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タダシイ冒険の仕方5  作者: イグコ
六章 戦火再び
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「ゾンビ?」

 訝しげなアントンにわたしは首を振った。

「ゴーレムの一種、だと思う……。人の体を媒体にした、ね」

 自分で言ってそのおぞましさにわたしは口を押さえてしまった。

 フレッシュゴーレム、その一般的ではない魔法生物の名が、予備知識があったとはいえ即座に浮かんだのには理由がある。湖で見たアクアサーバントが記憶に新しかったからだ。

 あのアクアサーバント達の動きも機械的であり、見た目もゾンビとも違う人形っぽさがあった。

「人の体って……こいつが元人間ってことか?」

 そう言うアントンに目の前のモンスターを斬る躊躇は見えない。ただ存在に戸惑っている、という感じだった。

「その言い方だと半分は合ってるけど半分はズレてる」

 答えたのはセリスだった。

「こいつの『元』は人間の肉。屍肉から生まれたのがフレッシュゴーレムよ」

 剣士二人の剣先からはっきりとした躊躇が見られた。が、それも一瞬のことですぐに二人共、それぞれの武器を構え直す。

「嫌な気分にさせやがって」

 アントンの気持ちは他三人のものと一緒だろう。屍肉から生まれた魔物が目の前にいる……。すなわち死人が出ている。この町の状態からして今更だが、こうして事実を突きつけられると中々しんどい。わたしの中でも緊張感よりも嫌悪感、そんなものが勝った瞬間だった。

 先に動いたのは意外にもヘクターだった。彼の新しい相棒となった大きめのロングソードが銀色の一線を描く。素早い攻撃をゴーレムは腕を振り回すことで流そうとする。

 が、それはフェイクだ。ヘクターの反対からアントンが刀を走らせる。うねるような刃の動きは蛇を思わせる。その一波はゴーレムの脇腹をえぐった。

 怪物の悲鳴が上がる……と思ったが、響いたのは血しぶきが壁に叩きつけられる音のみだった。無言のままフラつくゴーレムに背筋が寒くなる。

 そこへヘクターの剣が再び線を描く。その攻撃は見事なまでに冷酷で、あっさりとゴーレムの左腕を肩から切り離していた。

「何だよ、見た目だけだな」

 アントンが鼻で笑う。しかし次の瞬間、彼を含めた全員が息を呑んだ。

 切り離された左腕が、切り口を中心に蠢き出す。こねられるパンのようにボコボコと動いたそれは次第に形を変えて行った。

「くそっ」

 何かに気付いた様子でヘクターが剣を振り下ろす。真っ二つにされたそれには、確かに新しい顔、手足が生えてきていた。

「アントン、首を狙え!」

「わーかっとるわ!」

 ヘクターの声にアントンが怒気を含ませて答える。

 その間にわたしとセリスの唱えていた呪文がそれぞれ完成した。

「ライトニングアロー!」

「アイスジャベリン!」

 わたしが生み出した白い矢とセリスの生み出した青い矢がゴーレムに向かって空を走る。戦士二人の並外れた身体能力によってそれらは避けられたが、鈍重な動きを見せていたゴーレムはこれを右腕、左胸に受ける。

 わたしの唱えた雷の矢はゴーレムの右腕を吹き飛ばし、体を強く痙攣させた。あの巨体でも麻痺が続くはずだ。左半身もセリスの唱えていた冷気の矢に寄って固まっている。

 勝負あった、と思った瞬間だった。

「いったーい!」

 突然、足に走った凄まじい痛みにわたしは倒れこむ。振り向いたセリスがわたしの足に目をやり、悲鳴を上げた。

 そして駆け寄ってきたヘクターが足元を見るなり素早く剣を振るう。

「ギギ……」  ヘクターの一撃に吹き飛んだ不気味な生物が断末魔を上げた。痛みによるものではなく、肺の空気が衝撃によって喉を震わせた。そんなところかもしれない。

「今の、指!?」

 セリスの悲鳴が路地に響く。

 そう、わたしの右ふくらはぎに血が滲む程の歯型を付けた生物は、ゴーレムのものと思われる指から頭と手足を生やしたものに見えた。正体不明の気味の悪い生き物に触れられたのだ、という思いからわたしは鳥肌が立つ。

 怯むことなく動いたアントンが飛び上がり、ゴーレムの首を跳ね飛ばす。いくら動かない相手とはいえ、見事なものだ。

 しかし拍手を送るような気分にはならない。足の痛みと起こったことの衝撃に泣きそうになりながら体を起こすと、セリスの唱える呪文に気がついた。

「こっちへ!」

 慌ててアントンにそう声を掛けながら、わたしもセリスに続く。

『フレイムランス!』

 魔術師二人の声がかぶる。生み出された炎の槍は激しい熱波を撒き散らしながらゴーレムへと飛んでいった。

 爆発に似た空圧と音が体に返ってくる。頭部に両腕を無くした哀れな姿の怪物は、真っ黒な炭と化して道路に沈む。

「そっちもだ!」

 アントンの吠える声にヘクターが動く。

 どすり、と突き刺されたソードになおも這いずり回ろうとするゴーレムの左手があった。先程、わたしを噛んだ親指が無い代わりにその部分から出来損ないの顔が覗いている。捌かれる前の魚のように跳ねていたが、じきに動かなくなる。

「……これ、街中に溢れたとしたら下手な魔物よりヤバいんじゃないか?」

 ヘクターの声は珍しく暗い。それに対して珍しくアントンも突っかかる真似は見せなかった。




「何か思い出さなかった?」

 三つ目のポイントに向かいながらわたしは半ば独り言で問う。

 眉を寄せながらこちらを見るセリスに、わたしは「ラグディスの事よ」と言った。

「フォルフ神官が妙な技で泥人形を大量に呼出してたでしょう?彼も……人間なのかどうかも分からない人物だった」

 わたしは最後の日の夜に青空の家で会ったフォルフ神官の顔を思い出して身震いする。神官の皮を剥いだ彼は完全に人では無かった。

「あいつとアルダが仲間ってこと?」

 セリスの問いには曖昧に頷く。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない、ってところか。サイヴァ信者の数など調べたこともないが、明らかに幹部クラスと思われる人間離れした能力者が隣国に現れたのだ。仲間と考える方が自然だ。

 煤だらけになった町並みを見ながら、ふと浮かぶ言葉があった。

 『7人』

 孤児院、青空の家にいたマーゴの声で再生される。アルダも『7人』の内の一人なのか。『7人』とは何なのか。知らない方がいい、そうマーゴは言っていた。わたしだって知りたくもないんだけど……。

「仲間だとしたら、次々に私達の前に現れるのは偶然?それとも……」

「この辺だ」

 セリスの声を先頭を行っていたヘクターが遮る。話を中断したことに気付いたのか「ごめん」と呟いた。セリスはそれを軽く手を振って流す。

 かなり広い通りだ。あちこちに血飛沫などの戦闘の跡が見られるが、今は魔物の姿は見られない。その分静まりかえる大通りに不安な気持ちになる。

「ここのどこだよ?」

 そう言うアントンに『それを今から探すんでしょうが』と答えようとして止める。一番目に付く大きな建物を認識した瞬間、正解が分かったからだ。

「ラシャの神殿……」

 この混乱の中でも真っ白な建物を前に、わたしは呻く。もう一度地図を広げ、分かっているはずだが再確認してしまった。殴り書きのバツ印。これはラシャのシンボルを走り書きしたものだったのだ。

 ラシャのシンボルは正しくは正十字。均衡を示すこのシンボルはラシャのような至高神に相応しいものだ。わたし達の目の前に立ち塞がるこの建物の天辺にも、正十字が掲げられていた。

「ここ!?ラシャの神殿に入るなんて厄介よ?」

 そこまで言ってセリスが押し黙る。彼女もまたもう一つの注意書きを思い出したらしい。

『極めてデリケートな問題になると思われる』

 まさに、だわ。わたしはため息をついた。

「ここなのかよ、だったら早く入ろうぜ」

 言うと同時に足を踏み出すアントンをわたしとセリスで止める。両腕を引っ張られたアントンが不愉快そうに声を上げた。

「あ!?何だよ、おめーら!さっさと終わらせようとは思わねーのか!」

「バーカ!ちょっとは考えてみなさいよ、ノータリン!」

 セリスの反論にアントンは呆気に取られたように口を閉ざす。あまりの言われように反抗する気もなくなったのかもしれない。

 怯んだ隙にわたしは静かに説明する。

「いい?わたし達が探しているのは『魔物召喚の魔法陣』よ。設置したのはアルダっていうサイヴァ信者、それもかなり高レベル、高クラスと思われる危険人物ね。それがラシャ神殿にあるなんてどういうことだと思う?」

 一瞬、ぽかんとしたもののアントンは自信満々な顔で答えた。

「そりゃ中に裏切り者がいるな!」

 裏切り者、という言葉が適切かはわからないが、神殿の常駐者にアルダを手引きした者、もしくはラシャ教徒の皮を被ったサイヴァ信者がいると考えるのが妥当だろう。

 ただしそれが事実だったとしてもわたし達がそれを調べられるかどうかは話が別だ。

「考えてもみてよ。『全員がサラ』の集団に、中に裏切り者がいるかもしれないから調べさせてくれ、って言って聞いてくれると思う?」

 そう言うとさすがのアントンもうっ、と詰まる。仲間の彼の方がサラの頑固さ、潔癖なところを嫌という程知っているだろう。わたしは尚も続ける。

「裏切り者がいるなんて失態、中に魔法陣があるってことに気付かないマヌケさ、そういうのをたかだか外からやって来た冒険者に指摘されるわけ。……こっちも何て切り出していいか分からないわよ」

 思っていた以上に厄介な仕事を押し付けられたものだ、とわたしは頭を抱える。

「んなこと言ってもこのままじゃしょうがねーだろ!」

 アントンの言うことにも同感ではある。ただ本当にどう説明して中を見せてもらうか、上手い言葉が浮かばない。

 唸るままだったわたしの前をヘクターが通り過ぎる。

「俺が何とか説明してみるよ」

 そう言ってさっさと敷地に入ろうとする彼をアントンが追いかける。

「いい人振るなよ、てめー!おおおお俺がやる!」

 抜け駆けするな、という口調のアントンに、セリスと一緒に呆れる。が、ヘクターの素早い行動にもびっくりだ。故郷の惨状に気が焦っているところもあるかもしれない。

 敷地に入り、建物を見る。石造りの頑丈そうな建物だが、神殿というよりは大きめの教会といった規模の大きさだ。無駄な装飾も無くかなり控えめだった。ウェリスペルトや他の町のラシャの教会に比べても簡素だろう。フローの信仰が大抵の住民に囲まれる町では当たり前かもしれない。

 建物に扉は無く、門から続く石畳の上を歩いていくと冷んやりとした神殿内に入っていた。一瞬、外の喧騒から隔絶された世界に入ったような錯覚に陥る。が、やはり轟々とした争いの音は止まないし、時折聞こえる爆発音に身が縮む。

 しかし誰もいないな、と薄暗い中を見回していると衣擦れの音がする。魔物相手とは違う意味で身構える。

「……怪我人がいるですか?」

 ゆっくり現れた長い黒髪ストレートヘアーの女性が問いかけてくる。こんな状況下だ。そう思われてもしょうがない。わたしは黙って首を振った。

「ではどういった?……申し訳ありませんが、今立て込んでいて」

 よく耳を澄ますと彼女の言う通り、中からは緊迫感のある会話と器具の音がする。怪我人の治療に当たっているのだ。彼女の白いローブも煤汚れと赤茶の染みが点々としている。その姿に申し訳ない気持ちが沸き起こるが、セリスの咳払いで我に返る。

「緊急を要するお話です。建物内を見せて頂きたい」

 ヘクターの言葉に女性の顔は不快、というより困惑のものに変わる。

「そう言われましても……。それを許可するにも時期が悪いかと」

 当然の返事だった。忙しい、と暗に言っているのだ。しかし引くわけにもいかないわたしは例の地図を広げる。

「宮廷魔術師ヴェロニカの依頼で来ました。この建物内に処置するべき敵の罠があります」

 そう言って地図にある印とメモを見せる。これが一番手っ取り早いと思ったのだ。

「罠?それはどういったものです?」

「……魔物を召喚させる魔法陣です」

 わたしの答えに女性の顔が見る見る内に引きつる。

「そのような不浄なものはここにはありません。お帰りください」

 望んではいないが思った通りの答えだ。

「今、街がこんな状態になっているのも魔法陣を作った奴の仕業です。危険なんですよ、このままだと!」

 ヘクターの声が荒げられる。堪えていたものが決壊する様子に女性の表情がまた困惑に戻る。迷っているのは確実だった。

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