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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
六章 戦火再び
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トラブルメイカー

「……お気の毒でございます、レイモン殿」

 ヴォイチェフが頭を下げる。ベッド前に膝をつけたままの男ーーレイモンはそれでも動かなかった。髪は乱れ、カフスが取れかかっている。

 わたしはベッドの上の人物に観察を移す。

 痩せこけた初老の男性だ。髪は真っ白で薄く、褐色掛かった肌は病床に臥せた期間が長かったことを窺わせる。

 顔を見るが全く見覚えがない。誰かに似ている……という印象も持てない。しかしこの人物の死にレイモンは打ちひしがれ、わたし達の訪問にも振り返ることすら出来ないでいるのだ。

「ユベールだよ」

 アルフレートが小声で答えるのにわたしはハッとして、改めてベッドの上の人物を見た。

 言われてみれば、という程度にもレイモンには似ていない。病気をする以前だとしてもそれは関係なかっただろう。そもそもの骨格や雰囲気が違う親子だったはずだ。

 当然のことだが、似ているかどうかで愛情は計れないものなのはレイモンの今の状態で分かる。それ程までに彼の様子は酷いものだった。それこそ今までの彼とは別人のように。肉親の死を目の当たりにしたのだから当然なのだが……。

「ご逝去の旨、城へ連絡させていただく」

 ヴォイチェフが再び頭を下げる。すると少しの沈黙の後、レイモンが小さな声を出す。

「連絡をして……どうなる?」

「……慌ただしくなりましょう」

 ヴォイチェフが答えながらアルフレートをチラリと見た。

 レイモンは「そうか」と呟いた後、何度かそれを繰り返す。そして、ようやくゆらりと立ち上がった。

 レイモンが身構えるわたし達に見せた顔は憔悴状態に見える。が、瞳にぼんやりと浮かび上がる狂気の色に気づいたのはわたしだけじゃないはずだ。

 レイモンが再び口を開く。

「王室の者が死んだ時、葬儀はどのようなものか分かるか?」

 具体的な内容など知らないわたしは勿論、他のみんなも答えない。正解よりも質問の意図が気にかかる。

「……国王の場合、遺体を乗せた黒塗りの馬車が首都を回り、それに国民は哀悼を送る。城には国中から人々が集まり、鐘の音に合わせながら一本一本白百合を捧げるのだ。更に数日は喪に服す」

 柱時計が時を刻む。今の話に出た鐘の音を具現化しているようでわたしは顔の肌まで泡立った。

「ところがどうだ」

 レイモンは急に肩を震わせ、笑い出す。声は笑っているのだが、泣いているようにも聞こえる。

「今、父が死んだところでせいぜい数十人の弔問が来てお終いだ……!国民の中には名前さえ覚えていないものだって多い。慌ただしくなどならない。平穏なまま、何も……何も起こらない!」

 わたしはごくりと喉を鳴らす。呆気に取られるだけだった脳が、ようやく何かを理解し出す。

「……あなたが王にしたかったのは自分自身じゃなく、父親のことだったのね」

 わたしは思わず声に出してしまう。言葉に反応したレイモンがわたしを見て、瞳に光が戻る。わたしはたじろぎ、壁側に下がった。

 ユベールが万が一国王になれば、次期後継者はレイモンになる。が、それを特別に重要視していないのは今、父親が亡くなったことでの憔悴を見れば分かる。

 そう、万が一の事態が起きなければユベールに王位は渡らない。それこそイザベラの夫や子供まで居なくなる事態にならなければ。

 何かカリカリといった不快音が微かにする。何の音?

「……父こそ王位に相応しい人物だったのだ。現国王は見た目だけで実際は大臣達の顔色を窺うばかり。王弟はあの有様。先王に少しばかりの広い目と、父に手を挙げる勇気さえあれば……」

 レイモンが口を開くと同時に音は止む。発生源を目で辿り、歯ぎしりだ、と気づくと同時に再び鳥肌が立つ。やっぱりレイモンは普通の状態ではない。

「なぜユベールこそ王に相応しいと思ったんだね?」

 アルフレートの口調は少し面白がっているようだ。ただわたしの気持ちを少し和らげはした。

「圧倒的な知識だ。父にはそれがあった!……例えば、そうだな」

 そこまで言うとレイモンはニヤリと笑う。

「『夏場のトットムール平原は乗馬に向いていない』なんてことをね」

 わたしは反射的にベッド上の人物を見る。穏やかそうな顔がそこにはあった。この人が……?それともやっぱりそれを聞いたレイモンがイザベラの家族に乗馬を勧めたんだろうか。それとも……この穏やかそうで周囲からも「貴族社会に興味の無い男」と見られていた人物が実は……なんてこともあるんだろうか。

「父は言っていた……国王と王弟は偽善な行動しか取れずに周囲の目を気にするだけの無能だと。王妃はもはや人形と同じ、双子が将来争い合うのが目に見えるようだと」

 再び虚ろな目になるレイモンに、アルフレートが一歩近づく。

「だから居なくなるべきだと?」

「私は何もしていない、双子のことだって王妃が暴走しただけだ!私がしたことは……父の王位を願っただけだ!」

 レイモンは叫びながらアルフレートから逃げるように後ずさりした。

「じゃあ今、セントサントリナを襲っている魔物は誰が仕向けたんだ」

 怒気を含んだ声は意外な所からだった。わたしは拳を握りしめたヘクターを見る。

「野盗を集めたのは誰なんだ、答えろよ!あんた国王様もエミールも、レオンも邪魔なんだろ!?だからこんなことしたんじゃないのか!?」

 ヘクターの糾弾に胸が痛む。セントサントリナの窮状には彼の方が辛いはずだ。レイモンが顔を真っ青にしながら首を大きく振った。

「父が死んでしまった時点でもうお終いなんだよ!」

 そう叫んでからレイモンはハッとしたように顔を上げる。

「そうだ……あの女……」

 覚えのある言葉にどきりとする。

「彼女に……会わないと、大変だ……」

 夢遊病患者のように手足をのろのろと動かし、扉方向へ向かおうとするレイモンに、今度はわたし達の方が後ずさる。

「私のことかしら?」

 美しく人を魅了する声は、今の今まで注意を払っていたはずのベッド方向からした。全員が弾かられたように身構え、そちらを見る。一体何時からそこにいたのか、妖艶さを増したアルダがベッド脇、窓からの微かな光を受けて赤く染まっていた。

 わたしは勿論、他の三人も全く気づかなかったのだ。一体どうやって……というのは考えるだけ無駄なんだろうか。

 赤いスリップドレスに身を包んだアルダがレイモンへ妖しく手招きする。

「どうしたの、レイモン?まだ仕上げが残っているはずよ……?現王室を沈めて、貴方が新しい王になるの。そうでしょう?」

 とうとう出た本性にヴォイチェフ、ヘクターが剣を抜く。彼女はもう隠す気がない。それは既に最終段階に入ってしまったことを意味していた。

「早く……早く街へ戻らないと……討つべきフェリクス王は未だに王座で踏ん反り返っているわよ?」

「……もう、もう無理だ、アルダ……もう意味がないんだ」

 手招きを続けるアルダの前、レイモンは膝をついて崩れ落ちる。アルダの顔が少し曇った。

「何故?お父様が亡くなってもあなたがいるじゃない」

 レイモンはアルダに「君が」と答えたまま、肩を震わせて頭を覆う。

「君が……君が父は死なないと言ったんじゃないかあ!」

 最後は咆哮のようになりながら叫ぶレイモンは、アルダに掴みかかる。それを簡単に避けると、アルダは床に倒れこんだレイモンを心底つまらなそうな顔で見下ろした。

「本当にサントリナの男は使えない」

 舌打ちでもしそうな呪詛を吐き出すと、アルダは右手をレイモンの方へ突き出し何かを唱える。一瞬、レイモンの体に何か赤い物が染み込んでいったように見えた。アルフレートの方も急に何かを唱え出す。

「シェイドシュラーク」

 アルフレートの指先から放たれる真っ黒の衝撃波を避けながら、アルダは飛び上がる。窓辺に着地するとそのままガラスを破り、表へ身を踊らせる。ここは二階のはずだ、と落ちていくアルダに思う。

 追いかけようとするヴォイチェフ、ヘクターをアルフレートが手で制した。

「待って……待ってくれ」

 レイモンが呻く。窓辺によろよろと近づき、母親を追いかける幼児のように手を前にしながら窓の外へ体を投げた。

 止めようとしたヴォイチェフをアルフレートが更に止める。あっ、と声を出す暇もなくレイモンは落ちていってしまった。

 直ぐに聞こえるどさり、という音に悲鳴を飲み込む。二階とはいえ打ち所が悪かったら無事では済まない。

「な……」

 尋ねようとするヴォイチェフを遮り、アルフレートは部屋の扉へ走る。

「早くここを出るぞ」

 全員が慌ててそれに続くものの、困惑状態だ。階段を滑るように降り、屋敷の扉に飛びついた時だった。激しい揺れとどしん、という衝突音。めりめりと軋む音が鳴り響く。ここまで魔物の襲撃が来たんだろうか、とわたしは息を飲む。

 ヘクターに手を取られ、屋敷の外に出る。直ぐに目に飛び込んできた光景に思考が止まってしまった。

 巨大なドラゴンがそこにいた。屋敷の何倍もある巨体は金色の鱗に覆われ、首が痛む程見上げなければ頭部が見えない。周りの木々がなんとも小さく見える。紫色に変わりつつある空の下、伝説の生き物の姿は神々しくもあった。

「嘘だろ……」

 ヘクターの掠れた声には同意だ。わたしは目の前の光景がしばらくは信じられず、ぼーっとしてしまう。

 屋敷がその巨体によって一部押し潰されていた。位置からして……もしかして今までいた部屋では?と震え上がる。ということは、レイモンはドラゴンの下敷きになってしまったんじゃ……。

 その時、一陣の風と共に女の笑い声が響いた気がした。声の主はアルダに似ている。次の瞬間、ドラゴンが金色の体を震わせ、飛び上がるではないか。

 暴風に体が吹き飛ばされそうになる。ゴオゴオという音に消されて周りの声も聞こえない。目を開けるのも困難な中、右手に感じるヘクターの掌の感触だけがする。

 次第に静けさが戻る。恐る恐る目を開けると、微かに残っていたはずの夕日も消え去り真っ暗だ。見上げると空を埋め尽くす鱗の体があった。翼を動かすたびに辺りを強風が襲い、呼吸のたびに口から青白い靄が現れる。

最強の生物と謳われる金色の竜が、わたし達を見下ろしていた。

「オル・エヴァイトス」

 アルフレートがその言葉と共に地面を叩く。大きな光の魔法陣がアルフレートを中心にわたし達を取り囲んだ。聞き覚えのある発動の言葉にわたしはぞくりとする。

 その刹那、地面から湧いたのは大きな大きな白い甲冑の騎士だった。屋敷と同じ程の背丈に圧倒される。その異界のナイトは黄金に輝く両手剣を地面に勢いよく突き刺す。そこを起点に閃光が暴れ出し、わたし達をドーム型に包んでいく。

 光のドームが完成したのと、ドラゴンが吼えるは同時だった。ドラゴンの口から放たれるブレスの激しい光が辺りを包む。思わず目を瞑り身構えるが、体にダメージはやって来ない。周囲に広がるドームがブレスの光の波を弾いているのだ。

 ブレスが止む気配があるが、眩しさにやられた為か余り周囲が窺えない。翼の音に必死に空を見る。ドラゴンが一際大きく羽ばたき、周囲を旋回し出したのが何とか見える。それと同時にわたし達を護ってくれた白い大きな騎士は地中へと沈んでいく。異界へと帰るらしい。彼が消えると共にドームも魔法陣も消え去ってしまった。

 ふと周囲に淡い光が戻る。昇り立ての月の朧げな明かりだった。それを遮っていた巨体は何処かへ方向を決め、飛行し始めている。伝説の生き物が飛び行く姿には畏怖の念はもちろん、感動に似た感情がこみ上げてしまった。

 視線を落とすと酷い惨状の周囲に現実へ引き戻される。半壊状態の屋敷、根元から折れたの木々や飛び散る葉と枝があった。

「れ、レイモンは!?」

 わたしは慌てて屋敷の周囲に目を向ける。しかしそれらしき姿はない。

「あの竜……町の方向に向かってないか?」

 ヘクターの言葉にわたしは「ええええ!!」と声が裏返る。

「まだわからんのか」

 ぶっきら棒な声に振り向くと、アルフレートが額に汗を浮かべていた。目付きは悪いが美しい顔に髪が張り付いている。

「旦那、大丈夫で?」

 ヴォイチェフが尋ねるも、アルフレートは顰めっ面のまま首を振る。

 ふとわたしの頬を何かが撫でた。素早くその何かを掴むと月明かりに照らして観察する。

「何これ……布?」

 上質な絹の一片だ。真っ白のそれは元はかなり上物に思える。まるで貴族の服に使われるような……。と、わたしはそこで目を見開く。

「まさか……」

 崩れた薄黄色の屋敷とドラゴンがいた地点を見比べて唸るわたしにアルフレートは頷いた。

「今のがレイモンだよ。元があのボンボンだ。見せかけだけ立派で本物のドラゴンと比べたら赤子みたいなもんだな」

 レイモンがあの巨大な体になって……これが舞ったと?わたしの脳裏に巨大化するレイモンが衣服を弾けさせていく様が浮かんだ。

 あの時のアルダの呪文が変化の術だったというのか。思考が追いつかない展開に頭を抱えたくなる。が、わたしは我に返って顔を上げる、

「そ、それでもまずいわよ!セントサントリナに戻らなきゃ!」

 肩をすくめるアルフレートにわたしは叫んだ。

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