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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
六章 戦火再び
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10

「……それでも許可するわけには参りません。あなた方の話を認めるわけにはいかないのです」

 これも事前に話し合った通りだった。……悪い方にだが。

 一度出て、忍び込むことにするか、といったことを考え始めた時だった。

 何か地鳴りのようなものが聞こえる。そして近づいてきているような……。馬がかけて来ている?いやもっと大きな生き物だ。そして甲高い声も一緒に聞こえる。

 気のせいじゃない、と確信すると耳を済ます。間違いない。近づいてきている。どどどど、と重い足音だ。そして……まさかここに向かってきている?

 混乱に乗じてラシャ神殿を襲う輩か?と考えた時、甲高い声の正体に気付いてしまった。

「どけ!どけどけどけーい!」

「フロロ!?」

 ヘクターの驚きの通り、地鳴りと共に近づいてくる甲高い声は、どう聞いてもフロロのものだった。

「きゃー!」

 入り口を振り返ると同時に悲鳴を上げる。巨大な魔物が土煙を上げながら神殿内に入ってくるではないか!

 そしてその姿には見覚えがある。地下下水道で遭遇してしまったオークだ。なぜ分かったのかといえば、そいつの頭にへばり付いているのがフロロだったからだ。紐のようなものを鞭よろしく振り回しながらやって来る様は猛獣使いのようだ。

「どけ!どいて、どいてちょー!」

 喚くフロロと爆走するオークはそのまま神殿奥へと突き進む。我に返った女性神官が悲鳴を上げながら彼を追いかけ始めた。

 他の神官達もゾロゾロと出てくる。中にはソードを構えた神殿騎士の姿もあった。

「今だ」

 ヘクターに腕を取られてハッとする。この混乱の隙に探ろうというのだ。向かう先には既に地下への階段の前で手招きするセリスがいた。

「こっちなの!?」

 わたしの問いに、

「知らないわよ!とりあえず行ってみるの!」

セリスはそう怒鳴って返した。

 石造りの薄暗い地下、四人の走る足音を聞きながらわたしは考える。

「あるとすれば……あるとすればきっと、普段は誰も立ち入らないようなスペースよ!物置みたいな……」

 先頭を行くアントンが軽く頷く。幾つかの扉を素通りしていく。通りがけに開いた扉の中を見るが、厨房のような場所があるだけだった。

「奥の方ほど使わなくなるものよ」

 わたしの意見にみんな同感だったらしい。ひたすら奥へと進んでいく。更に地下へと続く階段が見えてきた。ここに降りてきた階段よりも急な段差で簡素な作りだ。先を行く仲間を追いかけながら転がり落ちそうになる体を必死に持ち直す。

 地下二階は予想通り、普段は人気の無いことがかび臭さと埃臭さに現れていた。そして極め付けが、

「ここに間違いないわね」

 わたしの台詞に他三人も頷く。わたしの指差す先には壁に空いた大穴がある。たぶん繋がる先は表の通りだろう。

 考えてみれば召喚によって現れたモンスターが街中に移動するにも、教会内を通るわけがない。直ぐに見つかって処理されるはずだ。まさかこんな用意周到とはね。

 ため息を押し殺し、わたしは先へ進む。3度目にもなると強力な魔法陣から放たれる特有の濃い瘴気が感じられるようになってきた。その気配が一段と濃い扉の前に立つとノブに手を掛ける。

 すると何か感じたのかヘクターが「代わる」と言ったジェスチャーを示す。わたしは一歩下がった。

 剣を抜いたヘクターが扉を開ける。中には赤ら顔の悪鬼が三体、こちらを睨んでいた。アントンが素早く中に入る。大きめのゴブリンと思われるモンスター達は慌てたようにナイフやスピアを構えた。

 が、勝負は一瞬でついてしまう。ゴブリン達にも何が起きたのか分からなかったに違いない。ただ地を這うような唸り声を最後にアントンとヘクターの剣によって床に倒れていっただけで彼らの出番は終わってしまった。

 二人と合流出来ていて良かった、とわたしとセリスは息をつく。

 しかし休む暇は無い。すぐに破魔の儀式の準備を進めるべく、魔女二人は床に這いつくばった。




「ふう」

 埃にまみれた物置き部屋にセリスの一息つく声が響く。瘴気の残り香を漂わせながら消え去った異界への扉跡を暫く眺めた。

 無事3つ目の魔法陣を消し去ると現実的な問題が戻ってくる。わたしは呟いた。

「……帰りどうしようか」

 上には神官や司祭達が大勢いるはずだ。無理やり押し入ったのだから見つかるとまずい。モンスター召喚の魔法陣があったんですよ、と言っても『証拠』も消え去っているのだ。

「ここに残ってるわけにもいかないし、とりあえず出なきゃ」

 セリスの意見は当然なものの、何となく全員で顔を合わせてしまう。扉に近かったわたしから部屋を出るが、どう脱出するか決めかねていた為に足取りは鈍かった。

 が、廊下の先を見てまた思いつく。

「こっから出ちゃえばいいんだ」

 地下二階に降りるなり見つけた大穴を指差す。わたし達より大きな体のモンスターが抜け道に使ったのだから当たり前、我々が悠々と通り抜けられる大きさだ。

 つい先ほども使われたに違いない。むき出しの土肌が鋭利の爪で抉られたような跡がある。

「俺が行く」

 アントンが当然、というように先頭に立ち、さっさと登っていく。その後をセリス、わたし、ヘクターと続いた。

 踏ん張りながら歩く必要はあるものの、そこまできつい傾斜ではない。従って地上までの距離も長いはずだ。いったい何時からこんな大掛かりな代物用意していたんだろう。『トンネル』のような魔法を使ったんだろうか……。わたしが知る呪文は効果がせいぜい数時間なのだけど。

「お、出られそうだぜ」

 アントンがニヤっと笑い、彼にしては小声で伝えてくる。彼の先を見ると、木目の蓋が通路を塞いでいた。板が乱雑に組み合わされたそれを見て、重かったら面倒だな、と思うがアントンがさほど力を入れた様子も無く横にずれていく。

 表の眩しさに目を細め、未だ続く喧騒と炎の臭いに唇を噛む。

 全員埃だらけ、土まみれになりながらの脱出だったがもはや気にならない。

 出た先は狭い空き地のようだった。雑草が背高く生い茂り、なんとも巧妙なカモフラージュになっている。よくもまあこんな場所を探したものだ。

「さ、次の場所を確認するわよ」

 わたしが地図を取り出した時だった。

「捕まえて!」

 聞き覚えのある声が響き、わたし達は一斉に草むらに身を隠す。集団の走る音がどんどんと近づいてくる。この声は……先ほどの教会の女性では?

 まさか見られていた?と身構えたが、すぐに自分達のことではないと分かる。

 空き地の前の狭い道を向こうから駆けてくるのはフロロだ。

「もけけー!!」

 何がおかしいのか奇声を上げて疾走してくる彼を、白いローブ姿の集団が追いかけている。

「ま、待ちなさい!」

「言われて待つわけないっしょ!」

 そんなやり取りをしながら空き地の前を一瞬にして通り過ぎていった。

 追いかける神官達にしてみれば、フロロはいきなり強襲してきたモンスター使いでしたないのだ。

 ……まあフロロなら何とかしてくれるだろう。薄情だがこちらも忙しい、とわたしは次の目的地を探すことにした。

「次は北西方向かしらね」

 そう言って足を通りに出した時だった。

「姐さん」

 背後で響いた淀み声にヘクター、アントンは柄に手をかけ、わたしとセリスは小さく悲鳴をあげる。が、背後にいる人物を見て「脅かすなよ……」と口々呟いた。

 姿を確認しても怪しいことこの上ない人物だが知り合いだ。ヴォイチェフはわたし達を見て「へっへ……」と不気味に笑う。何度見ても「まさかここで裏切るんじゃ」と思わせる。

 しかし今回もそういう展開ではなかったようでわたしに近付くと耳打ちしてきた。

「あの方が見つかりましたぜ」

 心臓がどきりとする。レイモンかアルダの事だと思うのだが……あの方、ということは単体だ。二人は一緒ではないということか。どちらだろう。わたしが『アルダ?』と聞こうと口を開くと、言葉にする前に首を振られる。……ということはレイモンの方だ。

 レイモンは体格は良いが、わたしから見てもただの人。剣を振るったり魔法の知識がある気配は無かった。この混乱の中にいるのは危険とどこかに避難しているということか。

「来た方がいい……あの方が動き出す前に」

 ヴォイチェフの言葉はジワジワと不安を呼び起こさせる。表通りの方向を親指で指し示すヴォイチェフ。付いて来いということだ。わたしはすぐに走り出そうとして、ふと足が止まる。

「行きたいけど……今、ヴェロニカからの指令で動いてる最中なのよ。命令じゃあないけど……無視するわけにも」

 わたしの台詞は途中で遮られた。わたしの手に手のひらを重ねてくるセリスの顔を見る。

「行った方がいいわよ、どう考えても優先順位はあの優男。魔法陣もどうせあと二箇所よ?」

 反論しかけたわたしに尚も手を振り遮る。

「私とアントンで残りは回る。いいわね?」

 ツンとした顔にセリスは照れているのだと気づいた。アントンは何か言いたそうな顔なものの、特に反対する理由が無いのか肩を竦める。

「任せた」

 ぶっきら棒に言いながらヘクターの肩を叩くアントンに、ヘクターはふと笑いながら、

「分かった」

そう力強く答えた。

 裏通りを反対側に去っていくセリスとアントンにお礼を呟くと、既に歩き出しているヴォイチェフを追いかける。

「アルフレート」

 抜けた先の表通りに待ち構えていた人物にヘクターが駆け寄った。不機嫌顔のエルフの手には手綱が二本、隣りにはアズナブール家の白馬二頭が鼻を鳴らしていた。

「乗れ」

 馬の後方にある白い車体を差される。わたしとヘクターが慌てて乗り込む後からアルフレートも付いてくる。御者席にはヴォイチェフがひらりと飛び乗った。

 次の瞬間には猛スピードで馬車は走り出す。予期していたらしいアルフレートは澄ました顔で窓枠に手をかけているが、急のことだったわたしとヘクターは前のめりになりながら足を踏ん張る。

「どういうことなんだ?」

 ヘクターの問いにアルフレートは暫く沈黙し、

「すぐに分かる」

と首を振った。わたしとヘクターは顔を見合わせる。

「ウーラは無事なの?」

 連行された形になっていたウーラの事が気掛かりだったわたしは同行したはずの彼に尋ねる。こちらには直ぐに頷いた。

「私の術で眠ったままだ。流石に意識は無い、話しもまだの女を鉄格子に入れるのは躊躇したようだった。詰所の冷たいベンチで横にされているよ」

「そう……」

 そんな話をしている間に馬車はセントサントリナで一番大きな通りに出る。あちこちから煙が立ち上り、魔物が動き回る姿も見える。住民は無事なんだろうか……。

「あれって……」

 窓の外、遠目に見える光景に息を飲む。

 黒尽くめの装束姿の男達が大型のデーモンと戦っている。黒い短刀が次々に舞い、赤い肌の悪鬼を追い詰めていた。わたしの視線を辿ったのか、アルフレートが答える。

「彼らには彼らなりの愛国心があるってことだ」

 反論の言葉は見つからない。きっとそういうことなのだ。

 一際大きな揺れの後、馬車は街を脱出する。一気に空気が冷える感触がした。

 窓から顔を出して空を眺める。戦火の中にいなくとも、既に空は茜色になる時刻だった。

「この方向って、もしかして向かってるのは別荘地か?」

 ヘクターの問いにアルフレートは頷く。レイモンの屋敷?と考えたところである光景が鮮明に思い起こされた。

 屋敷前、絶望した顔から憤怒の表情に変わりながらわたし達を追い払おうとしたレイモンの姿だ。

「そういえばレイモンは自分の屋敷に近寄られたくないみたいだったわね。あそこに何か隠してるの?」

「彼の核だ」

 アルフレートの答えにわたしは眉を寄せる。それに構わずアルフレートは続けた。

「幼い少年を狂わせ、この混沌を生み出す元凶になった『ある人物』が待っているわけさ」




 薄黄色の屋敷の前、馬車が止まるとわたしは先への焦りから転がるように下車する。夕闇に包まれつつある屋敷の全貌を見上げるが、窓から何か見えるわけでも何か物音がするわけでもなかった。

「正面からで平気そうか?」

「構わんでしょうなぁ」

 アルフレートとヴォイチェフのそんな会話の後、ヘクターがべっこう色の扉に手を伸ばす。後ろの二人も特に止めない。入れ、ということだろう。

 剣柄に手を伸ばしながらヘクターが扉を開ける。ゆっくりとした蝶番の音が響いた。

 ヴォイチェフが足音無く屋敷内へ体を滑り込ませる。直ぐに手招きされるが躊躇してしまった。その隙にアルフレートが続く。取り残されるのも怖い。慌てて追いかけるわたし。

 室内は薄暗い。ビロードのカーテンが留められたままなのが救いだ。落ちきる前の夕日がかろうじて中を照らしていた。二階まで吹き抜けの玄関ホールと正面に構える大階段。左右には奥へと続く廊下が伸びる。

 室内の装飾はレイモンのイメージとは違って簡素だ。シャンデリアも絢爛豪華とは言えない質素なデザインをしており、美術品の類も無い。

 ここに本当にレイモンが?と未だ人気の感じられない室内に思う。が、ヴォイチェフが上を指差す。アルフレートは頷くとさっさと階段を上がっていってしまう。

 わたしと同じく困惑顔のヘクターと目が合う。彼がソードを改めて確認する仕草を見て、わたしは階段を上り始めた。

 なんとなくソロソロと忍び足になるものの、ヴォイチェフ以外の三人はどうしても階段を踏みしめる音を立てている。それでも奥から誰かが飛び出してくるようなことはない。その分、緊張感がジワジワと高まっていく。

階段を上りきった時、右手からの気配に身構える。見ると廊下の奥、ウォールランタンが朧げな光を放っていた。その脇にある扉だけが微かに開いている。わたしは鼓動が早くなった。

 迷うことなくその扉に近付くヴォイチェフ、アルフレートについて行く。二人が覗き見る室内を、わたしも間から窺った。

 その部屋も薄暗かった。大きな窓が二辺にあるが、無地のカーテンが閉まっている。丸いマホガニー製のテーブルに水差しとホーローの洗面器、白いタオルがダラリと伸びる。微かに香るハーブの匂いの発生源は見られない。

 一人の男が床に屈んでいる。ここから見える後ろ姿でも項垂れ、力無い様子が分かる。

 その彼の前、白いシーツのベッドがある。破裂しそうな心臓を抑えながら、わたしは横たわる人物を見る。ここからだと男性であることしか窺えない。

 部屋に入っていくヴォイチェフ、アルフレートに続いていくことにする。

「死んだよ」

 項垂れる男がよく響く声ではっきりと呟いた。

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