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「アレが元は何か知っているか?」
「……どういうことだ?」
アルフレートの問いに男はそちらを見る。
「レイモン・エルヴェ・ストレリウス・サントリナ、お前達の今の御主人様だ」
エルフの答えを聞き、今度ははっきりとした動揺が見られる。周囲の仲間もアルフレートと男を見比べていた。『どうするのか』を問うように。
「……まさか」
男の問いにアルフレート、わたしも答えない。証拠は示せないが嘘を吐く理由も無い。
沈黙が答えだと悟ったのか男は首を振った。
「お前達にする要望ではないことは分かっている。が、敢えて聞く。元に戻す手段を探すことはないのか?」
正直、考えてもなかった案だ。無意識に倒せば解決すると思っていたからだ。この人達にとってレイモンがここまで重要だと思っていなかったのもある。
サラが一歩前に出る。
「あるかもしれない、無いかもしれない。それでも町に進入された時点で迷う暇は無いわ」
きっぱりと宣言するサラに男達は何も言い返さない。納得しているかどうかは分からないが、こちらを否定もしなかった。
「お前達の守るべきものは何だ?もう一度よく考えるんだな」
既視感ある台詞を吐くとアルフレートは会話を終わらせる、という意思表示か公園を出て歩き出す。慌てて追いかけながら公園に残る黒装束達を振り返り見ようとした時だった。
「まずいわ……!」
ローザが空を見上げながら息を飲む。つられて見上げると、夜空に時々光が反射する。雷程激しくは無いが、網目を描くように光が走る。これが結界?
「強い衝撃に反応してるのよ。ドラゴンが痺れを切らして大暴れし出したのかも」
ローザの説明にサラも頷く。正解だ、というように竜の咆哮が響き渡る。雨が激しくなってきた。
最早時間に猶予無し、とわたし達は城へ急ぐことにする。大通り方向へ駆け出した。
閉まっている城門を見て足が止まる。そうだった、こんな事態の時に門が開いてる訳がなかった。
どうしよう、と仲間を振り返る。すると城門の中側から兵士の顔が覗いた。こちらを見て手招きする。
「神官殿はどうぞこちらへ!」
ローザ、サラが急いで門へ走る。わたしとアルフレートもどさくさに紛れて中へ入ることにする。
「戻られたようで助かりました……負傷兵が多いのです。敵は予想以上に大物が多い。まさか結界まで破られなきゃいいのですが……」
ローザとサラを先導しながら兵士は頭を振る。
それが引き金になったかのように、空が一層騒がしくなる。町を覆う半円状の透明な膜は、先程よりも一層激しく瞬いていた。
ぱきり、ガラスが割れるような音がする。町の東方向から光の波が押し寄せた。
「破られたわ……」
ローザの声はやけに冷静に聞こえた。予見していたからかもしれない。兵士は空の様子に後ずさり、尻餅をついた。
パーン!という高音の破裂音は本当にガラスが割れる音のようだった。光の波は壊れゆく結界がマナに帰りながら散っていく姿だ。割れたガラス片のようなものが散る花びらのようになり、最後は雪のようになって空中を舞う。
綺麗だ、と思ってしまったのはわたしだけじゃないはずだ。しかし直ぐに主役の立場を主張するかのようにドラゴンの咆哮が繰り返される。
「こっちだ」
アルフレートが走り出す。わたしはそれを追いかけながらローザ達の方に振り返った。
「二人は治療に当たってて!」
今救える命は救ってもらいたい、と思って出た言葉に二人も大きく頷いてみせた。
アルフレートの向かう先が直ぐに分かる。兵士達の詰所兼見張り塔だ。飛び込むが今は誰もいない。相変わらず必要時には素早いアルフレートを必死で追いかけながら階段を駆け上る。
詰所として使用されている四階部分を過ぎると後は梯子になる。どのくらい登ったのだろう。普段なら「怖い」と思ってしまいそうな高さだ。石床に手を置きながら最後の段を這い上がろうとすると、珍しくアルフレートから手を伸ばされる。それに捕まりながら最上階へと足を踏み入れた。
六方に見張り窓を置く六角形の石作りだ。広さはわたし達二人でいっぱいいっぱいだった。
東方向の窓に飛びつき、息を呑む。破壊された町がそこに広がっていた。
市壁が崩され、ドラゴンが跨っている。吼える度に町に火が付き、煙が上がった。力を誇示するように空へブレスを吐く。逃げる人々が豆粒の大きさで見える。逃げる人の中には鎧の兵士の姿もあるが、あまり責める気にはなれない。
また泣きそうになってしまう。そんな場合じゃないのに。するとそれを乾かすかのように風が吹く。聞き覚えのある女の笑い声にゾワリと震えた。まさかずっとどこかから見ているんだろうか?わたしの目はアルダを探す為に空中を彷徨った。
「さて、どうする……」
アルフレートが腰に手を当て、苛立たしげにブツブツ言い出す。わたしへの文句ではなく独り言らしい。
答える前に彼の耳がピクリと動いた。真っ直ぐ見る先をわたしも見る。町をぐるりと囲む市壁のあちこちがチカチカと光った。次の瞬間に響き渡る爆発音。ドラゴンの周りに次々と現れる火の玉が炸裂していく。
「法力砲だ」
アルフレートが感心げに呟いた。わたしが窓の外に顔を出すと、指差す。
「市壁にある砲台だ。古めかしい飾りをそのままにしているのかと思ったら、こんなもの用意していたとはね」
アルフレートが説明する間にも、ドラゴンは少しずつ後退していく。流石に退かざるを得なかったようだ。そういえばそんな物も用意してるとか、そんな話もしてたな。
「しかし威力も相当だが、あんな住宅地に近い位置で躊躇無しとは。ヴェロニカとやらは聞いていた以上の才能と度胸だな」
ニヤニヤとしながらだが、手放しの褒め言葉にモヤモヤする。ローザちゃんといい彼女への賛辞を惜しまないのは何故なのか……。
「『目』って何?」
イライラをそのままぶつけるようにわたしは問う。アルフレートの肩がピクリと動いたのが分かった。
「……誰から聞いた?」
「ヴェロニカよ、すごく嫌な顔された。アルフレートがわたしと一緒にいる理由がわからないって」
早口にまくし立てるわたしに、アルフレートは一瞥くれると大きくため息つく。
「余計なことを……」
と呟いた後、しばらく黙るアルフレートをわたしは待つ。真っ直ぐわたしを見る目は相変わらず力強い。自信に溢れて迷いなど一切ない、彼の性格が一番現れているのが視線だと思った。
「……マナの性質は不可思議な点が多い。一定の場所に集まり漂ったり、全く寄り付かない地点があったりと」
授業でも聞いたことのある内容にわたしは頷く。
「精霊やエルフ、マナを見ることが出来る者からすると実に奇妙な現象をたびたび起こしている。その一つが『目』だ」
わたしは少し息を呑む。てっきり誤魔化されるか、濁した話をされると思っていたからだ。
「人間の中に稀に生まれる、マナを異常に引き寄せる体質の者がいる。遺伝や修練によるものではない。全くの突発的なものだ。大量に引き寄せられたマナはその者を中心に渦を巻く。まるで台風の目のように。だから『目』だ。『目』の者の周りは混乱が起きやすい。常にマナが荒れ狂っているわけだからな」
さらり、と言った説明にわたしはピシリと固まる。えっと、それってつまり……生まれつきのトラブルメーカーだと宣言されたようなもの、いや宣言されたんだけど。
「えっと、えーと、あのそれってつまり、わたしの魔法がダメダメなのもそれのせい?」
わたしの詰まりながらの問いにアルフレートは大きく頷いた。
たった今聞いた話を必死で噛み砕き、咀嚼する。
つまりわたしの周りには常に異常な量のマナがあって、それが様々な混乱の要因になってると。人間、動物、全ての生き物、木々や大地、水や炎にも溶け込みエネルギーになるマナ。そんな物質の動きに異常があるなら、当然なんだろう。
魔法の発動にもマナは最重要になるんだから、当然その中心にいるわたしが使えば暴発するに決まってるのだ。
「それってもうソーサラーとしての成長は見込めないってこと?」
わたしは痛む喉を押さえながら尋ねた。知識はある、と思う。けどどうしても上手くいかない。何年経っても変わらない自分に苛立ったこともある。でもちょっとずつでも成長している気がしていたのに。そういう体質なんじゃもうどうしようもない、と烙印を押されたようなものだった。失望でもあり、逃げ場を与えられた気分でもあり、でもやっぱり泣きそうになる。
「わからん」
アルフレートの答えは素っ気ない。嘘をついている様子はない。まあ彼の嘘をわたしなんかが見破れるわけがないんだけど。でもアルフレートは滅多に「わからない」とは言わなかった。
今もわたしの周りではマナが荒れ狂っているんだろうか……。わたしは見えないと分かりながらも両手で前をすくい上げるように動かし、何もない空間を見る。せめて、せめてわたしも見られればいいのに。
「今までの冒険で、……思いもよらない混乱に巻き込まれたのは、わた、わたしのせい?」
最後を言い切る前に涙が溢れ出す。答えは分かっている。アルフレートは真実を語っただけだ。でも、わたしはこの先みんなと一緒にいるべきなんだろうか。運がいい悪いではなく、トラブルに巻き込まれるのは必須なのだ。今までの冒険の日々を思い出して余計に泣けてくる。楽しかった。けど辛かった。怖い思いもたくさんした。さらにファイター達には怪我が多かった。
危険を請け負うのが冒険者なのは分かってる。でもそのリスクが更に高いのがわたしと一緒にいることだとしたら?今まさにその状況じゃないか。
どうしよう、どうしよう、とだけぐるぐる回る。わたしがみんなから離れる、冒険を止めると言ってもみんな止めるだろう。受け入れる、と言うだろう。ただ、わたしはどうするべきなんだろう。
アルフレートの手がわたしの頭に乗る。そのままワシワシと撫でられた。彼なりの慰め方なんだろう。少し涙が引っ込んだ。
「……もしかして、アルフレートが一緒に来てくれてるのはわたしの為?それでみんなを守る為?」
お祖母さんも知り合いだというエルフを見る。言われてみれば不思議だった関係。ヴェロニカの疑問も尤もだった。マナを見て感じることの出来る彼からすれば、あまり居心地いいとは言えないはずだ。
アルフレートが真顔で答える。
「いいえ、私の人生に混沌という彩りを与える為です」
きっぱり言い切るアルフレートに殺意が沸く。こいつ……。
涙は完全に乾いてしまった。
涙が引っ込めば、直ぐに前向きになれるのがわたしの良いところ。わたしはドラゴンを見ながら考える。
法力砲を受けて後退はしているものの、去る気配はない。それにドラゴンを討つには一押し足らないようだ。牽制にはなっているものの、強力な攻撃にはなっていないように見えた。
「このままじゃやっぱりマズイよね?」
わたしの指摘にアルフレートは頷く。
「むしろ普通のドラゴンなら諦めて逃げる、なんて選択肢もあるんだろうが、あれはしないだろうな」
レイモンにはもはやサントリナを破壊する意思しか残っていないんだろうか。どちらにせよ時間が掛かれば掛かるほど町の被害は広がる。兵士や住民、国王始め王室の人だって疲労は蓄積されるばかりだ。
ラグディスの町の混乱も酷かったが、どうすればいいかは学園長が教えてくれたんだった。フローの像を思いっきり壊したんだったっけな……。
そこまで考え、わたしは一つ思い出す。慌てて腰のポーチをまさぐった。
わたしはアルフレートに石の玉を取り出し見せる。フローの像が持っているべき物、エメラルダ島への鍵だ。
「お前が持っていたのか」
少し驚いたようにわたしの手元を見るアルフレート。彼にわたしは何度か頷くと、思いついた解決への糸口を話す。
が、聞いたアルフレートは心底嫌そうに顔を歪める。
「それ、誰がどうやってやるんだ」
「それを今から一緒に考えて欲しいんじゃない!」
「とりあえず二人じゃどうしようもない。そんな事やるには人数集めなけりゃならん……フロロが適任だろうが贅沢も言えんな。見つけた奴をとりあえず連れていく」
アルフレートがそうぼやく間に、わたしは塔の下に人影を見る。ぽんぽん、アルフレートの肩を叩くとその人影を指差した。アルフレートはそれを見て、片手で顔を覆うと大きくため息をついた。
「どうしてこう、狙ったように素晴らしい展開になるんだ……しょうがない、あいつら連れて行くぞ」
アルフレートがため息を隠さなかった相手、それは何故かヴェラをおんぶしたイルヴァだった。
わたし達は急いで塔を降りる。一階の扉を開けようとした瞬間、向こうからドアが引かれる。顔を出したのは案の定イルヴァとヴェラだった。
「あれ~リジアとアルフレートじゃないですか~」
こんな時にも相変わらずのんびりした口調のイルヴァ。この娘を慌てさせるにはドラゴンでは力不足だったらしい。
「どうしたのよ、二人共」
わたしが聞くとイルヴァは背負ったヴェラの膝を示す。
「ヴェラが転んじゃったんで、お薬貰いに来たんです。魔法使える人はみんな忙しいんだそうです」
イルヴァの後ろからヴェラが泣き声を聞かせる。
「ふえ……うえ~~んごめんなさぃいいいい!こんな時にご迷惑かけて役立たずのクズですぅ~!走るのだけは得意なはずなのにぃいいいい!クズですいません~~!」
アルフレートが小声で呪詛を吐き始める。まずい、キレる前に早く連れてくか。
「キュアネス」
わたしは基本のヒール魔法を唱えてやる。ヴェラの膝の擦り傷がみるみる内に治っていった。魔法を唱える瞬間、少しヒヤヒヤしたがこのくらいは上手くいくようだ。
「ありがとうございます!」
ヴェラはイルヴァの背中から降りると満面の笑顔になる。わたしはそんな彼女と、詰所を食べ物を探すように見回し始めたイルヴァの肩を叩く。
「救世主になりたくない?」
わたしの言葉に二人の目がパチパチと瞬いた。