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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
六章 戦火再び
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4

「でかい……」

 別荘地で見たはずだが、目の前で暴れるドラゴンにわたしは呻いた。

 町外れのドラゴンまで多少距離を置いた地点までやって来たわたし達。住宅地の1ブロック程は距離があるはずだが、大きな角も鋭いかぎ爪も、口を開ける度に覗くキバも見ることが出来るのだ。

「あれが本当にレイモンさんなんです?」

 岩場に隠れながらヴェラが尋ねてくる。彼女の顔も恐怖で血色が悪い。来る間も近づくにつれて口数が減っていっていた。

「それは間違いないんだけど……まあ後味は悪いけど、サントリナの為にも頑張りましょう」

 わたしは答え終わると唇を噛んだ。始めから良い印象もなく、こんな結果になってしまった男性だがやっぱり討つのに躊躇ないかと言えば嘘になる。あくまでもわたしの案が上手くいけば、だが。

 またしても首筋を風が撫で、女の笑い声を響かせる。わたしはぶるりと震えた。

「イルヴァは何すればいいんです?」

 イルヴァは普段と変わらない無表情に、心なしかワクワクした雰囲気もある。毎度毎度、この強心臓は羨ましい限りだ。

「お前はいつも通り暴れればいい。というかそれ以外に能が無いだろう」

 アルフレートの嫌味にイルヴァは「失礼ですね」と珍しく口答えした。

「たくさん食べるのも得意です。アルフレートには出来ないです」

「それもそうだな」

イルヴァの答えに妙に感心げなアルフレート。なんだ、この会話のマッタリ感は……。

「じゃあ行くぞ、時間がない」

 アルフレートが崩れる市壁を横目に言う。わたしにも一気に緊張感が戻ってきた。……やっぱり無理しても他のメンバーを探せばよかっただろうか。でもみんな町中に散らばっていて何処にいるかさっぱりだし、ローザとサラは手が外せないだろうし。

 ヘクターはコリーンに会えただろうか。彼女のことだもの。きっと無事なはず。全部終わったらわたしも会いに行こう。

「さあヴェラ、さっき話した通りに頑張ってもらうわよ!」

 わたしは腰に手を当て、自らも鼓舞するように声を張る。

「……大丈夫!任せてください!私、野球だけは得意なんです!」

 ヴェラはわたしに爽やかな笑顔を向け、親指をぴっと立てるのだった。




 小高い丘の上、ドラゴンの背中を見ながらヴェラが呟く。

「綺麗……」

 黄金の竜が炎に照らされる様はわたしから見ても綺麗だった。

 わたしは自分とヴェラを繋ぐロープが解けないかよく確認すると、

「よし、オッケー」

と手を叩き、その後ヴェラの腰に手を回す。そのまま強く抱きしめ、呪文を唱えていった。大丈夫、大丈夫、古代語魔法といえど初歩の呪文だ。きっと上手くいく。大丈夫、わたしは出来る。

「レビテーション!」

 発動の言葉を口にした瞬間、わたしとヴェラの体は思い切りよく空中に飛んだ。

『ぎゃあああああ!』

 あまり乙女らしからぬ悲鳴が二人の口から放たれる。空中にふんわり浮くだけの呪文のはずが、サーカスの空中ブランコも目じゃない程のアクロバティックな動きを見せる。右へ行ったり左に行ったり、急上昇したかと思えば下降し、ぐるぐると旋回する。雨なのもあり風を切る爽快さなどなく、ただひたすらに恐怖と戦う。闇夜の中なのでどっちが上かも分からなくなってきた。

「うわああああああん、お母ちゃん!私やっぱ冒険者無理だぁああああ!お家帰るぅううう!」

 ヴェラの進路がこれで決まるのは忍びない、とわたしは必死に精神をコントロールする。時折、不安定にふらつくものの次第に一点を漂うようになる。ドラゴンが近い。鱗の一枚一枚までくっきりと見える。今、こちらに気づからたらお終いだ。ヴェラと心中することになる。

 密着したヴェラの唾を飲み込む音が聞こえる。わたしも冷や汗でいっぱいだ。正直、逃げ出したいがやるしかないとも思う。自分の体質の話を聞いたばかりだろうか、ヤケになっているのもある。

 するとその時、ドラゴンがゆっくり振り返り、わたし達を見た。

 瞳孔にちらちらと怒りの炎を灯らせた巨大な瞳がこちらをじっと見る。理性の色が見えない様に、八つ裂きにされる自分を想像してしまう。でも時間にすればほんの一瞬だったに違いない。

 ドラゴンの注意がすぐ脇に逸れる。突如現れた大きな人影。大きな大きなおっぱい……もといイルヴァだった。水着同然のデザインのなめし革アーマーは色んな意味で町の男性の視線を集めたに違いない。縦の大きさだけならドラゴンに匹敵するが、よーく観察すれば粒子が荒く、イリュージョンの魔法だと分かる。が、ドラゴンは自分を脅かす存在が現れたと思ったのか、猛々しい咆哮を響かせる。

「リジアさん!」

 ヴェラの悲鳴にハッとする。ガクンと揺れる感触と大分落ちている高度に身が震えた。今の咆哮で一瞬意識を失っていたらしい。青ざめるわたしに、逆に肝が据わったのかヴェラが「頑張りましょう!」と拳に持った物を掲げた。

 わたしは集中し直し、再び上昇しながら旋回する。位置を決めると地上へと目をやった。未だに手足が震えていたりするが視線の先の仲間に続ける意志を示す。

 幻影の魔法ででっかくなったイルヴァは目の前をぽかんとした顔で見ている。誰かに何か言われているのか、こくこくと頷く仕草も見せた。

 そう、イルヴァは実際に大きくなった訳ではなく、彼女の目の前にもこの巨大イルヴァが見えているはず。アルフレートの指示を聞いているのだろう。突如、びしりとドラゴンを指差して口を動かす。

 ……たぶん「わたしが相手です」とか何とか言ったんだろうけど、当たり前ながら声は聞こえない。単なる幻影に声を発することまでは出来ないからだ。アルフレートに突っ込まれたのか頭を掻いている。

 ならば行動で、とばかりに背中のウォーハンマーを構える。予想通りにドラゴンは荒れ狂いだした。もはや意識は完全にイルヴァに向いている。

 ふと視線を感じて、ヒヤリとする。恐る恐るその方向を見ると市壁にある砲台の脇、ヴェロニカが目を大きくしてこちらを見ているのが何とか見える。こんな前線にいるとは、とこちらも驚いた。

 彼女が真顔に戻り、杖を振るうのに気づく。しばらくするとわたしとヴェラを、眩い光が包んだ。澄んだ音をさせると盾のように固まり、光を収縮させる。

「何ですか、これ?」

「ヴェロニカからの援護よ、助かった」

 ヴェラの質問にわたしは答えながら息を吐く。正直、話すことに意識をずらすのも辛い。わたしはすぐに行動に移ることにする。ヴェラの背中に回した手で彼女を叩くと、大きな頷きが帰ってきた。

 ドラゴンを挑発するように逃げたり、飛んだりするイルヴァと、それに乗ってイルヴァを追いかけ回すドラゴン。これ、側から見たらどんな間抜けな戦いなんだろう……と思わないこともない。ただそれがわたしを落ち着かせているのも確かだった。

 わたしはまた精神コントロールに入る。意識をイルヴァの幻影へ向け、その方向へと飛んでいく。そしてそのままイルヴァの幻影の中へすっぽりと入る。わたしが入ったことによってか、幻影が少し揺らいだのでどきりとするが、さすがはエルフ様の魔法か。すぐに安定を取り戻した。

「わあ……」

 ヴェラの感嘆の声も無理はない。幻影を構成する粒子なのか、キラキラとした粒が大量に漂っていた。その先に見える怒りの頂点にあるドラゴンの顔。彼の様子をじっと見る。

 イルヴァが移動する度に幻影も移動し、それに合わせてドラゴン、わたし達も移動する。

 わたしはヴェラを後ろから抱え込む形に変える。ヴェラが腕の調子を確認するように振っている。

 ドラゴンの胸部分が張るのを見る。わたしは声の限り叫んだ。

「今よ!」

「ピッチャー第一球ぅうううう!投げました!!」

 謎の掛け声と共にヴェラが腕を振り回した。勢いでわたしも大きく振り回される。必死で投げ出された物を目で追った。空中で漂ったまま投げたとは思えない大きな放物線を描き、石の玉、エメラルダ島への鍵はドラゴンの口へと飛んでいく。

 上手くいくとはどこかで思っていなかったのかもしれない。ドラゴンの喉の奥に吸い込まれて行った石の玉を見て、わたしは鳥肌が立った。出来た!

 わたしは急いで意識を地上へと向ける。落下するのと同じようなスピードで下降し、ある程度までくるとスピードを緩める。わたしのコントロールの限界だったらしく後少し、というところでわたしもヴェラも地面に投げ出された。

「あたっ!」

 ヴェラの悲鳴が聞こえる。申し訳ない。しかも目的のアルフレートは大分遠い。ヴェラと離れないように繋いでいたロープを解き、そちらに走り出そうとして止まる。

 わたしは頬を叩き、あの日のことを思い出していく。冷える洞窟内、幻想的な光景を見せたアーティファクト、耳に響いたエミールの声を。

「……トゥエル・オル・ナーニリア、パクス・シュメル!」

 異変はすぐに起こった。ドラゴンの体が震えだし、閃光が溢れ出す。その光は空を覆う雲まで突き刺していき、周囲を照らし、荒れ狂っていく。やがてそれは暴風を巻き起こし、飛ばされそうになったわたしは地面に這いつくばった。目も開けられない。周囲の音も拾えない。ぶわりと持ち上がる体に、ロープを解いたことを後悔するがもう遅い。

 わたしはあっという間に吹き飛ばされてしまった。




 目が醒めると真っ暗闇の中にいた。起き上がり周囲を窺う。冷んやりとする地面の感触と背中から足にかけてする重い痛みに自分が覚醒しているのは確かだと思うのだが、自分の手元すらも見えない。

「……ヴェラ?」

 あまり返事は期待しない呼びかけだったが、案の定応えはない。

 どこなんだ、ここは。暗いということはまだ夜なんだろうか。気を失っていた時間は意外と短かったんだろうか。

 移動するべきなんだろうが腰が持ち上がらない。億劫というか、何となく嫌な予感、というんだろうか。その気になれないのだ。

 徐々に不安が本格的なものになってくる。まさか、わたし死んでないよね?

 勢いで立ち上がりかけたがすぐに尻餅をつく。ぼんやりと人影が見えてきたからだ。

「お目覚め?」

「アルダ……!」

 頭に警報が鳴り響き、心臓がバクバクと音を立てる。アルダの姿はどんどんと鮮明になっていくのだが、周囲は相変わらず真っ暗なままだ。暗闇に彼女の美しい姿だけが浮かび上がる。白い足が覗く真っ赤なスリップドレスに真っ赤なルージュ、下ろしたウェーブの髪。どれも美しく、人を惹きつける。だがわたしには恐怖しかなかった。

「すごいことしたわね、驚いちゃったわ」

 何のことを言われているのか迷う。多分ドラゴンのことだ。こんな言い方をされるということはどうやらドラゴンを討つのは成功したらしい。……レイモンはどうなったんだろう。

「あれを殺されちゃうとはちょっと予想外なのよね。あれ作るには私も結構力使ったし」

 ふふふ、と笑うと近づいてくる。逃げたいのだが未だに体は動いてくれない。

「ねえ……あれどうやったの?」

 アルダの顔がわたしの目の前にある。綺麗なブルーアイズにわたしの顔が映る。

 ドラゴンを討ったのはエメラルダ島への鍵の暴発だ。王弟が言っていた「扉の前以外で解放の言葉を口にすると町一つ吹き飛ばす程の爆発を起こす」というのを利用したのだ。

 正直、上手くいくかは賭けだったのだが、教える気にはなれない。ただ、教えようと思っても声を発せられなかった。

 そんなわたしに諦めたのか、はたまた始めから大して聞く気はなかったのか、アルダはクスクスと笑いながらまた離れる。

「そんなに怯えないでほしいわ。ねえ、サイヴァに愛された魔女さん」

「なに……」

 ようやく掠れ声が喉を震わせる。唇も震えだし、手足が冷たくなる。心のどこかで一番聞きたくなかった名前を出されてしまった。

 アルフレートから話を聞いた時、まるでサイヴァの申し子みたいだな、というのが感想だった。でも考えないようにした。封じ込めたのだ。それを指摘されてしまった。

「自分の秘密を聞いた感想はどう?ワクワクするでしょう?」

 楽しそうに言った後、アルダは再びわたしに顔を近づける。

「あなたが望めばいつでもこちら側に来ることが出来るわよ」

 一瞬頭が真っ白になる。わたしは必死に首を振った。

「わたしは神なんかに興味ないわ」

 サイヴァに限らず、わたしは信仰に興味がない。『なんか』とは言い過ぎだろうが、正直な気持ちだった。わたしの受け答えにアルダは大声で笑い出す。何が可笑しかったのかは分からない。声が震えていたから?いや、そんなくだらないことではない。一瞬でも気を緩めば圧倒されてしまいそうな彼女の前で、わたしは必死に踏ん張る。彼女の、サイヴァの手駒になるのなんて真っ平御免だ。

「わたしはあなたの『足』になんてならない」

「『足』?……ああ、それもいいわね」

 そういう意味ではなかったんだろうか?単に一信者として迎えるという意味?それともまさか『女王』候補じゃないわよね?

 そこでわたしはアルダには既に自分の『足』である仲間がいるのだと思い出す。町で遭遇した何人かの姿を思い出し、わたしは叫んだ。

「仲間はどこ!?きっとわたしの仲間があなた達を捕まえる。王室だって放って置かないわよ!」

 自分でも必死の強がりだと思う。捕まえるも何も、アルダの仲間が何者で、今はどこにいるのかも知らないのだ。アルダが再び高らかに笑い声を響かせる。その様は本来の彼女の姿を見たようでゾッとする。

「何の話かと思えば、この事ね」

 目の前の女が一瞬にして姿を変える。長身の女なのは変わらないが、髪は暗い赤のストレートになり、顔の雰囲気が丸きり変わる。タイトのスカートと青いカーディガンにどこか見覚えがある。それを思い出す前にまた姿が変わっていく。

 その変化した姿にわたしは一気に鳥肌が立つ。

「わたしは女優なの」

 姿、声までも老婆のそれに変わっている。彼女はわたしに蜂の警告をした老婆だった。

 その後も次々と姿を変えていく。彼女の姿が霞みがかった次の瞬間、突如屈強な男になったかと思えば、陰気な中年魔法使いにもなる。わたしと同年代の男の子になった後、次に変化した姿にわたしは悲鳴を上げた。

「王弟……!」

「そうよ、わたしの愛した男の一人であり、最も憎い男だわ」

 本来の声でそう言い終わるとアルダはふっと消えてしまう。

「さようなら、可愛い魔女さん。次に会う時は仲間になってるといいわね」

 清らかで邪気の無い笑い声に、わたしは意識が遠のいていく。途絶える寸前、微かに水滴の音がしたような気がした。

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