻息荒く立て籠もるコリーンの姿が浮かぶ。本当にあの家が大事なのだ。

 一階に下りると中庭に材木を運ぶヤニック達兵士の姿があった。ヤニックがこちらを見て手を振る。わたしとヘクターも振り返した。甲冑を脱いでアンダーシャツに薄手のズボン姿になった彼らは本職の大工のようだった。

「リジア、ありがとう……その」

 ヘクターが言い淀む。何のことだか本気で分からないわたしは彼の言葉を待つ。

「リジアと一緒にいなければ俺はもっとここに戻るのが遅かったと思う。いや、帰らなかったかもしれない」

 驚いて彼の顔を見る。綺麗な横顔がサントリナの青い空を見ていた。

「いやあ、網に掛けた甲斐があったねえ」

 毎度の事ながら急に現れる猫耳男がヘクターの背中によじ登る。しみじみと頷くフロロは思っていた通り傷一つなく元気そうだ。

「フロロ!あんたどこ行ってたのよ!」

「どこ行ってただあ!?俺が大変だったの横目で見てた癖によく言うぜ!」

 フロロはくわっと威嚇するように牙を見せる。

「至高神の信者ほどめんどいもんいないな!一晩中追いかけてきやがって、最終的にはサラ呼んで弁明してもらって、それでも教会が半壊状態なの見てサラにまで怒られるし散々だぜ」

 半壊……やっぱあのオークがやったんだろうか。そりゃまずいわ。

 詰所の入り口が見えてきた時、扉からヴェロニカが現れる。白い法衣を白衣のように着こなす魔女はわたし達を見ても特に驚く素振りも、嫌な顔もなかった。ただ、わたしが軽く会釈すると付いてくるよう目配せされた。




「お座りになって」

 予想外に丁重に扱われる。自室に招かれた時点で予想外なのだが。彼女の部屋が女性らしい内装で溢れていたのも意外であった。チョコレート色の家具とガラス細工が好きらしい。フラスコに花が生けてあったりと彼女らしい部分もある。

 わたしは勧められた布張りの独り掛けソファーに身を沈めた。

「『目』の話を聞きました」

 わたしの言葉にヴェロニカはちらりとこちらを見、対面するソファーに座る。

「わたしはどうするべきです?……このままソーサラーとして生きるのは……無謀です?」

 わたしはそこで一息つくと「それに」と続けた。

「仲間のことが大事なんです。わたしは離れるべきなんでしょうか」

 鳥が羽ばたく音の後、木材に釘を打ち付ける思い切りのいい音が響く。

「私は一緒にいるべきだと思う」

 宮廷魔術師からの答えは予想していたものとは真逆だった。聞いておいてなんだがわたしはしばし面食らう。

「なぜです?」

「理由はお前が部屋に閉じこもっていれば解決する問題ではないから、というのと……あのエルフがいるからだ。彼はエルフの中でも力が強い。それと単純に……お前が仲間といる状態の方が落ち着いているからだ」

 それを聞いて言いようのない安堵感がわたしを満たしていく。それはあの五人と一緒にいる時に感じる感覚を強くしたようなものだった。

「アルフレートって、何者なんです?」

「お前に分からないのに私に分かるわけないだろう」

 きっぱりと返され、わたしは頭を掻く。そりゃそうなんだけど何か聞けるかな、って思ったんだもの。

「最初の質問には答えよう」

 ヴェロニカはわたしの目を真っ直ぐに見る。

「困難であっても素質は大事にしなさい。魔法は誰にでも使えるものじゃない」

 その言葉にわたしは驚きで息を飲む。ヴェロニカがそんなわたしを庇うようなことを言うのにも驚いたが、わたしはこの言葉を別の人物から聞いた事があるのだ。

「ソーサラーの道を目指すようになったキッカケの人に、同じことを言われました。ソーサラーはソーサラーを歓迎するって」

「ならばその人に会いに行きなさい」

 わたしはヴェロニカに頷く。ウェリスペルトに住む老齢の占い師は、今日も町外れで庭をいじっているはずだ。

 わたしはしばらく天井を眺めながらぼんやりした後、立ち上がる。

「ありがとう、あなたみたいに慣れるようにがんばってみます」

 扉に向かうわたしにヴェロニカは「ああ、そうだ」と続けた。

「その仲間のエルフから大体は聞いたが、エメラルダ島への鍵はどうなったんだ?あの爆発で砕け散ったんだろうか」

「爆発……したんです?」

「全く厄介なやり方してくれた」

 ヴェロニカは大きなため息を吐いた。

「街中への被害はなんとか抑えたが、お陰で市壁の東側は半分が消えてしまったよ。まあ威力の大部分を押さえ込んだのはドラゴンの体自体なんだろうがな」

 そこまで考えていたんです、という顔を今はしておくことにする。背中は嫌な汗でいっぱいだが。

「滞在はいつまで?……ああ、追い出したいわけではない。今や『英雄様』のお前達なら滞在を続けるも帰るのも自由だろうよ」

 ああそうか、全部上手くいったんだなあと、わたしは自覚湧かない中、またぼんやりと天井を眺めていた。




 ヴェロニカの部屋を出て自室に向かおうとするわたしに声が掛かる。

「リジア様」

 思わず笑顔になって振り向いた。

「ファムさん!」

「よくぞご無事で」

 飛びつくわたしを受け止めて少し涙声になるファムさん。お互いの背中を叩きあった。

 こんな時でも綺麗に整えられたメイド服の彼女はすぐに背筋を伸ばすともう一度わたしに微笑む。

「みなさんお集まりです」

「みなさん?」

「みなさんです、グレース様のお部屋にお集まりになっています」

 誰がいるのか気になるが、まあ行けば分かるか、とわたしは深く聞かずに歩き出す。

「あの後大丈夫だった?酷い混乱だったでしょう」

「私達は普段と変わらず、王室の方と来賓の方のお世話に回っていただけです。流石にドラゴンが現れてからはホールに集まっていましたが」

 淡々と語るファムさんは最後だけ小首を傾げて見せた。

「それよりも終わってからの方が大変でしたよ、貴族の方達をなんとか追い出すのに苦労しました」

「事情を説明しろ、とか言われたってこと?」

 わたしは尋ねる。折角のお誕生日パーティーが無くなったと思えばモンスター軍団の来襲だ。巻き込まれた貴族達も大騒ぎだったんじゃないだろうか。それを聞いたつもりだったのだが、返ってきた答えは思いも寄らないものだった。

「リジア様達、特に男性はイルヴァ様に会いたいという旨ですよ」

「へ?」

「急襲した邪悪なドラゴンを討ち取った英雄ですから」

 それを聞いてわたしは頬が引き攣る。間違っちゃいないが……レイモンを無理矢理変化させたドラゴンを何とかしたにしちゃ大それた称号だ。

「ドラゴンを討ち取るような実力があり、それにまだ『手垢』のついていない冒険者なんて貴族にはたまらない魅力がありますよ」

「なる、ほど」

 つまりは貴族様特有の政局の道具ってわけか。イルヴァが特に、というのも一番目立っていたからだろうか。いややっぱあのスタイルを見てなのか。

「そういう意味だと困っちゃうな。期待されても応えられないし、貴族様に飼われるのもイヤ」

「そう思って追い返しました」

 しれっと答えるファムさん。さすがといったところか。

「グレースも大体の話は知ってるの?」

 わたしは女帝が扇を振る様を思い出しながら尋ねる。ファムさんは大きく頷いた。

「僭越ながら私も、ブルーノ様、エミール様、ヴェロニカ様、あとレオン様とお付きの方と一緒にヴォイチェフから伺いました」

 ファムさんはレオンの名前は小声にする。そのまま声を潜めがちに続けた。

「ヴォイチェフがリジア様にお礼を」

「ヴォイチェフが?なんだろう」

「レイモン様の遺体は黒鼠が引き取ったそうです」

 わたしは思わず立ち止まる。何から聞き返せばいいか迷った挙句、

「あったの?」

などと尋ねてしまった。

「町外れのドラゴンが発光した後、消し飛んだ場所に横たわっていたそうです」

 やっぱりレイモンだったのか、という思いとあの自信家の若い貴族は今はもういないのだという思いが交錯する。どうしても虚無感に似た感情が湧き上がる。

「黒鼠は無くなりますが、斥候としてヴォイチェフが指揮することになりそうです。……彼らの最後の主人が美しく散ったからこそ、それを受け入れたとヴォイチェフが」

「ううーん……そうなのかしらね」

 わたしは頬をかく。考えてみれば反乱の芽を摘んだ結果にもなったわけだ。彼らは彼らなりにあの混乱の中ではモンスター相手に戦ってたわけだし……大人って難しい。

 話している内に女帝の暮らす離れまでやってくる。無言で会釈し扉を開ける女中に促されて中に入った。

「遅いじゃないの、起きたって知らせが来てから何してたんだい?」

 不満気に扇を揺らすグレースの横には何とも言えない表情のヘクター、アントン。……何故か気に入られたということか。他のメンバーも揃っている。エミール、ブルーノ、レオンにウーラと集まった部屋はちょっとしたパーティーのようだ。ワイワイと騒ぎなからサンドイッチなどを摘んでいる。もちろん一番いい席に陣取って料理を片して行ってるのはイルヴァだ。

「リジア!……心配しました、もちろん貴方がうまくいくことも信じてましたけど」

 エミールが駆け寄ってくる。わたしは目を伏せる彼に「大丈夫だよ」と微笑んだ。

「さあさ、思う存分食べて騒いで頂戴。暫くは城も寂しくなるだろうから」

「逆じゃありません?」

 グレースから料理の乗った皿を受け取りつつわたしは聞き返す。復興に向けて今も城中騒がしい。町の方もそんな感じだろう。

「……こんな事になって迷ったんですが、やっぱりラグディスに向かうことにしたんです」

 代わりに答えたのはエミールだった。

「え、でも……」

 レイモンはもういないのよ、と言いそうになるが飲み込む。はっきり口に出すのは憚られた。

「神殿に行くのは成長の為です。それには状況が変わろうとも行くのがいいと思いました。父の助けに残る方がいいか迷ったんですが……今の私は正直、何をしていいかも浮かばないんです。それで決心しました」

 そう苦笑するエミールは出会った時より大人になったような気がした。

「私もこの後、帰路に着く」

 レオンがそう言って飲み物を煽る。有無を言わせない態度だ。余計な情が湧く前に去ろうという意思に感じる。

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